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第四章 世界の片隅で生きる者たち

234 神託と祝福

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 壇上に聖者さんの姿が見えると、ホール中から地鳴りのような轟きが聞こえた。
 歓声か、これ。なかには感動のあまりか、泣き崩れている人もいるぞ。すごいな。
 壇上の幕が取り除かれると、聖者さんを中心に、金色っぽい光が浮かび上がる。
 天窓かなにかの光があの位置に集中しているのだろう。
 その瞬間、ほとんどの人はひざまづいて祈りを捧げ始めた。
 俺も目立たないようにメルリルと二人で膝を折る。

「お立ちください」

 聖者のやわらかで、それでいて強い響きの声が聞こえた。
 全員が一斉に立ち上がる音が、不思議な楽器の音のようだ。

「本日は、神よりもたらされた大いなる試練を皆に告げなければなりません。そして、このご神託を得るために払われた犠牲のことも」

 シーンと静まり返った広いホールに聖者さんの声が響く。

「かねてより、神の盟約に曇りがあり、世に不穏が訪れようとしていることは感じていました。しかし、これまでは神のお声は遠く、その真意を得ることが叶いませんでした。そのことを憂いた偉大なる導師フォーセット・インティト・ハスハさまが、自らの力の限りを尽くすことで、神の真意を得ることに成功いたしました」

 オオオッと、空気全体が振動するような感動の声が人々から上がった。

「しかし、その代償に導師さまはその命を失ってしまいました。彼の偉大なる行動に感謝と哀しみを捧げたいと思います」
「そんな!」
「導師さまっ!」

 あちこちから導師を失ったことを嘆く声が聞こえる。
 意外とあの導師は慕われていたらしい。
 しかしなるほど、そういうことにしたのか。
 まぁ、導師が聖者を害そうとして返り討ちにあったとか発表出来ないよな。
 導師の献身のおかげで俺の仕事ももみ消せるし、いろいろあったが、今度はよい生命の巡りに辿り着いて欲しいものだ。
 聖者さんがゆっくりと手を上げる。
 それだけで騒がしかった人々が静まり返った。

「その導師さまの献身に報いるためにも、私にはこのご神託を広く伝える使命があります。みなさんよくお聞きなさい。そして、広く伝えるのです」

 その場の空気がピリピリと引き締まる。
 聖者の告げる一言一句とも聞き逃さないように、誰もが集中していた。

「大いなる災厄が訪れます。まずは東から、そして雪崩を打つように西へと至るでしょう。災厄は動き出したら留めるのは困難です。発生する前にそれを止める必要があります。そこで、私共は考えました。勇者さまがこの時代に神より遣わされたのは、そのご威光を持って災厄を打ち消してくださるためであろうと」

 オオオオオオッ! と、歓声が上がる。
 いやいや、勇者に丸投げか? そこで安心してもらったら駄目だろう。
 俺の不安はもちろん聖者も抱いていたようで、すぐに言葉が続いた。

「もちろん勇者さまは偉大ですが、お一人で、お仲間も少なく。大きな災厄をその身一つにお任せするのは神のご意思に反します。私共は、勇者さまをお助けするために力を尽くし、こぼれ落ちた災厄を自ら討たねばなりません。今こそ、些末な反目をなくし、人族全てが手を携えるときなのです。立場も姿も、魔力の有る無しも関係なく。人として世界のよき未来のために、心を一つに致しましょう。それが、神よりのお告げです」

 ワァアアアアアア! と、今までの全ての歓声よりも強く響く声が人々から発せられた。
 全ての人族の協力か。
 本当にそんなことが可能かどうかはともかく、そうしないとヤバいということはわかっただろう。
 それだけでも、聖者さんがここで言葉を伝えた意味はあったはずだ。
 壇上にローブを着た男性が上がり、聖者さんに一礼し、幕の後ろの何者かを招く。

「困難な戦いに挑む勇者さまご一同に、聖者さまが、災厄を退ける神の大いなる祝福をお授けになります。みなさまも神の光に心を重ねて、勇者さまをご支援ください」

 壇上に苦々しい顔をした勇者が現れた。
 もうちょっと顔を作れ。笑顔を見せろとは言わないが、せめて嫌そうな顔はするな。
 聖女を見てみろ、薄っすらと微笑みすら浮かべてるじゃねえか! 自分より年下の女の子ががんばってるんだからお前ももうちょっとがんばれ!
 ほかの二人は完全な無表情だが……まぁいいか。

 だがまぁ見た目だけなら勇者は最上だろう。
 黄金の髪に金の光を浴びて、まるで勇者自身から光が漏れ出しているようにすら見える。
 というか、実際、魔力が輝いて見えた。
 何かと呼応しているっぽい。
 もしかすると神の盟約との繋がりで、勇者の魔力が高まっているのかもしれない。
 正装らしい青のマントと白銀に金の縁取りの上着とズボンを着用した姿は、中身を知っている俺にすら神々しく見えた。
 勇者一行が壇上でかしずくように膝を突くと、聖者さんが勇者の頭上で、両手で何かを受けるように窪めた手を開く。その瞬間、光で描かれた花が勇者の頭上に現れ、それがほころぶように満開となって光り輝いた。
 眩しさに手をかざしつつ、その様子を見届けると、花の形をした光はそのまま勇者たち一行に吸い込まれるように消える。
 なるほど、あれが祝福か。

「神の御子たる勇者さまと、勇者さまを支える勇気ある者たちに幸いあれ」

 聖者の言葉が聞こえると、知らず心が沸き立つような歓喜に満たされた。
 この言葉自体が何かの強化系の魔法のようだ。
 おかげで俺とメルリル、それにフォルテもその恩恵にあずかることとなった。

「あたたかい……」

 そう言ってメルリルが胸を押さえる。
 ああ。だが、昨夜俺を抱きしめてくれたメルリルのあたたかさには、きっと敵わないと思うな。
 誰かが誰かを大切に思う心、それこそがあらゆる魔法に勝る祝福なのかもしれない。
 神の祝福の余波を受けながら、そんなふうに思ったのだった。
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