『Make the King Cry』《メイク・ザ・キング・クライ》  ──王者に涙を

NAYUTA

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狼煙をあげろ

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試合ではない。あくまで“公開スパーリング”という名目だった。

だが、リングに立つ鷹城には、それがこれまでのどの試合よりも過酷なものに感じられた。

──なぜなら、これは「自分がどこまで堕ちたか」を知らしめる場であり、「かつての王」が「新たな覇者」にどこまで従順になれるかを、観客もメディアも、団体の幹部たちさえも、面白がって見守っていたからだ。

リングに立つ鷹城の耳には、軽くなった観客のざわめきが痛いほどに響いた。

祭りのような空気。

そこに、敬意など一片もなかった。

──再起不能から這い上がった男?

そんな美談は求められていない。

ただ、三崎陸翔が、あの“伝説のケツ固め”で屈した王者を、どれほど滑稽に扱うのか──それだけが、娯楽の中心だった。

「準備はいいっすか、鷹城さん?」

リング中央に立った三崎は、マイク越しに挑発的に笑った。

鷹城は無言のまま、頷く。

拳を握る手に、冷たい汗がにじんでいた。

「“さん”付けなんていらないっすよ。だって今日からは、俺の“練習パートナー”なんですから」

一瞬、観客席がどっと笑いに沸いた。

リングサイドで実況席の解説者が吹き出すのが見える。

「こりゃ完全に立場逆転ですね」

「いやー、まさか“王者”が若手の噛ませになる時代が来るとは……プロレスってドラマチックだなあ」

鷹城の拳がわずかに震える。けれど、それでも彼は歯を食いしばった。

スパーのゴングが鳴る。

一瞬の静寂のあと、三崎が踏み込んだ。踏み込みの速さは現役バリバリのそれだった。

容赦ない張り手。鋭く腹部に突き刺さるエルボー。すべてが本気だ。

「まだその程度っすか? 本当に“王者”だったんすよね?」

煽りは続く。

挑発も、攻撃も、すべてが研ぎ澄まされた刃のように、鷹城のプライドを斬り裂いていく。

「大牙さんが弱くなったんじゃなくて、俺が強すぎたのかもっすね」

「いや、“伝説のケツ固め”がトラウマで足が動かないだけっすか?」

観客が沸く。

SNSに、また何かがアップされるのだろう。

鷹城の醜態が、再び「ネタ」として拡散されていく未来が脳裏をよぎる。

それでも、鷹城は崩れなかった。

耐えた。

地を這ってでも、殴られてでも、彼は前に出た。

「……っ」

大きく息を吸い、踏み込み、返す。

三崎のボディに、全盛期を思わせる力強いショルダータックルが入った。

──忘れるな。自分は、なぜこの世界に来たのか。

──あの日、テレビで見たあの男に、心を奪われた。

自分も、誰かの“始まり”になるような存在になりたかったはずだ。

今は、その男に従っている。

でも、かつて自分も“誰かの希望”だった。

ならば──その灯を、ここで終わらせるわけにはいかない。

吹き飛ばされた三崎が、立ち上がりながら不敵に笑った。

「やっと目が覚めたっすか?」

その笑みの奥に、確かにあった。

かつて、憧れた“王”の姿が、今まさに蘇る様を見届けようとする、興奮と期待の輝きが。

三崎の唇がわずかに吊り上がった。

その目は、嗤っていた。

だが、その奥に揺らいだ火があることを、鷹城は見逃さなかった。

「まだ、やれますよね? “俺の英雄”だったんですから」

小声で、だが確かに届くように囁かれたその言葉に──鷹城の背骨がぞくりと震えた。

視線を交えたとき、ようやく気づいた。

三崎の冷酷な嘲笑の裏に、熱があることに。

それは──己が全力で叩きのめした王が、なお這い上がってくることを、心の底で待ち望む、少年のような純粋な憧れの眼差しだった。

(……この男は)

鷹城は、口の中の血を飲み込んだ。浮かび上がった過去の記憶。

あの夜。

テレビの向こうで、荒れた試合を制した自分を、拳を握りながら見つめていた少年の瞳。

──あれは、、、かつての俺は、お前だったのか、、、

もう一度、三崎が仕掛けてきた。

しかし鷹城は、今度は捌いた。

流し、切り返し、タックルで押し返す。

その一手一手が、過去の自分を思い出すための鍵のように、身体に染み込んでいた。

──そうだ。俺は昔、どんな相手にも、食らいついて、噛み付いて、泥まみれで勝ちを奪い取ってきた。

プライドじゃない。

虚栄でもない。

ただ、闘いたかった。証明したかった。

──リングの上が、自分の居場所だと。

「……ッらあああッ!!」

三崎が雄叫びとともに鷹城をロープに振り、反動を使ってカウンターのドロップキックを狙う。

しかし、それを読んでいた鷹城は片膝を折り、マットに伏せるようにして回避。

三崎の蹴り足が虚空を裂く。

そのまま体勢を崩した三崎に鷹城が覆い被さり、がっちりとバックを取った。

「逃がすか……!」

低く唸りながら、力を込める。

鷹城の腕が三崎の胴を締め上げ、渾身のスープレックスの体勢に持ち込む。

が、三崎は膝をうまく落とし、力技を空回りさせる。

回転を殺して、反転し、フロントネックロックへと移行。

鷹城の首が捕らえられ、汗に濡れた喉元に三崎の腕が喰い込む。

「……これが今の俺です、先輩」

三崎の囁きが、鷹城の耳元で鋭く響いた。

「昔のような勢いじゃ通用しない。けど――それでも来るんですよね、あんたは」

その挑発に、鷹城の奥底で何かが軋んだ。

屈辱ではない。

悔しさでもない。それは、かつて確かに胸に宿していた、燃え盛るような「向上心」だった。

俺はまだ、終わっていない。

首を締められたまま、体勢を捻る。  

肩をぶつけて三崎のバランスを崩す。

隙間を作り、一瞬のうちに体を入れ替え、ロックを解いてから反転。

渾身のラリアットが三崎の胸元に叩き込まれる。

三崎の体がのけぞり、後方に崩れる。

だが、三崎は笑っていた。

ぜいぜいと肩を上下させながら、マットに手をついて立ち上がる。

「そう……それでこそ、俺が憧れた男だ」

その言葉に、鷹城の胸が揺れる。

三崎の言葉に、観客の空気もざわめきから期待へと変わっていく。

試合ではない。

だが、すべての者にとって、これは確かに“勝負”だった。 

だが、それでもなお──鷹城の身体は限界に近かった。

呼吸は荒く、視界は揺れる。

膝が笑う。

肺が焼ける。

それでも、立つ。

「……ッ!」

立って、睨む。

三崎と、真正面から視線を交わす。

負けてたまるか。

お前に憧れられた男であるならば──俺は、再び立たなければならない。

三崎が腕を構えた。

もう一度、試す気だ。

次はさらに強く、深く、的確に──“追い詰める”。

だが、鷹城はその構えに、かすかに口元を歪めて笑った。

(来い──陸翔)

(それが“お前の望んだ俺”なんだろう?)

立ち上がった二人が、再び正面から向き合う。

闘志と汗が入り混じる視線を交わし――もう一度、ぶつかり合った。

闇から這い上がるようにして、鷹城の拳が、かつての輝きを取り戻していく。

それは、もはや敗れた王者ではなかった。

これは再起の物語。その始まりの、最も苛烈な夜だった。




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