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第三章 神と魔と

164 国境破り

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 さて、俺たちの間でささいではない出来事はあったものの、キャラバンか行軍かという神殿騎士たちとの道行きは続いていた。
 だかそれもほどなく全体の足が止まることとなる。
 タシテの国境に到着したのだ。

 予想通りというか、予想以上というか、タシテとアンデルとの国境は混乱していた。
 タシテへの荷を運ぼうとしていた荷車は道を塞いで立ち往生しているし、先へ進む予定だったのであろう行き場を失った人たちが道のあちこちで固まって話し合っている。
 その向こうの国境は板で補強した柵が張り巡らせてあり、タシテへの入り口であろう簡易な門は封鎖されていた。
 アンデル側から呼びかけている者もいるが、大半は諦めたのか疲れたように座り込み、狭い訳でもない街道を塞ぐように人や荷物が溜まっていた。

「メルリル、結界を解除してくれ」
「はい」

 この様子では神殿騎士側が勇者に相談をしに訪れるだろうと考えた俺は、メルリルに風の精霊メイスによる声を封鎖する結界を解いてもらった。
 だが、神殿騎士たちは勇者にお伺いを立てることもなく、馬を進めて行く。
 道に座り込んだり、馬車を停めたりしていた者たちは、仰々しい集団にぎょっとしたように急いで道を空けた。

 神殿騎士の、おそらく隊長であるゾッケルダが封鎖された国境の門へと近づく。
 何をする気だろう?

「責任者はいるか!」

 門の向こうは無言である。

「出て来ないと破壊して押し通る」

 脅しか!
 門の向こうがざわざわとしたかと思うと、大きな声が神殿騎士に応える。

「ここは封鎖されている。何人たりとも通す訳にはいかん。お引取り願おう」

 まぁ当然の対応だろう。
 だが、神殿騎士は納得しなかった。

「我らは聖なる神の御心に従って使命を果たす旅の途上である! 邪魔立ては神への冒涜とみなす」

 おいおい、神さまじゃなくって、大聖堂の偉い人に頼まれた仕事をしているだけだろ。
 神さまに責任をおっかぶせるほうが失礼な話じゃないか?
 しかしその脅しは相手には効果的だったらしく、門の向こう側は一気に騒がしくなった。
 お、いかにも即興で作ったっぽい物見からこっちを何人かが確認しているぞ。

「も、申し訳ありませぬ。神殿騎士さまの尊いお仕事を邪魔するつもりは全くありませぬ。しかし、今我が国は危急存亡の瀬戸際。この門を開放する訳にはいかないのであります」

 気の毒に、必死の弁明だな。

「わかった」
「おお、おわかりいただけたようで……」
「押し通る」
「ひ?」

 馬体に沿うように取り付けられていた巨大な槍を神殿騎士が手にする。

「征くぞ」

 隊長の号令一下、全員が槍を手に馬を走らせた。
 魔力が彼らの全身を巡り、槍の穂先に集中する。
 ガガーン! という、硬いもの同士がぶつかった音が響き、もうもうたる木っ端屑が舞い踊った。「ウワー!」とか「ギャアアア!」などという野太い悲鳴が向こう側で上がる。
 基本的に神殿騎士は許可なしの殺生は禁じられているので、兵士たちは無事だとは思うが、ケガぐらいはしただろうな。

 ……神殿騎士って無頼の徒かよ。
 なんかタシテの兵士たちが気の毒だが、もともとは隣国にいらん欲をかいたのが原因と思えば同情も出来ない。

「勇者さま、行きましょうぞ」
「……」

 なんだか変なテンションの神殿騎士の後に無言の勇者が無表情に続く。
 周囲は「おお、神殿の騎士さまたちが悪をお討ちになった!」と快哉を叫ぶ者や、「勇者さまだ!」などと言いながらこちらを拝む者で収集がつかない。
 要領がいいのか危機意識が低いのか、便乗して国境を越える者もいた。
 そもそもアンデルとタシテの間には今まで国境の塀があっても形だけの簡易なもので、門は開きっぱなしだったということだから、国境を越えること自体に罪の意識は薄いに違いない。
 でもその辺の兵士が正気を取り戻したら捕まりそうだから無茶するのは止めたほうがいいと思うんだけどなぁ。
 ああ、でも今まで買い出しや品物を売りに行っていて、自宅に戻る人もいた訳だ。
 そりゃあ帰りたいよな。

 いろいろと思うところはあったが、神殿騎士たちはいち国家の国境を蹂躙し、旅を続けた。
 恐るべき傲慢さだ。
 確かにタシテのやり方は強引だったが、彼らは国の方針に従った兵士にすぎない。
 判断力を持つ者を待ってやるぐらいはすべきだったんじゃないか?
 いくら多くの民が信仰する教会の総本山とは言え、この横紙破りはさすがに飲み込めないものがある。
 勇者をちらりと見ると目つきがヤバい。
 これはそうとう腹を立てているぞ。
 それなのに今この場で爆発しないところがさらにヤバい。

 いくつもの不安要素を抱えながら、俺たちはタシテの国に入ったのだった。
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