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[4]主と従

-43-:俺の本分は学生だ。戦う事じゃない

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「う、うん。可愛い…と、お、思うよ」
 あからさまにぎこちない褒め言葉。


「マスター。先ほどから気になっていたのですが、私は貴方に仕えている身です。私ごときに敬語は不要です。私が充填モードに入った時のように話して頂いて結構です」
 その言葉を聞くなり、しまったと思った。あの時は半分ヤケクソになってどうでも良いと感じていたからで彼女を、もとい!彼を邪険に扱ってしまった。

「そ、そうだな。以後気を付けるよ。それとベルタ。傍目もあるし、俺の事は“ヒューゴ”で頼む」

「了解しました。ヒューゴ」



 教会に到着し、さっそく勝手口へと回りインターホンを鳴らす。
 誰も出ない。こんな夜遅くに当然といえば当然だが。

「ヒューゴ。やはりご迷惑ではないでしょうか?朝になってから出直しましょう」
 ベルタの助言にも耳を貸さずにヒューゴは再度インターホンを鳴らした。

「はい。こんな夜中にどちら様ですか?」
 年老いた男性の声。ヒューゴは教会とはまるで縁の無い生活を送っているが、ここの神父様は年老いた男性だということは知っていた。
 出たのはこの教会の神父様だ。
「高砂と申します。夜分遅くに申し訳ありません。火急の用事がありまして、ここにいらっしゃるココミさんにお取次ぎ願いたいのですが?」

「しばしお待ちを」
 最初と違って声のトーンが低くなっている。明らかに無礼な訪問に怒っている様子だ。


 しばらくして、ドアが開いた。
「何です?ヒューゴさん。二度と顔を見せるなと私に言っておきながら、ノコノコと顔を出したりなんかして」
 眠気眼で文句を垂れている。その事に苛立ちを覚えるも。

「彼女を見て、何か言う事は無いか?」
 道を開けてベルタの姿を拝ませた。

「わざわざ、こんな夜中にカノジョを見せびらかしに来たのですか?一体、何の嫌がらせです?」

「誰がそんなヒマな事するかよ。彼女はベルタだ」

「そうでしたか。それは良かった。それにしても、随分と可愛らしいお姿になられたものですね」
 果たしてそれは中年男性として現れた人物に対して失礼に当たらないのだろうか?たぶんココミは微塵も気にしていないのだろう。言われた相手は苦笑いを返すだけ。

「それにしても、無事に現化されて何よりです。私はてっきり・・いや何でも無いです。では」
 と、そそくさとドアを閉めようとしたその時、ドアに何かが挟まった。
 ヒューゴがスニーカーのつま先を滑り込ませたのだ。

「ヒューゴ。そんな事をしたら足に怪我を負ってしまいますよ」

「大丈夫だ。足の甲に強化プラスチックの入った防災用の安全スニーカーだ。で、ココミ。どうしてベルタが現化するって事を俺に言わなかった?」
 ヒューゴの質問に対してココミは欠伸をひとつ入れて。

「アンデスィデが終わった、あの時に“ベルタさんが現化”できていない事をライクに知られてはならなかったからです。もしも知られてしまうと、あの時点で貴方は彼の執事ウォーフィールドによって抹殺されていました」

「なかなかもっともらしい言い訳だが、戦闘中でも教える機会は十分あっただろ?」
 指摘されると、ココミは舌打ちひとつ入れてからドアを閉めようとスニーカーのつま先を蹴った。が、負けまいと、またも爪先を押し込んできた。

「ヒューゴさん。こんな夜中に押しかけて、ご近所様の迷惑になると自覚が無いのですか?」

「お前こそ。こっちは夜中にベルタが現れてビックリしたぞ」
 ドアを隔てた醜い攻防戦が繰り広げられる。
 見ていられなくなったベルタがドアを掴んで二人を止めた。

「ヒューゴ。こんな下らない事をするために、ここへやって来たのですか?」

「あ、いや。肝心な用件を忘れていた」
 ドアから手を放して足も引っ込めた。するとドアは閉められて中から鍵を掛けられた。

「ったく。もう!ココミ。俺からはもう用は無いので、彼女は、ベルタはここに置いて行くからな。彼女も同意の上だから問題無い。と、いう訳で、あとは頼むぞ」
 告げて背を向けると、背後からゆっくりとドアの開かれる音が聞こえてきた。

「ヒューゴさん・・もしかして、これで私たちとは縁を切るという事ですか・・?」
 ドアの隙間から覗かせたココミの眼には涙が浮かんでいた。

「そうだ。俺の本分は学生だ。戦う事じゃない」

「あなたはそのつもりで私と共にここへやって来たのですか?」
 事情の変化に戸惑いを隠せず、ベルタが訊ねた。

「そういう事だ。すまないな、ベルタ。昨日の勝利はまさに奇跡だった。正直怖かったし、もしも俺がいなくなったら家族や周囲の人たちの生活に影を落とすかもと考えると、どうしても次の戦いには臨めない。臆病者だと笑ってもらっても構わない。でも、お前たちとの約束と天秤に掛けたら、やはり自分の事に傾いてしまってな」

 謝るヒューゴにベルタは首を振り。
「謝らないで下さい、ヒューゴ。それは致し方の無い事です。あなたは十分立派に約束分働いて下さいました。私は感謝しています。共に戦ってくれた事。そして昔の気持ちを思い出させてくれた事を」

「そっか。でも、途中で役目を投げ出してゴメンな。ベルタ、ココミ」
 それだけ告げるとヒューゴは教会を後にした。

「覚えておいて下さい、ヒューゴ。私はこれからも貴方を護る兵士だという事を」
 立ち去るヒューゴの背中にベルタが言葉を投げかけるも、彼は振り向くことはしなかった。



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