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第六章 その祈り、届かなくとも……
580 なかとそと
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砦で俺達が騒ぎを起こしていたちょうどそのとき、砦の外に残ったメルリルや聖女たちのほうも、思わぬ出会いに一つの選択を迫られることとなった。
「誰かこっちに来ます」
風の精霊で周囲を警戒していたメルリルが聖女とモンクに警告する。
すぐに動いたのは当然ながらモンクだ。
不審者が来る方向に向いて警戒態勢に入った。
「守護の結界はありますが、姿を隠したほうがいいでしょうか?」
聖女が判断に迷ってモンクにそう尋ねる。
戦闘に関しては自分の判断は当てにならないことを聖女自身がよくわかっていた。
「そう、だね。うん。ミュリアお願い」
「わかりました」
聖女が結界の上から幻惑の衣という魔法を重ねる。
相手の目に実際にあるものをごまかして見せる魔法だ。
ミュリアが聖女のなかでも特出しているところとして、魔法の重ね掛けが得意というものがある。
普通は一つの魔法を維持するだけなのだが、ミュリアはいくつもの魔法を同時に展開出来るのだ。
きわめて稀有な才能だった。
やがて気配を殺した武装した男が姿を現した。
その男に全員見覚えがある。
「うぬ? 確かこの辺りに……」
その様子を見て、モンクはメルリルを振り向いて尋ねる。
「あの男以外が近くにいる?」
「あと一人、背後にいるようです」
「二人か……ほかには?」
「待って、索敵の範囲を広げてみる」
メルリルは何かに耳を傾けるように目をつむった。
すぐに目を開けると、モンクに返事をする。
「少し離れたところに人が大勢います」
精霊の使い勝手の悪いところなのだが、精霊には人間の区別がつかないし、数が数えられない。
メルリルに似た生き物が一つか少しかたくさんという感じで伝えて来るのだ。
便利なのだが、少しもどかしい。
「なるほど。これって、魔物の防衛をしていた騎士だよね」
モンクが言うと聖女とメルリルがうなずく。
そう、彼女たちの近くに接近して来たのは、森近くの街道で魔物の氾濫を押しとどめていたあの騎士達の一人だった。
モンクは少し迷ったが、聖女がその騎士の様子をひどく気にしているので、接触してみることに決めた。
その騎士は自分たちで適当にやったと思われる手当てをしているが、かなりケガをしているのだ。
他人の痛みに心を痛める聖女には気づかわしい状態である。
それに、今ここに来ているのが二人なら、何かあってもモンク一人でもなんとか聖女を守り切ることが出来るだろう。
風に乗れば危険を避けられるメルリルは最初から守る対象にはない。
「ミュリア、せっかく掛けてもらった魔法だけど、幻影のほうだけ解除してもらえる?」
「わかりました」
聖女はすぐさま今かけたばかりの魔法を解除する。
「おわっ!」
騎士は、突然目の前に現れた聖女たちに驚いたようだった。
すっかり固まっている。
「何か用事?」
モンクはそっけなく尋ねた。
その声に我に返った騎士は、聖女たちにうやうやしく膝を突いて挨拶する。
「はっ、実は砦の様子を窺っていた斥候が、聖女さま方のお姿をお見掛けしたと報告しまして。あまり派手に動いてあの連中に悟られる訳にはいかぬので、顔が知れている私が代表で来た次第です」
「後ろの男は?」
モンクが指摘する。
「さすが慧眼ですね。いや、他意があって伏せていたのではありません。単に今は二人以上の行動が義務付けられているので伴いましたが、皆さま方を驚かせてはいかぬと、下がらせていただけの話」
「そう。で、最初の私の問いに答えをもらってないのだけど」
モンクは男にはとことん冷徹だ。
かなりそっけない言い方で相手を問い詰めた。
「は、はい。その、あそこには我らのふいをついて砦を奪った卑劣な賊が入り込んでいるので、危険をお知らせしようと」
「ああ。大丈夫。もう勇者達が乗り込んだから、もう少ししたら取り戻せると思うよ。ただ砦は多少壊れるかもしれないけど」
「えっ、ええっ!」
モンクの言葉に冷や汗を禁じ得ない騎士だった。
だが、その騎士の様子を少しだけ誤解した者がいる。
聖女だ。
「傷が痛むのでしょうか? よかったら治療いたしますよ?」
「さきほどに続いて再び聖女さまのお手を煩わせては……先祖に申し訳がありません」
「何を言うのです。神から授かった力は人のために使ってこそ活きるのです。治療いたしましょう」
きっぱりと言う聖女に騎士は涙を流す。
「わ、我らがふがいないばかりに勇者さまや聖女さまに余計なお気遣いをさせてしまい。恥じ入るばかり」
「ったく、騎士はこれだから。いいから聖女さまが治療するってんだからさっさと傷を出しな!」
「テスタねえさま、言い方が乱暴です」
◇◇◇
「何事だ! 騒がしい!」
大事な話をしようとしているそのときに起こったざわめきに、商人風の姿の指揮官が怒声を上げる。
しかしこの男、片腕を斬り飛ばされて止血もしていない状態なんだが、肝が据わっているというかなんと言うか。
痛くないのかな?
大けがの場合、傷を負った瞬間は見た目ほど痛みを感じないものだが、血が流れるほどに意識が遠くなって行く。
それに、早く処置しないと、傷口に悪いモノが入り込んで腐ってしまうのだ。
まぁこいつらは今のところ敵なので、心配してやるのは筋違いだが、頑張っている奴を見るとちょっと助けてやりたくなる。
「か、神の怒りが……」
指揮官の怒声に駆け付けた弓持ちの兵の一人が弦の切れた弓を差し出して震え声で言った。
おい、それやったの俺だからな。
神さまの仕業にしたら怒られるぞ。
「なんだと、まさか全員か?」
騒ぎの範囲を見て、指揮官が唖然とする。
その足元が揺らいでがくりと座り込んだ。
やっぱりそれなりに傷が響いているらしい。
我慢するにも限度があるからな。
「隊長! 止血を!」
「いや、今はいい。それよりもイルミダスさまだ。すぐにお手当を! 回復魔法の使い手は?」
「おい、何勝手に指示を出してるんだ? いつ俺が自由にしていいと言った? 貴様ら本当に自分たちのことだけしか考えてないんだな」
指揮官は絶望的な顔で勇者を見る。
「勇者殿……まさか、神の代行者であるあなたが女人を傷つけるとは!」
「は? お前自分の都合で意見をころころ変えるな。俺は勇者じゃないんだろ? なら何をやってもおかしくないじゃないか。指示は俺が出す。それが嫌ならここでみんなまとめて死ね」
「ぐううっ……」
指揮官は傷の痛みからか、それとも口惜しさからか、うずくまってうめいた。
そして顔を上げると、精一杯の声を張り上げる。
「こ、このお方の指示に従え。我らの負けだ」
そしてそのまま意識を失った。
「まぁ根性だけは認めてやるか。……おい!」
「ひいっ!」
突然勇者に呼びかけられた射手らしき男は真っ青になってビクッと体を震わせる。
そんなに怖いか? 怖いよな。
勇者脅しすぎだろ。
「手当はそいつが最初だ。あのみじめなバカはその後だな。わかったか?」
「わ、わかりました!」
「おのれ痴れ者! 誰が貴様の言葉になんか……」
勇者の指示に射手の男が従おうとしたのだが、そこで女騎士がふらふらと立ち上がって剣を構える。
「は? お前が死にたいのは勝手だが、ほかの連中の意見はどうかな? おい! このバカと一緒に死にたい奴はそいつの後ろに並べ。一緒に始末してやる」
しばし待ったが、誰も女騎士の元へは行かず、片腕を失った指揮官の治療に呼ばれた施術士らしき者が止血などを行いながら治療の指示を出す声のみが聞こえた。
見回しても、誰もその女騎士を見てもいない。
「なんだ、ずいぶん嫌われているじゃないか。俺が手ずから始末してやる価値もないな」
勇者はそう吐き捨てるように言うと、くるりと女騎士に背を向けた。
「おのれ……おのれ……」
女騎士はうめくように言いながら、そのまま地面に顔からくずおれて気を失ったのだった。
「誰かこっちに来ます」
風の精霊で周囲を警戒していたメルリルが聖女とモンクに警告する。
すぐに動いたのは当然ながらモンクだ。
不審者が来る方向に向いて警戒態勢に入った。
「守護の結界はありますが、姿を隠したほうがいいでしょうか?」
聖女が判断に迷ってモンクにそう尋ねる。
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「そう、だね。うん。ミュリアお願い」
「わかりました」
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ミュリアが聖女のなかでも特出しているところとして、魔法の重ね掛けが得意というものがある。
普通は一つの魔法を維持するだけなのだが、ミュリアはいくつもの魔法を同時に展開出来るのだ。
きわめて稀有な才能だった。
やがて気配を殺した武装した男が姿を現した。
その男に全員見覚えがある。
「うぬ? 確かこの辺りに……」
その様子を見て、モンクはメルリルを振り向いて尋ねる。
「あの男以外が近くにいる?」
「あと一人、背後にいるようです」
「二人か……ほかには?」
「待って、索敵の範囲を広げてみる」
メルリルは何かに耳を傾けるように目をつむった。
すぐに目を開けると、モンクに返事をする。
「少し離れたところに人が大勢います」
精霊の使い勝手の悪いところなのだが、精霊には人間の区別がつかないし、数が数えられない。
メルリルに似た生き物が一つか少しかたくさんという感じで伝えて来るのだ。
便利なのだが、少しもどかしい。
「なるほど。これって、魔物の防衛をしていた騎士だよね」
モンクが言うと聖女とメルリルがうなずく。
そう、彼女たちの近くに接近して来たのは、森近くの街道で魔物の氾濫を押しとどめていたあの騎士達の一人だった。
モンクは少し迷ったが、聖女がその騎士の様子をひどく気にしているので、接触してみることに決めた。
その騎士は自分たちで適当にやったと思われる手当てをしているが、かなりケガをしているのだ。
他人の痛みに心を痛める聖女には気づかわしい状態である。
それに、今ここに来ているのが二人なら、何かあってもモンク一人でもなんとか聖女を守り切ることが出来るだろう。
風に乗れば危険を避けられるメルリルは最初から守る対象にはない。
「ミュリア、せっかく掛けてもらった魔法だけど、幻影のほうだけ解除してもらえる?」
「わかりました」
聖女はすぐさま今かけたばかりの魔法を解除する。
「おわっ!」
騎士は、突然目の前に現れた聖女たちに驚いたようだった。
すっかり固まっている。
「何か用事?」
モンクはそっけなく尋ねた。
その声に我に返った騎士は、聖女たちにうやうやしく膝を突いて挨拶する。
「はっ、実は砦の様子を窺っていた斥候が、聖女さま方のお姿をお見掛けしたと報告しまして。あまり派手に動いてあの連中に悟られる訳にはいかぬので、顔が知れている私が代表で来た次第です」
「後ろの男は?」
モンクが指摘する。
「さすが慧眼ですね。いや、他意があって伏せていたのではありません。単に今は二人以上の行動が義務付けられているので伴いましたが、皆さま方を驚かせてはいかぬと、下がらせていただけの話」
「そう。で、最初の私の問いに答えをもらってないのだけど」
モンクは男にはとことん冷徹だ。
かなりそっけない言い方で相手を問い詰めた。
「は、はい。その、あそこには我らのふいをついて砦を奪った卑劣な賊が入り込んでいるので、危険をお知らせしようと」
「ああ。大丈夫。もう勇者達が乗り込んだから、もう少ししたら取り戻せると思うよ。ただ砦は多少壊れるかもしれないけど」
「えっ、ええっ!」
モンクの言葉に冷や汗を禁じ得ない騎士だった。
だが、その騎士の様子を少しだけ誤解した者がいる。
聖女だ。
「傷が痛むのでしょうか? よかったら治療いたしますよ?」
「さきほどに続いて再び聖女さまのお手を煩わせては……先祖に申し訳がありません」
「何を言うのです。神から授かった力は人のために使ってこそ活きるのです。治療いたしましょう」
きっぱりと言う聖女に騎士は涙を流す。
「わ、我らがふがいないばかりに勇者さまや聖女さまに余計なお気遣いをさせてしまい。恥じ入るばかり」
「ったく、騎士はこれだから。いいから聖女さまが治療するってんだからさっさと傷を出しな!」
「テスタねえさま、言い方が乱暴です」
◇◇◇
「何事だ! 騒がしい!」
大事な話をしようとしているそのときに起こったざわめきに、商人風の姿の指揮官が怒声を上げる。
しかしこの男、片腕を斬り飛ばされて止血もしていない状態なんだが、肝が据わっているというかなんと言うか。
痛くないのかな?
大けがの場合、傷を負った瞬間は見た目ほど痛みを感じないものだが、血が流れるほどに意識が遠くなって行く。
それに、早く処置しないと、傷口に悪いモノが入り込んで腐ってしまうのだ。
まぁこいつらは今のところ敵なので、心配してやるのは筋違いだが、頑張っている奴を見るとちょっと助けてやりたくなる。
「か、神の怒りが……」
指揮官の怒声に駆け付けた弓持ちの兵の一人が弦の切れた弓を差し出して震え声で言った。
おい、それやったの俺だからな。
神さまの仕業にしたら怒られるぞ。
「なんだと、まさか全員か?」
騒ぎの範囲を見て、指揮官が唖然とする。
その足元が揺らいでがくりと座り込んだ。
やっぱりそれなりに傷が響いているらしい。
我慢するにも限度があるからな。
「隊長! 止血を!」
「いや、今はいい。それよりもイルミダスさまだ。すぐにお手当を! 回復魔法の使い手は?」
「おい、何勝手に指示を出してるんだ? いつ俺が自由にしていいと言った? 貴様ら本当に自分たちのことだけしか考えてないんだな」
指揮官は絶望的な顔で勇者を見る。
「勇者殿……まさか、神の代行者であるあなたが女人を傷つけるとは!」
「は? お前自分の都合で意見をころころ変えるな。俺は勇者じゃないんだろ? なら何をやってもおかしくないじゃないか。指示は俺が出す。それが嫌ならここでみんなまとめて死ね」
「ぐううっ……」
指揮官は傷の痛みからか、それとも口惜しさからか、うずくまってうめいた。
そして顔を上げると、精一杯の声を張り上げる。
「こ、このお方の指示に従え。我らの負けだ」
そしてそのまま意識を失った。
「まぁ根性だけは認めてやるか。……おい!」
「ひいっ!」
突然勇者に呼びかけられた射手らしき男は真っ青になってビクッと体を震わせる。
そんなに怖いか? 怖いよな。
勇者脅しすぎだろ。
「手当はそいつが最初だ。あのみじめなバカはその後だな。わかったか?」
「わ、わかりました!」
「おのれ痴れ者! 誰が貴様の言葉になんか……」
勇者の指示に射手の男が従おうとしたのだが、そこで女騎士がふらふらと立ち上がって剣を構える。
「は? お前が死にたいのは勝手だが、ほかの連中の意見はどうかな? おい! このバカと一緒に死にたい奴はそいつの後ろに並べ。一緒に始末してやる」
しばし待ったが、誰も女騎士の元へは行かず、片腕を失った指揮官の治療に呼ばれた施術士らしき者が止血などを行いながら治療の指示を出す声のみが聞こえた。
見回しても、誰もその女騎士を見てもいない。
「なんだ、ずいぶん嫌われているじゃないか。俺が手ずから始末してやる価値もないな」
勇者はそう吐き捨てるように言うと、くるりと女騎士に背を向けた。
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