Trisphere 〜三界紀の黎明

NAYUTA

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虚空に呻く者

ツクモ原生体“アメノマナカ”の罠

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湿りきった黒に覆われる“ツクモ”の大地。

ソロソロと歩を進めるナギのブーツがグチュッと音を立てて沈む。

そのたび、泥とも粘液ともつかぬものが、ぬちっと歪む。

確かにこの惑星の外気はヘルメットのバイザーを通さずとも呼吸できる。

しかし、今、ナギは喉の奥に、どこか金属と腐臭の混じるような異臭を感じる。

嫌悪感が走る。

バイザーを閉じ、浄化された大気を吸いたい衝動が走るが、ナギは抑えつける。

臆してどうする。

俺は、純粋な調査員ではない、兵士が一時的に調査員の職務をこなしているだけだ。

背筋を伸ばし、スカウターの視界に流れる青白いラインを見る。

《生体反応:距離 5メートル、、、4.5メートル、、、4メートル、、、》

だが前方に見えるのは、ただの黒い粘液の海。

変わり映えがない。

そして、スカウターの示す生体反応までの距離は、ナギの歩と共に減っている。

つまり、生体反応の主は動いていない。

目の前に広がる黒の粘液には、影も形も“生きもの”の気配はない。

もしその粘液から原生生物の生体反応が出ているのであれば、着陸時点から周囲に生体反応が出ていただろう。

つまり、粘液の中、あるいは、下に生体反応の主がいる。

反応源はどこに、、、?

スカウターの反応を見る限り、巨大生物ではなさそうだ、、、

調査員に危害を与えそうな巨体、あるいは、素早い動きを見せていれば、アラームで告げるはずだ。

しかし、サンプルを採集して顕微鏡で確かめなければならない程度の微生物であれば、センサーには引っかからないだろう。

ならば、主は、通常生物並みの大きさで、かつ、動いていないと言うことだ。

動いていないなら休眠中ということもありうる。

万が一に備え、ナギは腰のホルスターに手を伸ばし、電磁砲をゆっくり引き抜いた。

アラートは点灯していないが、未知の生物との接触だ。

油断してはならない。

そのとき、スカウターの端に赤いアラートが一瞬点滅する。

《付着物:足首付近 → 上昇中》

またか、、、

姿が見えぬ生体反応の主への集中を途切れさせられ、ナギは舌打ちをする。

過保護すぎる。

どうせ汚泥が跳ねただけだろう。

その程度のことで、毎回、アラートを出すなっ!

「正常状態を確認、問題なし」

ナギは足元を確認もせず、ヘルメットのマイクに告げ、スカウターをタップする。

目は前方の汚泥に向けられている。

その“汚泥”が、ブーツの表面を這い、軟体生物のようにゆっくりと、だが、確実にふくらはぎへと登っていることには気付かない。

ふと、黒一色に隠れているが、前方の粘液の中央、直径40センチほどの“穴”のような凹みがうっすらとあることに気づく。

そこか?

確かにスカウターの距離とは一致する。

ヘルメット脇のライトを点灯し、近づこうとした瞬間、、、

ぶちゅっ、バシャッ!!!

そこ凹みから粘液が吹き出す様に破裂し、周囲に飛散する。

っ──!

汚泥が顔にいくつも当たる。

スカウターにも。

片目の視界が黒く染まる。

と、同時に。

粘液の内部から、一つの塊が這う様に転がり出る。

ッ!



人?

最初は汚泥の塊の様に見えた物体(あるいは未知の生物)から、汚泥が滴り落ち人型のモノが現れる。

ナギは電磁砲を手に後ずさる。

現時点で危険が確認されたわけではない。

無闇な攻撃は危険であり、せっかくのサンプルの破壊、あるいは、逸失につながる可能性がある。

泥が落ちるたびに、ハッキリとした人の形が浮き出してくる。

泥に塗れた頭部に二つの穴が開く。

目だ。

瞳がナギを捉える。

そして二つの小さな穴の下、大きな穴が開く。

口だ。

ヴオォォオォォォォォオォォ、、、

壊れたような吠え声。

人間?

だが、なぜここに?

それは、男だった、、、

粘液が垂れて露出した部分からからは肌が覗いている。

おそらく裸、、、

筋肉質の若い男、、、

ヒビ割れて震える声が喉の奥からしぼり出される。

ダズ、、、ゲデ、、ェェェ、、、ダズ、、、グレェェ、、、、
 

それ人間の声に他ならない。

その目は、間違いなく恐怖し、助けを求める人間の目、、、

ナギに向かい震えながら手を差し伸べてくる。

「大丈夫かっ?何があったっ!」

ナギは反射的に駆け寄る。

アマツ軍軍人としての本能だ。

粘液を気にせず、伸ばされた男の手を掴む。



その手、そして、それに続く腕、肩、垂れ落ちかけた粘液の間に現れかけている背中、、、

その肌は艶やかで、肌の下に逞しい筋肉が動く。

健康な青年の肉体。

しかし、その表情は歪み、生気を失った瞳は精神が壊れかけていることを示し、唇は震え、歯はカチカチと鳴っている。

その表情、、、

かつて“オリュンポス”に捕らえられ、生体実験に供されたアマツ軍捕虜を助け出した時に見た表情と同じだ。

その捕虜が痩せ細っていたのに対し、この男の健康そのものの肉体は何だ?

そもそも、なぜこの未開の星に人間がいる?

疑問が渦巻く。

だが、目の前に助けを求める同胞がいるのは事実だ。

男の腋の下から背中に腕を差し入れ、助け起こそうとする。

男の粘液がまだ張り付く肌とナギのスーツが密着する。

「落ち着けっ!今、助けるっ!歩けるか?ポッドに戻れば医療キットが、、、」

その時、ナギの首筋をズルッという不快な感覚が襲う。

え?

目を男から探索スーツの胸部に向けると黒の汚泥が一面に纏わりついている。

胸、腹、二の腕、、、

汚泥に触れるはずのない部分にもこびりつき、嫌らしく蠢動している。



ナギは焦る。

首筋のズルッという感覚は広がり、スーツの内部、首から次第に下方へと広がっていく。

グローブを首筋に当て、異物を指で掻き取り、見る。

グローブの指に汚泥がべっとりとこびり付いている。

いや、こびり付いているだけではない。

いやらしく蠢き、みるみるうちに指から、手のひらへ、手首へと動いていく。

この泥、、、生きてる?!

スーツ内の異物感は首元から腹部へと広がり、さらに下方に進んでいる。

な、なんだっ!

汚泥が探索スーツの下、インナーの上を這い、移動している?

ナギはパニックに陥りかけている自分を律する。

男がナギにしがみついてくる。

汚泥の騒つく感覚は首すじから、胸部へ、腹部から腰へ、、、

何かが自分のインナースーツの上を蠢きながら進んでいるのが肌越しにハッキリとわかる。

なんだこれは、、、

マズイっ!マズイッ!

今すぐ払い落としたいが、厚い探索スーツの下、振り落とすことはできない。

ここでスーツを脱ぐ他はないのか?!

背に腹は変えられない。

ヘルメットを頭から放り投げ、グローブも取る。

指を探索スーツの脱着ジッパーに手を掛け、、、

瞬間。

下腹部の内部で“何か”が弾けた。

焼け火箸を押し込まれたような灼熱。

神経が逆流したような激痛。

全身が跳ね、息を吸っているのか、吸えていないのかわからない苦しさがナギを襲う。

「うっ、、、ぐ、あああああああああッ!!」

全身を制御不能の痙攣が走った。

視界が白く爆ぜ、膝が抜け、地表に転がる。

下腹部を襲った灼熱はそのまま体内に入り込み、内側を掻き乱す。

呼吸が乱れ、喉から漏れる声は完全に自分の意思ではない。

「ガッ、、、ガァァァァァォォォォッ!」

あまりの痛みに股間を押さえ、地表を転がる。

視界が揺れる。

いや、視界を追う余裕さえない。

そのナギの傍ら、汚泥から這い出た男も叫ぶ。

「ぎゃだぁぁぁああぁぁぁぁ~っ!」

男の足首から脛に剥がれ落ちた黒い汚泥が再び集まり層をなしていく。

バタバタと両手を動かすが、上半身にも汚泥が集まり、厚みを増し、男の動きを封じる。

ズルズルと男は這い出た穴の方へと引き摺られていく。


その全てが、上空に浮かぶ撮影機能を持つ超小型ドローンによって記録されていた。





同時刻。

“リュウジン”

半円形モニターに、“ツクモ”の地表を股間を両手で押さえ転がり悶え苦しむナギの姿と、引き摺られる男の姿が映し出されている。

ユイチ・サイジョウは腕を組み、無言でその映像を観察している。

背後に立つシン・ハヅキがぼそりと呟く。

「どうやら、“オモイカネ”は、ナギの生殖器からの侵食に成功したようですね、、、」

「フフ、、、ナギは、今、地獄の苦痛とそれがもたらす出口のない狂える歓喜を味わっているということか、、、」

「歓喜?、、、あの姿がですか?」

ユイチは冷たい笑みを浮かべている。

「“オモイカネ”、、、思ったより賢い。あの生体反応は宿主を誘い込む罠だったか、、、」

「採掘基地から未発見の坑夫は五人、、、ということは、あと四箇所、“オモイカネ”のトラップが仕掛けられているということになるか、、、恐ろしい原生生物だ、、、知能、思考、、、どうなっているのか、、、」

「衛星軌道に救出班は待機しているのだろうな、、、」

「ええ、機動救難機《カラステング》が展開済みです」

「見ろ、ナギのスーツから“オモイカネ”が引いていく。“狩”は終わったということだろう。早く、回収しなさい、、、ナギが壊れぬうちに、、、」

「あくまでも、研究対象ですか、、、彼とは縁浅からぬ仲ですので、精神まで壊れてほしくはない、、、緊急救助指示を“カラステング”に出しましょう」

シンが、操作盤に向かう。

「救出班にくれぐれも危害はないようにしろよ」

「ご心配なく、搭乗員は“ツクモ”上には降りません。全てリモートで作業する予定です」

「あの“オモイカネ”に囚われた坑夫も、ついでにサンプリングできないだろうか」

「“カラステング”が、装置を搭載しているかどうか、、、ソナー付きのドローンくらいは搭載しているはずなので、それであの坑夫が引き摺り込まれた辺りの地表を観測をさせましょう。“オモイカネ”の生態を調査するならば、あの穴の周囲、そう五メートル四方を“オモイカネ”そして、生息する土壌ごと切り取り、持ち帰りたい、、、」

「あの坑夫、連れ去られたのは半年以上前、、、それが、精神はともかく、肉体はピンピンしている、、、実に興味深い、、、」

「研究し甲斐がありますね、、、閣下?」

「シン、それは嫌味か?」
 
モニターの中で、ナギの身体がビクンとバネのように跳ね上がり、そして、糸を切られた操り人形のように地面に転がり、動かなくなる。

白目を剥き、口元からは涎が垂れている。

一瞬、ユイチとシンの顔が強張る。

が、ヒクヒクと身体が小刻みに揺れているのを認め、検体は死んでいないとホッとしたような表情となる。
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