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誇りある仕事
4:出撃(出勤)の前に
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本木・伶桜は朝の9時過ぎに喫茶店「マリィ」に立ち寄った。
テレワーク主体の生活を送る伶桜にとって、定時の出勤など無く、出動依頼を受ければ依頼宅へAPを送りつけ、後日到着後にジェミニに立ち上げてもらってからスズメバチ駆除に取り掛かる。
移動には配送業者の手を借りなくてはならないので、1日に1件の仕事を請け負うので精一杯なのだ。
なので、今は一般の会社員から見れば遅いが、伶桜にとっては普通に朝食の時間なのである。
「いらっしゃい、伶桜くん。朝に来てくれるのは珍しいね」
マスターが出迎えてくれた。
「おはようございます。今日は昼に来れそうにないから朝に来ちゃいました」
APの到着時間は10時に指定してある。
そこからジェミニが準備を終えるのに、約1時間。昼食を取れるのは1時過ぎになりそうだ。
ギギギ。
突然、天井から何かを引きずる音が。
ふと耳に入った異音に、伶桜は思わず天井を見上げた。
「モーニングにするかい、伶桜くん」
マスターが注意を逸らそうと伶桜に声を掛けてきた。
伶桜は頷きながらも。
「え、ええ。お願いします、モーニング。それよりもマスター。上の階に誰かいらっしゃるのですか?」
訊ねた。
するとマスターはため息ひとつついて。
「実は娘がね・・・。高校生の2年生にもなるというのに、部屋に籠もりっきりで・・・」
「引きこもりですか!?あっ、いや、その余所の家庭の事情に、すみません」
悪気は無かったにせよ、聞いてしまったことをとても申し訳なく思う。
「いえ、伶桜くんが気にする事は無いよ。あの子、夏休みが過ぎても、体の具合が悪い訳でも無いのに、ただ学校へ行きたくないと部屋に閉じこもってしまって」
完全な引きこもりのパターンではないか。
夏休みデビューも頭を抱えるが、引きこもりも、それもまた親にとっては深刻な問題だ。
「でも、中間試験にはしっかりと出て、上位の成績を収めているものだから、出席日数だけが気掛かりで」
何やら心配している箇所がおかしくないか?
それにしても、成績優秀なくせに学校に出ないなんて、それこそ他の生徒たちからひんしゅくを買いはしないか?
他人事ながら心配してしまう。
「さっきから何かを引きずるような音がするんですけど、娘さん、部屋で何をしているんですか?」
暗に天井からホコリが落ちてこないか、やんわり抗議してみる。
「生憎、私には分からないけどね。たぶんPCモニターの向きでも変えているんじゃ無いかと、まぁ私なりの推測なんだけどねぇ」
PCモニターなんて、机の上に置いておくものじゃないのか?
「PCモニター?ちなみに何インチサイズのモニターなんです?」
そうそう頻繁に動かすものではなかろう。
「確か・・・42インチだったかなぁ。あの子が自分で買ったから詳しくは知らないけど」
驚きのデカサイズ。
迫力の大画面ではないか。
「多分だけど、机からベッドの方へと向けているんじゃないかな」
それにしても随分な労力である。
42インチサイズのテレビなんて、通常ならリビングに置いておくサイズだし、それをしょっちゅう動かすのも考え物だ。
「ゲームか何かをやっているんでしょう。きっと」
呆れたように呟くマスターを前に、伶桜はそんな大画面で楽しむゲームが何なのか?とても気になった。
「ところで伶桜くんは、もうレースには復帰しないのかい?」
唐突にマスターが訊ねてきた。
「い、いや・・俺、その、1年間は謹慎処分中なんで、エントリーすらできないんですよ。残念ながら。ははは」
先程とは逆に、マスターの方が気まずそうにしている。
「悪い事を訊いてしまったね。この通り」
カウンター越しに頭を下げられる。でも、彼も悪気があった訳じゃないし、謝ってもらうのはとても申し訳ない。
「でも、今はレーサーの時の腕を買われてワプスハンターをやっています」
ほぼ毎日顔を出しておきながら、転職したことを報せるのは今日が初めてだった。
すると、マスターは嬉しそうな笑顔を向けてくれる。
赤の他人でありながらも自分の事を心配してくれていた彼の表情が、とても有り難く思える。
「ワプス??何だかよく分からないけど、また仕事に就けて良かったね。テレビとかで散々叩かれていたから、てっきり何処からも門前払いを受けていないか、心配していたんだよ」
知らずとはいえ、反社会的組織と関わってしまった訳だし、世間から叩かれても仕方無いと割り切っていた。
でも、世の人々は自分の事を、さも犯罪者扱いしていたのだと、今のマスターの言葉を聞いて、改めて思い知らされた。
「まあ、雇われの身なんで、大々的に公表できませんけど」
マスターに告げている最中、スマホの着信音が鳴った。
相手はアリエス。社長からだ。
伶桜は店内なので、マスターに断りを入れてから電話に出た。
「もしもし、レオです」
「分かってる。まだ経験値が低いんだから、公にワプスハンターをやっている事を触れて回らないように。それと父さん、割と口が軽い方だから、その話はその辺りで切り上げて」
伶桜は一瞬、大きく目を見開いた。
まるで見ているかのような口ぶり。それに。
”父さん”!??誰が?
辺りを見回す。
朝の9時過ぎに喫茶店に立ち寄っている客層は、暇を持て余した老人か、開店前に立ち寄っている飲食店の経営者くらいだ。
ざっと見回して6人くらいが店内にいる。
この中の誰かがアリエスの父親なのか?
それにしても。
見た目で他人の年齢を区別するのは苦手だが、店内にいる誰もが老齢か初老を迎えた男性ばかり。
下手をすると孫くらいの年齢になりかねない。
アリエスは遅くにもうけた子供なのか?
突っ込んだ話はすべきでは無い事は重々理解しているつもりなのだが。
「アリエス、お前、本当に高校生なのか?」
以前、彼女との世間話の中に、中間試験がどうの、かったるいだの言っていたのを思い出した。
「ナニ下らない事を訊いているのよ?高校生が社長をしちゃダメだって言うの?」
やはり高校生に間違い無い。ならば、やっぱり遅くにもうけた子供なのだろう。今時珍しくもないけれど、成人式を迎える前に親が還暦を迎えるとか、少しばかり同情してしまう。
テレワーク主体の生活を送る伶桜にとって、定時の出勤など無く、出動依頼を受ければ依頼宅へAPを送りつけ、後日到着後にジェミニに立ち上げてもらってからスズメバチ駆除に取り掛かる。
移動には配送業者の手を借りなくてはならないので、1日に1件の仕事を請け負うので精一杯なのだ。
なので、今は一般の会社員から見れば遅いが、伶桜にとっては普通に朝食の時間なのである。
「いらっしゃい、伶桜くん。朝に来てくれるのは珍しいね」
マスターが出迎えてくれた。
「おはようございます。今日は昼に来れそうにないから朝に来ちゃいました」
APの到着時間は10時に指定してある。
そこからジェミニが準備を終えるのに、約1時間。昼食を取れるのは1時過ぎになりそうだ。
ギギギ。
突然、天井から何かを引きずる音が。
ふと耳に入った異音に、伶桜は思わず天井を見上げた。
「モーニングにするかい、伶桜くん」
マスターが注意を逸らそうと伶桜に声を掛けてきた。
伶桜は頷きながらも。
「え、ええ。お願いします、モーニング。それよりもマスター。上の階に誰かいらっしゃるのですか?」
訊ねた。
するとマスターはため息ひとつついて。
「実は娘がね・・・。高校生の2年生にもなるというのに、部屋に籠もりっきりで・・・」
「引きこもりですか!?あっ、いや、その余所の家庭の事情に、すみません」
悪気は無かったにせよ、聞いてしまったことをとても申し訳なく思う。
「いえ、伶桜くんが気にする事は無いよ。あの子、夏休みが過ぎても、体の具合が悪い訳でも無いのに、ただ学校へ行きたくないと部屋に閉じこもってしまって」
完全な引きこもりのパターンではないか。
夏休みデビューも頭を抱えるが、引きこもりも、それもまた親にとっては深刻な問題だ。
「でも、中間試験にはしっかりと出て、上位の成績を収めているものだから、出席日数だけが気掛かりで」
何やら心配している箇所がおかしくないか?
それにしても、成績優秀なくせに学校に出ないなんて、それこそ他の生徒たちからひんしゅくを買いはしないか?
他人事ながら心配してしまう。
「さっきから何かを引きずるような音がするんですけど、娘さん、部屋で何をしているんですか?」
暗に天井からホコリが落ちてこないか、やんわり抗議してみる。
「生憎、私には分からないけどね。たぶんPCモニターの向きでも変えているんじゃ無いかと、まぁ私なりの推測なんだけどねぇ」
PCモニターなんて、机の上に置いておくものじゃないのか?
「PCモニター?ちなみに何インチサイズのモニターなんです?」
そうそう頻繁に動かすものではなかろう。
「確か・・・42インチだったかなぁ。あの子が自分で買ったから詳しくは知らないけど」
驚きのデカサイズ。
迫力の大画面ではないか。
「多分だけど、机からベッドの方へと向けているんじゃないかな」
それにしても随分な労力である。
42インチサイズのテレビなんて、通常ならリビングに置いておくサイズだし、それをしょっちゅう動かすのも考え物だ。
「ゲームか何かをやっているんでしょう。きっと」
呆れたように呟くマスターを前に、伶桜はそんな大画面で楽しむゲームが何なのか?とても気になった。
「ところで伶桜くんは、もうレースには復帰しないのかい?」
唐突にマスターが訊ねてきた。
「い、いや・・俺、その、1年間は謹慎処分中なんで、エントリーすらできないんですよ。残念ながら。ははは」
先程とは逆に、マスターの方が気まずそうにしている。
「悪い事を訊いてしまったね。この通り」
カウンター越しに頭を下げられる。でも、彼も悪気があった訳じゃないし、謝ってもらうのはとても申し訳ない。
「でも、今はレーサーの時の腕を買われてワプスハンターをやっています」
ほぼ毎日顔を出しておきながら、転職したことを報せるのは今日が初めてだった。
すると、マスターは嬉しそうな笑顔を向けてくれる。
赤の他人でありながらも自分の事を心配してくれていた彼の表情が、とても有り難く思える。
「ワプス??何だかよく分からないけど、また仕事に就けて良かったね。テレビとかで散々叩かれていたから、てっきり何処からも門前払いを受けていないか、心配していたんだよ」
知らずとはいえ、反社会的組織と関わってしまった訳だし、世間から叩かれても仕方無いと割り切っていた。
でも、世の人々は自分の事を、さも犯罪者扱いしていたのだと、今のマスターの言葉を聞いて、改めて思い知らされた。
「まあ、雇われの身なんで、大々的に公表できませんけど」
マスターに告げている最中、スマホの着信音が鳴った。
相手はアリエス。社長からだ。
伶桜は店内なので、マスターに断りを入れてから電話に出た。
「もしもし、レオです」
「分かってる。まだ経験値が低いんだから、公にワプスハンターをやっている事を触れて回らないように。それと父さん、割と口が軽い方だから、その話はその辺りで切り上げて」
伶桜は一瞬、大きく目を見開いた。
まるで見ているかのような口ぶり。それに。
”父さん”!??誰が?
辺りを見回す。
朝の9時過ぎに喫茶店に立ち寄っている客層は、暇を持て余した老人か、開店前に立ち寄っている飲食店の経営者くらいだ。
ざっと見回して6人くらいが店内にいる。
この中の誰かがアリエスの父親なのか?
それにしても。
見た目で他人の年齢を区別するのは苦手だが、店内にいる誰もが老齢か初老を迎えた男性ばかり。
下手をすると孫くらいの年齢になりかねない。
アリエスは遅くにもうけた子供なのか?
突っ込んだ話はすべきでは無い事は重々理解しているつもりなのだが。
「アリエス、お前、本当に高校生なのか?」
以前、彼女との世間話の中に、中間試験がどうの、かったるいだの言っていたのを思い出した。
「ナニ下らない事を訊いているのよ?高校生が社長をしちゃダメだって言うの?」
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