171 / 885
第四章 世界の片隅で生きる者たち
276 血判の誓書
しおりを挟む
「まずはお互いに自己紹介から始めましょう。と言ってもそちらはもう挨拶してくれたから私達のほうよね。私はパスダ、夫と一緒にドラゴン研究をやっているわ。で、こっちが」
パスダさんが旦那をつつく。
「あ、はい! ぼ、僕は、エ、エリエル、彼女と一緒にドラゴンを研究しているんだ。ドラゴンは本当に凄いよ、彼らを知ることで人類は更に飛躍出来ると言っていいだろう……」
「はい、ストップ。ドラゴンの話は後でね」
「あ、ああ、ごめんよ」
おお、奥さんがいると話が進むな。
というかこの人、奥さんがいないと他人とまともに交流出来ないんじゃないか?
「それで、ディーからは詳しい話は伝言としては来てないけど、私達に用事というのは具体的にどういうこと? 技術提供とか言ってたようだけど」
「ああ、さっき言ったが、俺たちはミホムから来た。ミホムは大森林に面していて、未だ開拓を続けている国だ。そのため魔物との遭遇が多い。それに元が大森林だった土地なんで魔力が溜まりやすい。そのせいで国内の土地で魔物が自然発生しやすい土地柄なんだ」
「なるほど、現地の人の話はとても参考になるよ」
うれしそうなエリエル氏の言葉だが、別にあんたの研究のための説明をしている訳じゃないからな?
まぁ学者って連中はこういうもんなんだけどさ。
「それで、この国に来て驚いた。魔物避けの建築素材があるじゃないか。しかもドラゴンの排泄物を利用しているということだった」
「ええ。あれを開発したときはそれは喜ばれたものよ。なにしろ西門周辺地域は特に凶暴な魔物が多いから、犠牲者もしょっちゅう出ていたの。あと、ちょうど蒸気機関の技術が入って来た頃だったから、国内の交通網を整備するのにも役立ったわ。あれで私達勲章をもらったのよ」
「それは凄いな。実は俺もあんたらのその研究成果を知ったのは蒸気機関列車に乗ったからなんだ。あの線路を囲む壁が魔物避け素材で出来ていると聞いてね」
「なるほどね。それで、故国に技術を提供したいということね。ただ、この技術にはいくつかクリアしなければならない問題があるわ。一つは建材を作るための素材。ドラゴンの排泄物はもちろんだけど、あの壁の基本原料となっているのは火山周辺の土地から取れる土と海水よ」
「海水! 普通の水じゃだめなのか?」
「駄目じゃないけど、ちょっと脆くなるかもしれないわね」
「そうか……まぁいい、そういうところはうちの国の学者さんたちががんばるだろう。要は基本の技術がわかっていれば後は応用だしな」
「あと、この技術はオープンにしているけど一応国が後見となっているの。国外に出すには許可がいるかもしれないわ」
「それは、……こっちでなんとかなるかも。それらがクリア出来たら技術書を教会経由でミホムの学者に送りたいんだが」
「そうね、私達としては国から文句さえ言われなければ問題ないわ。教会の偉い人に渡せばいいの?」
「ああ、それでわかるようにしておく」
本当は俺自身が技術書を持ち帰るのが一番なんだろうが、これから東国に行くにあたってどのくらい時間が必要になるかわからない。
その間に本国で研究を進めてもらったほうが絶対にいいと考えたのだ。
教会には勇者と聖女から口を利いてもらえば問題ないだろう。
なにしろ教会はどこにでも建っている。
大聖堂を中心に定期交流があるので、村人などは別の土地に嫁いだ家族に手紙やものを届けるときに教会に預けるというのは通常の手段だった。
急ぎの場合は商隊などに預けたりもするが、金が掛かるからな。
「えっと、あなたたちのほうの用事は終わったかな? それで、ドラゴンの件だけど……」
俺と奥さんであるパスダさんの話がまとまったと見て、旦那さんのエリエルが意気込んで俺に問いかけた。
ブレない人である。
「うん、まぁ俺のほうでも聞きたい話があるんで、こっちの手の内も明かすつもりだが、その前に一つ誓ってくれないか? 俺の話す情報を他所に漏らさないということを」
「ああ、誓う誓う、なんなら誓書を書くよ。魔法陣を使ったやつ」
軽い!
誓書って誓いを破ったらなんらかの呪いが罹るという商人が重要な取引のときだけ使うヤバいアイテムだろ。
「ごめんなさいね。この人、ドラゴンのことになるともう我慢が出来ないのよ。誓書は本当よ。実は冒険者の人にドラゴンの話を聞く場合、彼らにとっては不名誉な話とかもあるの。そういうことを外に漏らして欲しくない人が多いから必ず誓書を書くことにしているの」
奥さんのパスダさんが、エリエル氏が誓書を持ち出して来た理由を教えてくれた。
なるほど、ドラゴンから逃げ帰ったとなると、評判が命の冒険者にとっては仕事が出来なくなるほどの不名誉だからな。普通の冒険者は話を盛るはずだ。そういうのを防止するためか。
「あ、ああ、わかった誓書を書いてもらおう」
「うんうん。じゃあ聞いた事実を記述したものを家族以外に見せないことと、聞いたことを家族以外に話さないという誓約でいいかな?」
慣れているなぁ。
「ああ、頼む。こっちは正直に事実を話すということでいいかな?」
「もちろんだ!」
俺とエリエルとパスダは誓書にサインをして、刻まれた陣に血をこすりつけた。
実を言うと、サインをした全員が魔力持ちである場合は血判は必要ないのだが、形式的にこうなっているらしい。
「それで、その濃厚なドラゴンの気はどういうことだい?」
お菓子をもらう子どものようにワクワクするエリエル氏に、俺は苦笑しながら答えた。
「簡単に言ってしまえば、俺はドラゴンと盟約を結んでいる」
「えええええええぇっ!」
エリエル氏はポカーンと口を開けて俺を見た。
パスダさんも驚いたように固まっている。
まぁ凄いことなんだけどさ、俺の意思でやったことじゃないから全然凄いという実感はないんだけどな。
苦笑いする俺の頭上で、フォルテが大あくびをしていたのだった。
パスダさんが旦那をつつく。
「あ、はい! ぼ、僕は、エ、エリエル、彼女と一緒にドラゴンを研究しているんだ。ドラゴンは本当に凄いよ、彼らを知ることで人類は更に飛躍出来ると言っていいだろう……」
「はい、ストップ。ドラゴンの話は後でね」
「あ、ああ、ごめんよ」
おお、奥さんがいると話が進むな。
というかこの人、奥さんがいないと他人とまともに交流出来ないんじゃないか?
「それで、ディーからは詳しい話は伝言としては来てないけど、私達に用事というのは具体的にどういうこと? 技術提供とか言ってたようだけど」
「ああ、さっき言ったが、俺たちはミホムから来た。ミホムは大森林に面していて、未だ開拓を続けている国だ。そのため魔物との遭遇が多い。それに元が大森林だった土地なんで魔力が溜まりやすい。そのせいで国内の土地で魔物が自然発生しやすい土地柄なんだ」
「なるほど、現地の人の話はとても参考になるよ」
うれしそうなエリエル氏の言葉だが、別にあんたの研究のための説明をしている訳じゃないからな?
まぁ学者って連中はこういうもんなんだけどさ。
「それで、この国に来て驚いた。魔物避けの建築素材があるじゃないか。しかもドラゴンの排泄物を利用しているということだった」
「ええ。あれを開発したときはそれは喜ばれたものよ。なにしろ西門周辺地域は特に凶暴な魔物が多いから、犠牲者もしょっちゅう出ていたの。あと、ちょうど蒸気機関の技術が入って来た頃だったから、国内の交通網を整備するのにも役立ったわ。あれで私達勲章をもらったのよ」
「それは凄いな。実は俺もあんたらのその研究成果を知ったのは蒸気機関列車に乗ったからなんだ。あの線路を囲む壁が魔物避け素材で出来ていると聞いてね」
「なるほどね。それで、故国に技術を提供したいということね。ただ、この技術にはいくつかクリアしなければならない問題があるわ。一つは建材を作るための素材。ドラゴンの排泄物はもちろんだけど、あの壁の基本原料となっているのは火山周辺の土地から取れる土と海水よ」
「海水! 普通の水じゃだめなのか?」
「駄目じゃないけど、ちょっと脆くなるかもしれないわね」
「そうか……まぁいい、そういうところはうちの国の学者さんたちががんばるだろう。要は基本の技術がわかっていれば後は応用だしな」
「あと、この技術はオープンにしているけど一応国が後見となっているの。国外に出すには許可がいるかもしれないわ」
「それは、……こっちでなんとかなるかも。それらがクリア出来たら技術書を教会経由でミホムの学者に送りたいんだが」
「そうね、私達としては国から文句さえ言われなければ問題ないわ。教会の偉い人に渡せばいいの?」
「ああ、それでわかるようにしておく」
本当は俺自身が技術書を持ち帰るのが一番なんだろうが、これから東国に行くにあたってどのくらい時間が必要になるかわからない。
その間に本国で研究を進めてもらったほうが絶対にいいと考えたのだ。
教会には勇者と聖女から口を利いてもらえば問題ないだろう。
なにしろ教会はどこにでも建っている。
大聖堂を中心に定期交流があるので、村人などは別の土地に嫁いだ家族に手紙やものを届けるときに教会に預けるというのは通常の手段だった。
急ぎの場合は商隊などに預けたりもするが、金が掛かるからな。
「えっと、あなたたちのほうの用事は終わったかな? それで、ドラゴンの件だけど……」
俺と奥さんであるパスダさんの話がまとまったと見て、旦那さんのエリエルが意気込んで俺に問いかけた。
ブレない人である。
「うん、まぁ俺のほうでも聞きたい話があるんで、こっちの手の内も明かすつもりだが、その前に一つ誓ってくれないか? 俺の話す情報を他所に漏らさないということを」
「ああ、誓う誓う、なんなら誓書を書くよ。魔法陣を使ったやつ」
軽い!
誓書って誓いを破ったらなんらかの呪いが罹るという商人が重要な取引のときだけ使うヤバいアイテムだろ。
「ごめんなさいね。この人、ドラゴンのことになるともう我慢が出来ないのよ。誓書は本当よ。実は冒険者の人にドラゴンの話を聞く場合、彼らにとっては不名誉な話とかもあるの。そういうことを外に漏らして欲しくない人が多いから必ず誓書を書くことにしているの」
奥さんのパスダさんが、エリエル氏が誓書を持ち出して来た理由を教えてくれた。
なるほど、ドラゴンから逃げ帰ったとなると、評判が命の冒険者にとっては仕事が出来なくなるほどの不名誉だからな。普通の冒険者は話を盛るはずだ。そういうのを防止するためか。
「あ、ああ、わかった誓書を書いてもらおう」
「うんうん。じゃあ聞いた事実を記述したものを家族以外に見せないことと、聞いたことを家族以外に話さないという誓約でいいかな?」
慣れているなぁ。
「ああ、頼む。こっちは正直に事実を話すということでいいかな?」
「もちろんだ!」
俺とエリエルとパスダは誓書にサインをして、刻まれた陣に血をこすりつけた。
実を言うと、サインをした全員が魔力持ちである場合は血判は必要ないのだが、形式的にこうなっているらしい。
「それで、その濃厚なドラゴンの気はどういうことだい?」
お菓子をもらう子どものようにワクワクするエリエル氏に、俺は苦笑しながら答えた。
「簡単に言ってしまえば、俺はドラゴンと盟約を結んでいる」
「えええええええぇっ!」
エリエル氏はポカーンと口を開けて俺を見た。
パスダさんも驚いたように固まっている。
まぁ凄いことなんだけどさ、俺の意思でやったことじゃないから全然凄いという実感はないんだけどな。
苦笑いする俺の頭上で、フォルテが大あくびをしていたのだった。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
9,283
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。