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第六章 その祈り、届かなくとも……
496 勇者は空中戦を経験する
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一度は降下しかけた飛竜だが、勇者の声に再び空高く舞い上がった。
「モル、今のうちに集落の人たちに事情を説明して避難を急がせろ!」
「わかった」
このままここで戦うことになれば勇者が魔法を使うのに周囲に人がいる状態はマズい。
魔法剣だけなら周囲にはあまり影響は出ないが、勇者がよく使う大魔法は周囲に影響が大きい。
相手が空を飛ぶことを考えれば、魔法剣だけで戦えるような相手ではないのは明らかだった。
「自分が空を飛べるから有利だと思っているな? その傲慢、打ち砕いてやる」
勇者が崖から飛び出した。
これには集落へ降りる途中だったモル少年はもちろん、俺も肝を冷やす。
だが、勇者は空中に足場を作ってそれを踏んで駆け上がった。
水を渡るときにやった訓練の応用だ。
魔力の足場は地面が遠いほど維持が困難になる。
単なる認識の問題なのだが、この認識という奴が案外馬鹿に出来ないのだ。
水の上には立てない。空中を走れない。
それは人間にとって常識だ。
それを意識的に書き換える必要がある。
地面がなければ落ちるという認識はなかなかに強固で動かしがたいものなのだ。
しかし、勇者は水面を走るという訓練を少しやっただけで、それを空中に応用してみせた。
ものの考え方が柔軟な証拠だ。
本人はあんなに分からず屋なのに、不思議な話だな。
一方で空中で好きなときに襲いかかろうと余裕を見せていた飛竜は、さすがに焦ったようだった。
まさか翼のない人間が空に昇って来るとは思わなかったのだろう。
とは言え、あの戦い方は長くは続かない。
魔力消費が膨大過ぎる。
いくら勇者の魔力が通常の人間とは桁が違うとは言え、あんな使い方をしていればすぐに枯渇するだろう。
魔力持ちは主に呼吸から魔力を取り入れると言われている。
学者先生によると、風と共に純粋な魔力が世界を循環していて、魔力を溜める体質の生き物はそれを取り込める体の構造になっているとのことだった。
つまり戦いながらもある程度は魔力も補給が出来ているのだが、派手に使えばいずれ供給が追いつかなくなる。
勇者は空中にいる限り足場を作り続けなければならない。
あの技術は、放出した魔力を一瞬だが固定するというもので、体内の魔力と外に出した魔力を繋いで自分の体で行うような魔力の循環を行う必要があるのだ。
本来体内を巡っている魔力を無駄に垂れ流す燃費の悪い魔力操作なのである。
そのため、勇者としては今のうちに飛竜を叩き落としたいところだろうが、そうすると下の山岳の民の集落に被害が出る。
人が残っている間はそれは難しい。
「モル! 集落に人がいなくなったら教えてくれ!」
「わかった!」
空を飛んだ勇者に対する驚愕はすぐに去ったらしいモル少年が元気に答える。
ほとんどの人は勇者だからという理由でどんな無茶でも納得してしまうのだ。
便利だな。
「グワアアアア!」
勇者に迫られた飛竜も黙って待っていてはくれない。
逆落としに急降下をしかけて自分よりもずっと小さな勇者をハエを潰すように叩き落とそうとした。
勇者はその突進を軽々と躱すと、足場を蹴ってくるりと前転しながら剣を振るう。
「グゲゲッ!」
勇者の剣が飛竜の翼の一部を切り裂く。
「浅いか」
勇者の魔法剣にいつもの威力がない。
さすがの勇者も足場と剣と両方を操るのは厳しかったようだ。
俺も勇者のサポートをすべく飛竜の隙を窺っているのだが、さすがに距離がありすぎるうえに、動きが速い。
「どうするか……」
「ダスター」
ふわっと風を感じたと思ったら、隣にメルリルが降り立った。
「風を使ってあの魔物の動きを封じてみる」
「飛竜だけを狙ってそんなことが出来るのか?」
「私もみんなと一緒に鍛錬をしたから。見てて」
俺はうなずくと、勇者に声をかける。
「アルフ! そいつの動きが止まったら一度足場を解除して全力の攻撃を仕掛けろ!」
「わかった!」
俺の要求した攻撃方法はかなりの無茶だったのだが、勇者は躊躇なく返事を返した。
相変わらず自信家だな。
「メルリル、頼む」
「はい!」
メルリルが故郷から持って来た大切な笛は天守山で失われた。
今使えるものは己が肉体のみ。
メルリルの口から低く細い声が生じる。
『空駆ける自由なものたち、鎖となりて凶暴な魔物をしばって。我が想いが聴こえるならば』
いつもの古い言葉ではない、森人の普段使いの言葉でメルリルは詩とも言い難い短い一節を抑揚をつけて声に乗せる。
声は低みから高みへと駆け上り、広がって空に溶けた。
途端に、飛竜が苦しそうにもがき出す。
「今だ!」
勇者は飛竜の真横につけていたが、その瞬間大きく足場を蹴り、ポーンと高く舞い上がった。
そして飛竜の上を取ると、剣を下にして落下する。
先程飛竜がやった攻撃をそのままやり返した形だ。
動きを封じられた飛竜は、先程の勇者のように躱すことは出来なかった。
いや、もし動けたとしても躱せたかどうか。
なにしろ図体がデカいからな。
「燃えつきろっ!」
勇者の剣が炎を纏う。
あれ、勇者自身は熱くないのかな?
勇者の剣が飛竜の首を切断しようとした正にそのとき、自由に動けないながら体をひねった飛竜は体と同じほどある長い尾を振るった。
まずい!
「その尾の先端の棘には毒がある! 避けろ!」
「ちぃっ!」
勇者は急遽真横に足場を作ってそれを蹴り、自分が落ちる軌道を変えた。
だが、尾は長く太い、先端こそぎりぎり躱したものの、勇者は尾の攻撃を横から受けることになってしまう。
「あっ!」
メルリルが悲鳴を上げた。
勇者は受けた衝撃を回転することで受け流し、そのまま飛竜の首に斬りかかる。
だが、さすがにそれは欲張りすぎだったようだ。
剣はわずかに飛竜の首に届かない。
とは言え、それは無駄なあがきではなかった。
剣に宿る魔法の炎が伸びて、飛竜の体を包んだのだ。
「グギャア!」
メルリルがしかけた風の拘束が解け、飛竜は身をよじりながらどこかへと飛ぶ。
「逃さん!」
勇者が空中を駆けてその後を追う。
「マズい、追うぞ!」
「はい!」
飛竜が移動したことで山岳の民の集落は安全になったが、足場の悪い山で空を行く魔物を追うのは難しい。
しかし、放置して勇者にだけ戦いを任せるのも危険だ。
勇者は空中で戦いっぱなしなので、このままでは動きが取れなくなってしまう危険が大きい。
「くそっ!」
「ピャ?」
そのとき、フォルテが不思議そうになんで飛ばないの? と聞いた。
「あ……そうか、その手があったか」
自分が飛べるということが、どうも俺の意識のなかに定着していない。
それに山岳の民や、なによりもモル少年に飛んでいる姿を見せるのはなんとなく嫌だった。
「なるべく低空を飛んで後を追う」
そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、メルリルがうなずいて、ふわっと風と共に姿を消した。
「モル、今のうちに集落の人たちに事情を説明して避難を急がせろ!」
「わかった」
このままここで戦うことになれば勇者が魔法を使うのに周囲に人がいる状態はマズい。
魔法剣だけなら周囲にはあまり影響は出ないが、勇者がよく使う大魔法は周囲に影響が大きい。
相手が空を飛ぶことを考えれば、魔法剣だけで戦えるような相手ではないのは明らかだった。
「自分が空を飛べるから有利だと思っているな? その傲慢、打ち砕いてやる」
勇者が崖から飛び出した。
これには集落へ降りる途中だったモル少年はもちろん、俺も肝を冷やす。
だが、勇者は空中に足場を作ってそれを踏んで駆け上がった。
水を渡るときにやった訓練の応用だ。
魔力の足場は地面が遠いほど維持が困難になる。
単なる認識の問題なのだが、この認識という奴が案外馬鹿に出来ないのだ。
水の上には立てない。空中を走れない。
それは人間にとって常識だ。
それを意識的に書き換える必要がある。
地面がなければ落ちるという認識はなかなかに強固で動かしがたいものなのだ。
しかし、勇者は水面を走るという訓練を少しやっただけで、それを空中に応用してみせた。
ものの考え方が柔軟な証拠だ。
本人はあんなに分からず屋なのに、不思議な話だな。
一方で空中で好きなときに襲いかかろうと余裕を見せていた飛竜は、さすがに焦ったようだった。
まさか翼のない人間が空に昇って来るとは思わなかったのだろう。
とは言え、あの戦い方は長くは続かない。
魔力消費が膨大過ぎる。
いくら勇者の魔力が通常の人間とは桁が違うとは言え、あんな使い方をしていればすぐに枯渇するだろう。
魔力持ちは主に呼吸から魔力を取り入れると言われている。
学者先生によると、風と共に純粋な魔力が世界を循環していて、魔力を溜める体質の生き物はそれを取り込める体の構造になっているとのことだった。
つまり戦いながらもある程度は魔力も補給が出来ているのだが、派手に使えばいずれ供給が追いつかなくなる。
勇者は空中にいる限り足場を作り続けなければならない。
あの技術は、放出した魔力を一瞬だが固定するというもので、体内の魔力と外に出した魔力を繋いで自分の体で行うような魔力の循環を行う必要があるのだ。
本来体内を巡っている魔力を無駄に垂れ流す燃費の悪い魔力操作なのである。
そのため、勇者としては今のうちに飛竜を叩き落としたいところだろうが、そうすると下の山岳の民の集落に被害が出る。
人が残っている間はそれは難しい。
「モル! 集落に人がいなくなったら教えてくれ!」
「わかった!」
空を飛んだ勇者に対する驚愕はすぐに去ったらしいモル少年が元気に答える。
ほとんどの人は勇者だからという理由でどんな無茶でも納得してしまうのだ。
便利だな。
「グワアアアア!」
勇者に迫られた飛竜も黙って待っていてはくれない。
逆落としに急降下をしかけて自分よりもずっと小さな勇者をハエを潰すように叩き落とそうとした。
勇者はその突進を軽々と躱すと、足場を蹴ってくるりと前転しながら剣を振るう。
「グゲゲッ!」
勇者の剣が飛竜の翼の一部を切り裂く。
「浅いか」
勇者の魔法剣にいつもの威力がない。
さすがの勇者も足場と剣と両方を操るのは厳しかったようだ。
俺も勇者のサポートをすべく飛竜の隙を窺っているのだが、さすがに距離がありすぎるうえに、動きが速い。
「どうするか……」
「ダスター」
ふわっと風を感じたと思ったら、隣にメルリルが降り立った。
「風を使ってあの魔物の動きを封じてみる」
「飛竜だけを狙ってそんなことが出来るのか?」
「私もみんなと一緒に鍛錬をしたから。見てて」
俺はうなずくと、勇者に声をかける。
「アルフ! そいつの動きが止まったら一度足場を解除して全力の攻撃を仕掛けろ!」
「わかった!」
俺の要求した攻撃方法はかなりの無茶だったのだが、勇者は躊躇なく返事を返した。
相変わらず自信家だな。
「メルリル、頼む」
「はい!」
メルリルが故郷から持って来た大切な笛は天守山で失われた。
今使えるものは己が肉体のみ。
メルリルの口から低く細い声が生じる。
『空駆ける自由なものたち、鎖となりて凶暴な魔物をしばって。我が想いが聴こえるならば』
いつもの古い言葉ではない、森人の普段使いの言葉でメルリルは詩とも言い難い短い一節を抑揚をつけて声に乗せる。
声は低みから高みへと駆け上り、広がって空に溶けた。
途端に、飛竜が苦しそうにもがき出す。
「今だ!」
勇者は飛竜の真横につけていたが、その瞬間大きく足場を蹴り、ポーンと高く舞い上がった。
そして飛竜の上を取ると、剣を下にして落下する。
先程飛竜がやった攻撃をそのままやり返した形だ。
動きを封じられた飛竜は、先程の勇者のように躱すことは出来なかった。
いや、もし動けたとしても躱せたかどうか。
なにしろ図体がデカいからな。
「燃えつきろっ!」
勇者の剣が炎を纏う。
あれ、勇者自身は熱くないのかな?
勇者の剣が飛竜の首を切断しようとした正にそのとき、自由に動けないながら体をひねった飛竜は体と同じほどある長い尾を振るった。
まずい!
「その尾の先端の棘には毒がある! 避けろ!」
「ちぃっ!」
勇者は急遽真横に足場を作ってそれを蹴り、自分が落ちる軌道を変えた。
だが、尾は長く太い、先端こそぎりぎり躱したものの、勇者は尾の攻撃を横から受けることになってしまう。
「あっ!」
メルリルが悲鳴を上げた。
勇者は受けた衝撃を回転することで受け流し、そのまま飛竜の首に斬りかかる。
だが、さすがにそれは欲張りすぎだったようだ。
剣はわずかに飛竜の首に届かない。
とは言え、それは無駄なあがきではなかった。
剣に宿る魔法の炎が伸びて、飛竜の体を包んだのだ。
「グギャア!」
メルリルがしかけた風の拘束が解け、飛竜は身をよじりながらどこかへと飛ぶ。
「逃さん!」
勇者が空中を駆けてその後を追う。
「マズい、追うぞ!」
「はい!」
飛竜が移動したことで山岳の民の集落は安全になったが、足場の悪い山で空を行く魔物を追うのは難しい。
しかし、放置して勇者にだけ戦いを任せるのも危険だ。
勇者は空中で戦いっぱなしなので、このままでは動きが取れなくなってしまう危険が大きい。
「くそっ!」
「ピャ?」
そのとき、フォルテが不思議そうになんで飛ばないの? と聞いた。
「あ……そうか、その手があったか」
自分が飛べるということが、どうも俺の意識のなかに定着していない。
それに山岳の民や、なによりもモル少年に飛んでいる姿を見せるのはなんとなく嫌だった。
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