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復活へのプレリュード3
しおりを挟む体育館の奥、薄暗いトレーニングルームの隅に鷹城は立っていた。
スパーリングパートナーに任命されたという報せを受けてから、何日経ったのか。
時計の針は毎夜のように同じ時刻を刻み、そのくせ心のざわつきは、何も整っていなかった。
「……ゼロから、やり直せだと?」
呟きが漏れる。
湿った空気のなかに消えていく。
誰もいない。
ここには、見ている者も、称賛の声も、歓声もない。
ただ、沈黙だけがある。
再起不能とまで囁かれた男が、なぜ“話題作り”のためにリングに立たされるのか。
団体の思惑は、明白だった。
《伝説のケツ固め》
あの言葉が、いまだに耳を離れない。
検索すれば、あの写真が真っ先に表示される。
苦悶の顔、宙を舞う尻、絞められた肉体──そして、恍惚とすら言える三崎の表情。
それを”芸術”と持ち上げるメディア、茶化して笑う観客。
誰も、あのときの自分の苦しみなど見ていない。
ただ、ひとつの敗北の象徴として、名前だけが使い潰されていく。
「俺は……終わったのか?」
問いかけに答える声はない。
鏡に映る自分の姿が、かろうじて立っているだけの肉体だった。
筋肉は維持している。だが、かつての“王者の気迫”はそこになかった。
そんな中で、三崎の言葉が蘇る。
「じゃあ、復帰の条件として、リングで言わせましょう。“俺は三崎陸翔に勝てなかった。だから、彼に従う”って」
あれは、屈辱だった。
だが──なぜか、その奥に、奇妙な引力を感じた。
挑発か?
冷酷なまでの支配欲か?
それとも、あの若さの奥にある、熱に似たものか。
あいつの目は、あの夜の崩れた自分を、まっすぐに見据えていた。
哀れみでもなければ、憐憫でもない。
救おうなどという安易な言葉ではない何か。
「お前は……」
思わず拳を握る。
リングの床が遠い。あの光の下に、戻ることが許されるのか。
いや──違う。
許されるかどうかではない。
俺が、もう一度、立てるかどうかだ。
その瞬間、背後のドアが軋んだ。
「……鷹城さん」
若手の一人が、すまなそうに顔を覗かせた。視線が泳ぐ。
自分を恐れているのではない。
哀れんでいるのでもない。
ただ、“気を遣っている”だけの視線だった。
「スパーリング、三崎さんと組むって……本当なんですか?」
鷹城は、何も言わずに頷いた。
「応援してます。……あの、“伝説”を、超えてください」
その言葉に皮肉はなかった。
ただの若さゆえの無邪気さだった。
だが──その無邪気さが、鷹城の中で何かを決壊させた。
「伝説か……上等だ。だったら、それを超えてやる」
低く呟いた声は、誰にも届かない。
だが、それは確かに、自分の内側で、静かに火を灯した。
もう一度リングに立つ。
恥でも、屈辱でも、敗北でもない──勝つために。
あの“英雄”に、背中を追わせるために。
その夜、鷹城大牙はひとりでリングの中央に立ち、誰もいない客席を見上げながら、静かに闘志を燃やしていた。
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