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異世界人は常識を語る

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「シン、あなたを私の近侍とする許可をお館様にいただいた。いいかな?」
「えっと、近侍って、リオンの傍にはべって仕事の手伝いをするみたいなこと? 戦闘能力とかを期待されると無理なんだけど」
「大丈夫。いわゆる相談役と思ってくれれば間違いない」
「ああ、そういうことならOK」

 またわからない言葉を発しているけど、了解を得られたことはわかった。
 シンにほかに頼るべき場所がないとわかっていても、提案を受け入れてもらえると嬉しい。
 あ、エッデの顔がちょっと怖い。
 
「ありえません。お嬢様の近侍となれば、それなりの家柄の子女が就くべき仕事。そのようなどこの者とも知れぬ相手を就けるなど」
「エッデ、これはお館様が認めたこと。あなたが口出しするのは僭越ですよ」
「くっ、申し訳ありません」

 納得していませんね。
 まぁそれはそうでしょう。

「そういうことなので、あなたは下がりなさい」
「は?」
「私が自分の近侍と二人でいることに何の問題もありません。あなたがここにいる意味は、不審者と私を二人きりにしないためだったはず。もはやその理由は消えました。あなた本来の仕事に戻りなさい」
「し、しかし」
「不満があるのならばお館様に直接申し上げるように。お館様の決定はこの地の法です」
「……承知いたしました」

 エッデはものすごい目つきでシンを睨みつけると、私に注意される前に素早く退室した。
 これは、恨みを買ってしまったかもしれませんね。シンが。

「あー、えっと、俺、なんであのあんさ……戦闘メイドさんに嫌われている訳?」
「戦闘メイド?」
「ああ、いや、そんな雰囲気だからさ」

 シンの言いように思わず吹き出した。
 まぁ当たらずといえども遠からずといったところか。

「お前は勘がいいな。エッデの本業は護衛官だ。侍女としての嗜みもある。本来は母上の護衛なのだ」
「なるほどなぁ」

 素直に感心してみせるシンは、なんというか好奇心に満ちた子どものようだ。
 そう言えばシンはいくつなのだろう?

「シンは年齢はどのくらいだ? すでに成人の儀は終えているのか?」
「へ? いや、俺はまだ十八だから成人じゃないぞ」
「十八? 十八なら立派な成人だろう? お前の故郷では何歳から成人なのだ?」
「え、二十だけど」
「それはまた、悠長な社会だな」
「そうかな、まぁそうかもな。リオンは何歳だよ……あ、女性に歳聞いたらいけないとかあるのか?」
「? 私は十六だ。今年成人して役職もいただいた。なんだその、女性に云々というのは」
「なんか女性は歳を気にするから聞いたら失礼という文化が俺の世界にあってだな」
「ああ、それなら私の世界でもとうの立ったおばさま連中には当てはまるな。だが、成人前後なら男女に関わらず大人か子どもかの線引は重要だから歳を聞かれて怒る者などいない」
「ほうほう。ってか、リオンって二つも年下なん? 嘘だろそんな大人っぽいのに」
「お前が子どもっぽすぎるんだ。十八と言えば貴族家の男子ならすでに初陣か狩りを経験していなければ肩身の狭い思いをする年頃だぞ。……そうだ、そう言えばお前は戦場や狩りを経験したことはあるのか?」
「へ? ああ、いや、俺のいた世界ではそもそも戦争がなかったし、狩りとかするのは特別な許可を取った人だけで、一般人はやったら逮捕されちまうよ」

 堅苦しい謁見用の飾りを外しながら話をしていると、シンが驚くべきことを言った。
 
「なに? 戦争がない世界というものがあるのか?」
「え、うん。……ああ、いや、その、戦争は過去にあったし、現代でもやってるところはあるよ。俺の住んでいた国が戦争してなかっただけで」
「なるほど。それならわかる。我が国もここ十年程度は戦争をしていないからな。貴族連中は栄達の場所がないと、火種を探し回るのに必死だが」
「なにそれ、戦争をしたい連中がいるの?」
「ああ、貴族が今以上の位に就きたいなら戦場で手柄を挙げるのが手っ取り早いからな」
「うわぁ、俺そういうの駄目、無理だから。えっと、リオンも行くの?」

 シンの言いように思わず笑ってしまう。

「なんだよ、笑うところか?」
「いや、失礼した。シン殿。お主の意見にはとても共感出来る」
「その言い方。俺をからかっているだろ?」
「まさか」

 私の言葉を探るようにじっと上目遣いで見つめて来る。
 いいな、こういうの。
 きっとこういうのが、話に聞いた親友というものなのかもしれない。
 いや、いきなり今日会って親友は早いか。
 友達という感じだな。
 とは言え、父様に願って上司と部下の間柄になってしまったからには、いつまでもこんな感じではいられないのだろうけど。

 重たい装飾を取り去った私は、シンの座るソファの向かい側にどさっと音を立てて座った。
 屋敷の者に見られていたらしこたま怒られるところだ。

「私も戦争は嫌いだよ。人が死ぬし、何よりも国が荒れる。生産が下がり消費が加速して、計画がすべて台無しになる。戦争好きな連中に言わせれば、勝てばその全てを補って余りあるほどの旨味があるとのことだが、そう簡単な話ではない。特に人命はな。雑兵などいくらでも代わりがいると言う貴族もいるが、私は自分の治める土地の民は一人たりともそんな馬鹿げた戦で失いたくない」

 パチパチパチと、シンが両手を叩いているのが見えた。
 何をしているのだろう?

「なんだ、それ」
「あ、これ? 拍手っていって、相手を褒め称えたいときにやる動作だ。こっちは違うの?」
「子どもや獣を驚かせたいときにやるかな?」
「猫騙しかよ!」

 ちゃんとそういう用途にも使われるらしい。

「シンの言いようでは、私を褒めてくれたようだが、なんでだ?」
「え、それはリオンが立派だからだよ」
「ほう?」
「人の命は大切だからな。というか、ぶっちゃけると俺がそもそも戦争で死んだりしたくない。俺が嫌ならほかの人間だって嫌だろうし、嫌なことをやらせるのってよくないと思う」

 シンの言葉に思わず笑ってしまうと、今度は怒り出した。

「なんで笑うんだよ! 大事なことだぞ!」
「そうだな、大事なことだ。だけど、男が死ぬのが嫌だと言うのを初めて聞いたから。ふふっ、新鮮でな」
「えーっ、この世界ってそんな死にたがりばっかなの? 嫌だなぁ」
「ふふっ、嫌なら抗えばいい。そのためには力をつけないとな」
「だから俺、チート持ってないんですけど」
「また訳のわからないことを言い出す。しかし今まで全く鍛えていないとなると十八からでなんとかなるものだろうか」
「それどころか、一般よりもはるかに下? 俺やべえ」

 ギャーギャー騒ぐシンは面白いが、そろそろ本題に入るか。

「さてシン。私はお前を近侍として雇った訳だが、お前は今、世界どころか私がどういう人間かさえわからない状況だろう」
「ああ、うん」
「だから、まずはその辺りのことを知っておいてもらおうと思う。それと今後、お前は異世界人ということをあまり周りに吹聴しないようにしたほうがいいと思う。その理由も言っておきたい」
「わかった、大事な話だな。真面目に聞く」

 意識を切り換えたらしいシンは、キリッとした顔で私を見た。
 いつもそういう顔をしていればエッデからあれほど軽んじられたりしないだろうに。
 まぁそういう軽さを持っているところもシンの魅力だとは思う。
 そのまま変わらずに、私の親友になってくれると嬉しいが、きっとそれは酷というものだ。
 私の立場を知って、気持ちが離れてしまったとしても恨みはしないが、それはきっととても、寂しいことだろうな。
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