59 / 885
第三章 神と魔と
164 国境破り
しおりを挟む
さて、俺たちの間でささいではない出来事はあったものの、キャラバンか行軍かという神殿騎士たちとの道行きは続いていた。
だかそれもほどなく全体の足が止まることとなる。
タシテの国境に到着したのだ。
予想通りというか、予想以上というか、タシテとアンデルとの国境は混乱していた。
タシテへの荷を運ぼうとしていた荷車は道を塞いで立ち往生しているし、先へ進む予定だったのであろう行き場を失った人たちが道のあちこちで固まって話し合っている。
その向こうの国境は板で補強した柵が張り巡らせてあり、タシテへの入り口であろう簡易な門は封鎖されていた。
アンデル側から呼びかけている者もいるが、大半は諦めたのか疲れたように座り込み、狭い訳でもない街道を塞ぐように人や荷物が溜まっていた。
「メルリル、結界を解除してくれ」
「はい」
この様子では神殿騎士側が勇者に相談をしに訪れるだろうと考えた俺は、メルリルに風の精霊による声を封鎖する結界を解いてもらった。
だが、神殿騎士たちは勇者にお伺いを立てることもなく、馬を進めて行く。
道に座り込んだり、馬車を停めたりしていた者たちは、仰々しい集団にぎょっとしたように急いで道を空けた。
神殿騎士の、おそらく隊長であるゾッケルダが封鎖された国境の門へと近づく。
何をする気だろう?
「責任者はいるか!」
門の向こうは無言である。
「出て来ないと破壊して押し通る」
脅しか!
門の向こうがざわざわとしたかと思うと、大きな声が神殿騎士に応える。
「ここは封鎖されている。何人たりとも通す訳にはいかん。お引取り願おう」
まぁ当然の対応だろう。
だが、神殿騎士は納得しなかった。
「我らは聖なる神の御心に従って使命を果たす旅の途上である! 邪魔立ては神への冒涜とみなす」
おいおい、神さまじゃなくって、大聖堂の偉い人に頼まれた仕事をしているだけだろ。
神さまに責任をおっかぶせるほうが失礼な話じゃないか?
しかしその脅しは相手には効果的だったらしく、門の向こう側は一気に騒がしくなった。
お、いかにも即興で作ったっぽい物見からこっちを何人かが確認しているぞ。
「も、申し訳ありませぬ。神殿騎士さまの尊いお仕事を邪魔するつもりは全くありませぬ。しかし、今我が国は危急存亡の瀬戸際。この門を開放する訳にはいかないのであります」
気の毒に、必死の弁明だな。
「わかった」
「おお、おわかりいただけたようで……」
「押し通る」
「ひ?」
馬体に沿うように取り付けられていた巨大な槍を神殿騎士が手にする。
「征くぞ」
隊長の号令一下、全員が槍を手に馬を走らせた。
魔力が彼らの全身を巡り、槍の穂先に集中する。
ガガーン! という、硬いもの同士がぶつかった音が響き、もうもうたる木っ端屑が舞い踊った。「ウワー!」とか「ギャアアア!」などという野太い悲鳴が向こう側で上がる。
基本的に神殿騎士は許可なしの殺生は禁じられているので、兵士たちは無事だとは思うが、ケガぐらいはしただろうな。
……神殿騎士って無頼の徒かよ。
なんかタシテの兵士たちが気の毒だが、もともとは隣国にいらん欲をかいたのが原因と思えば同情も出来ない。
「勇者さま、行きましょうぞ」
「……」
なんだか変なテンションの神殿騎士の後に無言の勇者が無表情に続く。
周囲は「おお、神殿の騎士さまたちが悪をお討ちになった!」と快哉を叫ぶ者や、「勇者さまだ!」などと言いながらこちらを拝む者で収集がつかない。
要領がいいのか危機意識が低いのか、便乗して国境を越える者もいた。
そもそもアンデルとタシテの間には今まで国境の塀があっても形だけの簡易なもので、門は開きっぱなしだったということだから、国境を越えること自体に罪の意識は薄いに違いない。
でもその辺の兵士が正気を取り戻したら捕まりそうだから無茶するのは止めたほうがいいと思うんだけどなぁ。
ああ、でも今まで買い出しや品物を売りに行っていて、自宅に戻る人もいた訳だ。
そりゃあ帰りたいよな。
いろいろと思うところはあったが、神殿騎士たちはいち国家の国境を蹂躙し、旅を続けた。
恐るべき傲慢さだ。
確かにタシテのやり方は強引だったが、彼らは国の方針に従った兵士にすぎない。
判断力を持つ者を待ってやるぐらいはすべきだったんじゃないか?
いくら多くの民が信仰する教会の総本山とは言え、この横紙破りはさすがに飲み込めないものがある。
勇者をちらりと見ると目つきがヤバい。
これはそうとう腹を立てているぞ。
それなのに今この場で爆発しないところがさらにヤバい。
いくつもの不安要素を抱えながら、俺たちはタシテの国に入ったのだった。
だかそれもほどなく全体の足が止まることとなる。
タシテの国境に到着したのだ。
予想通りというか、予想以上というか、タシテとアンデルとの国境は混乱していた。
タシテへの荷を運ぼうとしていた荷車は道を塞いで立ち往生しているし、先へ進む予定だったのであろう行き場を失った人たちが道のあちこちで固まって話し合っている。
その向こうの国境は板で補強した柵が張り巡らせてあり、タシテへの入り口であろう簡易な門は封鎖されていた。
アンデル側から呼びかけている者もいるが、大半は諦めたのか疲れたように座り込み、狭い訳でもない街道を塞ぐように人や荷物が溜まっていた。
「メルリル、結界を解除してくれ」
「はい」
この様子では神殿騎士側が勇者に相談をしに訪れるだろうと考えた俺は、メルリルに風の精霊による声を封鎖する結界を解いてもらった。
だが、神殿騎士たちは勇者にお伺いを立てることもなく、馬を進めて行く。
道に座り込んだり、馬車を停めたりしていた者たちは、仰々しい集団にぎょっとしたように急いで道を空けた。
神殿騎士の、おそらく隊長であるゾッケルダが封鎖された国境の門へと近づく。
何をする気だろう?
「責任者はいるか!」
門の向こうは無言である。
「出て来ないと破壊して押し通る」
脅しか!
門の向こうがざわざわとしたかと思うと、大きな声が神殿騎士に応える。
「ここは封鎖されている。何人たりとも通す訳にはいかん。お引取り願おう」
まぁ当然の対応だろう。
だが、神殿騎士は納得しなかった。
「我らは聖なる神の御心に従って使命を果たす旅の途上である! 邪魔立ては神への冒涜とみなす」
おいおい、神さまじゃなくって、大聖堂の偉い人に頼まれた仕事をしているだけだろ。
神さまに責任をおっかぶせるほうが失礼な話じゃないか?
しかしその脅しは相手には効果的だったらしく、門の向こう側は一気に騒がしくなった。
お、いかにも即興で作ったっぽい物見からこっちを何人かが確認しているぞ。
「も、申し訳ありませぬ。神殿騎士さまの尊いお仕事を邪魔するつもりは全くありませぬ。しかし、今我が国は危急存亡の瀬戸際。この門を開放する訳にはいかないのであります」
気の毒に、必死の弁明だな。
「わかった」
「おお、おわかりいただけたようで……」
「押し通る」
「ひ?」
馬体に沿うように取り付けられていた巨大な槍を神殿騎士が手にする。
「征くぞ」
隊長の号令一下、全員が槍を手に馬を走らせた。
魔力が彼らの全身を巡り、槍の穂先に集中する。
ガガーン! という、硬いもの同士がぶつかった音が響き、もうもうたる木っ端屑が舞い踊った。「ウワー!」とか「ギャアアア!」などという野太い悲鳴が向こう側で上がる。
基本的に神殿騎士は許可なしの殺生は禁じられているので、兵士たちは無事だとは思うが、ケガぐらいはしただろうな。
……神殿騎士って無頼の徒かよ。
なんかタシテの兵士たちが気の毒だが、もともとは隣国にいらん欲をかいたのが原因と思えば同情も出来ない。
「勇者さま、行きましょうぞ」
「……」
なんだか変なテンションの神殿騎士の後に無言の勇者が無表情に続く。
周囲は「おお、神殿の騎士さまたちが悪をお討ちになった!」と快哉を叫ぶ者や、「勇者さまだ!」などと言いながらこちらを拝む者で収集がつかない。
要領がいいのか危機意識が低いのか、便乗して国境を越える者もいた。
そもそもアンデルとタシテの間には今まで国境の塀があっても形だけの簡易なもので、門は開きっぱなしだったということだから、国境を越えること自体に罪の意識は薄いに違いない。
でもその辺の兵士が正気を取り戻したら捕まりそうだから無茶するのは止めたほうがいいと思うんだけどなぁ。
ああ、でも今まで買い出しや品物を売りに行っていて、自宅に戻る人もいた訳だ。
そりゃあ帰りたいよな。
いろいろと思うところはあったが、神殿騎士たちはいち国家の国境を蹂躙し、旅を続けた。
恐るべき傲慢さだ。
確かにタシテのやり方は強引だったが、彼らは国の方針に従った兵士にすぎない。
判断力を持つ者を待ってやるぐらいはすべきだったんじゃないか?
いくら多くの民が信仰する教会の総本山とは言え、この横紙破りはさすがに飲み込めないものがある。
勇者をちらりと見ると目つきがヤバい。
これはそうとう腹を立てているぞ。
それなのに今この場で爆発しないところがさらにヤバい。
いくつもの不安要素を抱えながら、俺たちはタシテの国に入ったのだった。
31
あなたにおすすめの小説
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい
ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆
気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。
チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。
第一章 テンプレの異世界転生
第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!?
第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ!
第四章 魔族襲来!?王国を守れ
第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!?
第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~
第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~
第八章 クリフ一家と領地改革!?
第九章 魔国へ〜魔族大決戦!?
第十章 自分探しと家族サービス
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。