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[26]闇を貪る者
-295-:見せて下さい!飛遊午さんの心の闇を!
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馬の耳に念仏とは、まさにこの事だ。
今のオトギには、何を言っても彼女の心には届かない。
高砂・飛遊午の“かけがえのない人”と勘違いされて、今まさに殺されようとしているものの、クレハは必死に頭を巡らせていた。
こんな理不尽な死に方って無いわ…。
ただの八つ当たりで殺されるなんて、まっぴら御免だ。
「何か言い残す事はありませんか?クレハ先輩」
余裕が無くなってきたようで、オトギの弓を番える手がプルプルと震え始めた。
遺言なんて、生まれてこの方一度も考えた事も無いわ!
「スズキぃーッ!」
入口付近で声がした。
高砂・飛遊午が弓道場へとやって来たのだ。
と、オトギが一旦弓を下した。
「遅かったですね。飛遊午さん」
遅かった?
クレハはヒューゴへと見やった。
「どうして、タカサゴが弓道場へ来ているの?」
ヒューゴに問う。
だけど、その問いに答えてくれたのは、オトギの方だった。
「私が彼を呼んだのです。『貴方の一番大切なクレハ先輩が弓道場で危険な目に遭っています』とメールしておいたのです」
「何時よ?」
帰宅途中に出会って今し方まで、オトギがスマホに触れているところなんて、まったく見ていない。
「クレハ先輩が私に声を掛けて下さる前です。昨日の事もありましたし、きっと私に声を掛けてくるだろうと見越して、事前にメールをしておいたのです」
最初から、彼女の掌の上で踊らされていたという訳か…。
「スズキから離れろ!」
オトギが目を離している隙に、ヒューゴは射場付近にまで近づいていた。
ヒューゴの抜け目なさは、それだけではない。
ちらりと他方を見やり、「ベルタ!」叫んだ。
と、オトギの視線が、思わずヒューゴが向いた先へと向けられた。
!?
かつてボクシングの世界チャンピオンが用いたテクニックに、思わずつられて何も無い方向を見てしまった。
しまった!と気づくも、すでにヒューゴは、クレハまであと数歩の距離にまで詰めていた。
「やってくれたわね…。高砂・飛遊午!」
仮にも先輩に向かってフルネームで呼ぶなんて、無礼にも程がある。
「タカサゴ。ベルタは?」
姿を見せないベルタに疑問を抱いた。
「呼び出している間なんて、ある訳無いだろう」
おっしゃる通り、ここまで近付けた事自体が奇跡のような出来事。
クレハもまた、ヒューゴの“よそ見”につられてしまったクチだ。
ギギギ。
オトギが再び弓に矢を番え、クレハに狙いを定めた。
「さあ、飛遊午さん。貴方にとって大切な人が、目の前で殺される瞬間を、とくとご覧になって」
キリキリと弦を引く音が鳴る。
「止めろ」の声に、オトギは耳を貸さないばかりか、クレハに狙いを定める眼差しは、加虐に酔いしれているかのようだ。
「クレハ先輩を殺しても、飛遊午さんは私に“復讐はダメ”だと言えますか?」
殺す前提での問い掛け。
それは、まだ殺されていない者の前で交わす会話なのか?
「クレハ先輩を殺した私を憎んで下さい。そう!徹底的に殺したいほど憎んで憎んで憎んで下さい」
もう頭がどうかしているとしか思えないオトギの言動に、クレハは戦慄した。
彼女は、もうダメだ。
何を言っても無駄だ。こんな子に殺されてしまうなんて、遣り切れない気持ちでいっぱいだけれど、最後を大好きな人の前で迎えられるのが、せめてもの救いだ。
クレハは観念して目を閉じた。
「見せて下さい!飛遊午さんの心の闇を!」
瞬間!シャッ!と弦の張る音が射場に鳴り響いた。
…なのに…。
クレハはまるで痛みを感じなかった。
…。
静寂の中、クレハはうっすらと目を開いた。
と、目の前には、高砂・飛遊午の、安心したような笑みがあった。
「…ケガは・・無いよな?」
身体を預けるように、両腕をガッシリと掴んで訊ねている。だけど、その声には、まるで力が感じられなかった。
赤い筋がひとつ。
高砂・飛遊午の口の端から血が一筋流れ落ちた。
そんな彼の胸へと目を移すと、身体を突き抜けた矢じりが目に飛び込んできた。
「どうして…?私は、そんなに力一杯矢を放ってはいないのに…。どうして、矢は貫通しているの?」
この子には、もはや人に向けて矢を放ってしまった罪悪感は無いのか?
憎悪に駆られた人間は、ここまで人の命の大切さというものを見失ってしまうものなのか?
クレハの目から涙が流れ落ちた。
「お前が無事で良かった…スズキ…」
それだけ告げて、高砂・飛遊午は力なく倒れ伏した。
そんな彼の姿を目の当たりにして、クレハは何も言葉を発する事ができなかった。
悲しくて、辛くて、ただ、泣きじゃくるだけ。
大切な人を奪われても、憎しみなんて湧いてこない。
殺意なんて、なおさらだ。
ただ悲しい。
胸が締め付けられるほどに。
そんな中、飛遊午の手の中のスマホが目に飛び込んできた。
そうだ!
確か、キョウコの傷を癒したアーマーテイカーなら、まだ間に合うはず!
とにかく電話だ。
クレハはヒューゴの手の中から、スマホを取り出した。
「無駄ですよ。クレハ先輩。矢は、彼の胸を突き抜けています」
見て分かり切った事を告げている。だけど、それがどうした?
「飛遊午さんの気持ちを確かめるつもりが、こんな結果を辿り着くなんて…」
後悔しているようだが、見当違いな後悔なら余所でやって欲しい。
「クレハ先輩は、私を憎まないのですか?罵らないのですか?」
こんな時に、そんな馬鹿な質問は止めて欲しい。
オトギは、なおも問う。
「どうして!?私は、クレハ先輩から大切な人を奪ったのですよ?なのに!どうして先輩は私を殺したいほど憎まないのですか?!?」
滑稽なことに、手を下した張本人が取り乱している。
「そんなの、後で沸き起こる感情だよ」
それはクレハにとって初めて耳にする声。
!?
顔を上げると、オトギの隣りに、道化師の衣裳をまとった見ず知らずの少女が立っていた。
「人はね、大切な人を失った瞬間は悲しみに暮れるものなんだよ。でね、後から憎しみや殺意が溢れるように湧いてくるんだよ。まるで振った炭酸飲料のキャップを開けたときのようにドバッとね」
少女の説明ほど、人間の感情はスプラッシュではない。
少なくとも自分は違うと確信するクレハであった。
今のオトギには、何を言っても彼女の心には届かない。
高砂・飛遊午の“かけがえのない人”と勘違いされて、今まさに殺されようとしているものの、クレハは必死に頭を巡らせていた。
こんな理不尽な死に方って無いわ…。
ただの八つ当たりで殺されるなんて、まっぴら御免だ。
「何か言い残す事はありませんか?クレハ先輩」
余裕が無くなってきたようで、オトギの弓を番える手がプルプルと震え始めた。
遺言なんて、生まれてこの方一度も考えた事も無いわ!
「スズキぃーッ!」
入口付近で声がした。
高砂・飛遊午が弓道場へとやって来たのだ。
と、オトギが一旦弓を下した。
「遅かったですね。飛遊午さん」
遅かった?
クレハはヒューゴへと見やった。
「どうして、タカサゴが弓道場へ来ているの?」
ヒューゴに問う。
だけど、その問いに答えてくれたのは、オトギの方だった。
「私が彼を呼んだのです。『貴方の一番大切なクレハ先輩が弓道場で危険な目に遭っています』とメールしておいたのです」
「何時よ?」
帰宅途中に出会って今し方まで、オトギがスマホに触れているところなんて、まったく見ていない。
「クレハ先輩が私に声を掛けて下さる前です。昨日の事もありましたし、きっと私に声を掛けてくるだろうと見越して、事前にメールをしておいたのです」
最初から、彼女の掌の上で踊らされていたという訳か…。
「スズキから離れろ!」
オトギが目を離している隙に、ヒューゴは射場付近にまで近づいていた。
ヒューゴの抜け目なさは、それだけではない。
ちらりと他方を見やり、「ベルタ!」叫んだ。
と、オトギの視線が、思わずヒューゴが向いた先へと向けられた。
!?
かつてボクシングの世界チャンピオンが用いたテクニックに、思わずつられて何も無い方向を見てしまった。
しまった!と気づくも、すでにヒューゴは、クレハまであと数歩の距離にまで詰めていた。
「やってくれたわね…。高砂・飛遊午!」
仮にも先輩に向かってフルネームで呼ぶなんて、無礼にも程がある。
「タカサゴ。ベルタは?」
姿を見せないベルタに疑問を抱いた。
「呼び出している間なんて、ある訳無いだろう」
おっしゃる通り、ここまで近付けた事自体が奇跡のような出来事。
クレハもまた、ヒューゴの“よそ見”につられてしまったクチだ。
ギギギ。
オトギが再び弓に矢を番え、クレハに狙いを定めた。
「さあ、飛遊午さん。貴方にとって大切な人が、目の前で殺される瞬間を、とくとご覧になって」
キリキリと弦を引く音が鳴る。
「止めろ」の声に、オトギは耳を貸さないばかりか、クレハに狙いを定める眼差しは、加虐に酔いしれているかのようだ。
「クレハ先輩を殺しても、飛遊午さんは私に“復讐はダメ”だと言えますか?」
殺す前提での問い掛け。
それは、まだ殺されていない者の前で交わす会話なのか?
「クレハ先輩を殺した私を憎んで下さい。そう!徹底的に殺したいほど憎んで憎んで憎んで下さい」
もう頭がどうかしているとしか思えないオトギの言動に、クレハは戦慄した。
彼女は、もうダメだ。
何を言っても無駄だ。こんな子に殺されてしまうなんて、遣り切れない気持ちでいっぱいだけれど、最後を大好きな人の前で迎えられるのが、せめてもの救いだ。
クレハは観念して目を閉じた。
「見せて下さい!飛遊午さんの心の闇を!」
瞬間!シャッ!と弦の張る音が射場に鳴り響いた。
…なのに…。
クレハはまるで痛みを感じなかった。
…。
静寂の中、クレハはうっすらと目を開いた。
と、目の前には、高砂・飛遊午の、安心したような笑みがあった。
「…ケガは・・無いよな?」
身体を預けるように、両腕をガッシリと掴んで訊ねている。だけど、その声には、まるで力が感じられなかった。
赤い筋がひとつ。
高砂・飛遊午の口の端から血が一筋流れ落ちた。
そんな彼の胸へと目を移すと、身体を突き抜けた矢じりが目に飛び込んできた。
「どうして…?私は、そんなに力一杯矢を放ってはいないのに…。どうして、矢は貫通しているの?」
この子には、もはや人に向けて矢を放ってしまった罪悪感は無いのか?
憎悪に駆られた人間は、ここまで人の命の大切さというものを見失ってしまうものなのか?
クレハの目から涙が流れ落ちた。
「お前が無事で良かった…スズキ…」
それだけ告げて、高砂・飛遊午は力なく倒れ伏した。
そんな彼の姿を目の当たりにして、クレハは何も言葉を発する事ができなかった。
悲しくて、辛くて、ただ、泣きじゃくるだけ。
大切な人を奪われても、憎しみなんて湧いてこない。
殺意なんて、なおさらだ。
ただ悲しい。
胸が締め付けられるほどに。
そんな中、飛遊午の手の中のスマホが目に飛び込んできた。
そうだ!
確か、キョウコの傷を癒したアーマーテイカーなら、まだ間に合うはず!
とにかく電話だ。
クレハはヒューゴの手の中から、スマホを取り出した。
「無駄ですよ。クレハ先輩。矢は、彼の胸を突き抜けています」
見て分かり切った事を告げている。だけど、それがどうした?
「飛遊午さんの気持ちを確かめるつもりが、こんな結果を辿り着くなんて…」
後悔しているようだが、見当違いな後悔なら余所でやって欲しい。
「クレハ先輩は、私を憎まないのですか?罵らないのですか?」
こんな時に、そんな馬鹿な質問は止めて欲しい。
オトギは、なおも問う。
「どうして!?私は、クレハ先輩から大切な人を奪ったのですよ?なのに!どうして先輩は私を殺したいほど憎まないのですか?!?」
滑稽なことに、手を下した張本人が取り乱している。
「そんなの、後で沸き起こる感情だよ」
それはクレハにとって初めて耳にする声。
!?
顔を上げると、オトギの隣りに、道化師の衣裳をまとった見ず知らずの少女が立っていた。
「人はね、大切な人を失った瞬間は悲しみに暮れるものなんだよ。でね、後から憎しみや殺意が溢れるように湧いてくるんだよ。まるで振った炭酸飲料のキャップを開けたときのようにドバッとね」
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