ぬいぐるみは見た!

藤城亜矢

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カップルズ

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 すぐそばでカチャリと音がした。
「……」
 何も言わずに部屋に入ってきた。
 これが出勤だったら「挨拶して入りなさい!」って、社長である伯母さまに叱られると思うよ。
『今日も何も言わないね』
『一人暮らしならそれが普通だからな』
 隣でダーリンは、あたしのことを見ずにこう言った。

 あたし達は、猫のぬいぐるみである。ペットとしての名前は、ご主人がソファベッドの上の布団をそのままにして出て行くくらいズボラなのでないし、商品としての名はここに出すとヤバいので、あたしはあたしだし、隣にいる彼氏は彼氏もしくはダーリンだ。
 今帰ってきたのはご主人である。
 今日は珍しくスーツを着て出て行った。
 ご主人は30代前半の女性である。
 着替え始めた。
『最近興奮しなくなったね』
『慣れたから』
 ご主人や、彼女が家族と暮らしていた頃は彼女のお母さまが着替えたりお風呂に入ったりしていると、ダーリンはよく興奮したものである。音でわかるのだ。
 ちなみに、ご主人はなかなか美人だし、ご主人のお母さまも、そろそろ60になるというのに、程よくぽってりお肉がついて、美しいのだ。
 興奮した後で、気紛れなご主人様に、
「カップルなんだから見つめ合わせてあげなくちゃね」
 と言われて向かい合った後で、押し倒されてしまったこともある。
 もっとも、興奮したからって動物みたいに何かできるわけじゃないんだけど。
 あたし達は、自力では、指1本、いや、顔の筋肉すら動かせないのだ(まああたし達は無表情にできてるから、顔の筋肉を動かす必要がなくてよかったけど)。ではなんであたしが押し倒されたかと言うと、風のいたずらかなんかだろう。何せ、前の家は、冷房が効いている家だったのだ。
 そういえば、ご主人が電話でお友達とこの時の話をしていて、どっかのアニメの女の子なら彼氏を押し倒してもいいけど、あたしが彼氏を押し倒すのは嫌だと言っていたことがある。
 差別だと思う。
 別にいいじゃないの、ねえ?
 他の人でそーゆーことしないでって、ちょっとムカつかなくもない。その位彼氏を好きではある。
 人間にもぬいぐるみにも、おんなじように欲望は存在する。

 あたし達は、数年前、某ハンバーガーショップ・チェーンの販売促進グッズとして1人390円で売りに出されていたところを、当時まだ20代だったご主人に買ってもらったのだ。
 その時の、そして今の、あたしたちの衣装は、和風の婚礼衣装である。和風・中国風・宇宙服と1週1アイテムずつ、3週にわたり売られていたのだ。
 商品としてのあたしたちはロンドン生まれということになっているので(これであたしたちが何であるか、9割の方がわかったに違いない。ちなみに現実は、東南アジアの某国で大量生産されたような記憶がある)、あたし達が和装をしていることが、ご主人にはいたく意外に思え、彼女の心の琴線に触れたらしい。あたしたちを2人まとめて連れ帰ってくれた(値段が安過ぎるとは今でも思うけど、後でわかったことだが当時のケチなご主人は高かったら買わなかったに違いない)。
 その時、仲間たちと。
『いいなあ、若い女性で』
『子供にやるかもしんねーぞ』
 てな会話をした。以下はその続き。
『いや。ありゃ独身だ』
『男が買ってくとなったら絶対プレゼントなんだけどな』
『しかも子供にやったりしてな』
『子供にもらわれると悲惨だからな』
『ああ。汚されたり破かれたり』
『目玉くりぬかれた奴いるらしいぜ』
 ぬいぐるみは、同種の場合のみ、どんなに離れていてもテレパシーが使えるのである。だから、近くのキャラクターグッズを扱うお店に、また仲間が売られてきてるな、というのがわかる。
『そいつかわいそー』
『あ、そんじゃなー』
『頑張れよー』
 こうして、あたしたちは買われてきた。
『いいよな。あいつら。カップルでもらわれてさ』
『たいがい女だけだもんな』
『男を一人だけもらってくなんてまずいないぜ。先に女がいる場合は別として』
 という会話が、去っていくあたしたちには聞こえていた。

「そうだよ、やっぱつがいでしょ」
 ご主人がしゃべっている。
『電話中だよ』
『またあたしたちの話かな?』
『だな』
 他にここにはペットはいない。
「奴らが玄関で迎えてくれるわよ」
 ご主人は笑っている。
「他にないない。ぬいぐるみなんて。まあ多少少女趣味ではあるけどさ」
『彼氏できたのかな?』
 あたしは思ったそのままをつぶやいた。
『かね』
 ダーリンが受けた。
「うん。じゃあ日曜日ね」
 ピ! と電話の切れる音がした。
 ご主人がこっちへ歩いてくる。
 あたしたちの前に立つと、
「ただいまー。今日もごめんねー。何も言わないで。
 今日も可愛いでちゅねー」
 あたしたちは赤ん坊じゃないんだから、そういう言葉を使うのはやめて欲しい、と言いたいができない。
「こいつらって赤ん坊みたいな気がするんだよねー」
 と、実家にいた頃弟さんに話していたから仕方ないのかもしれないが。

 さて日曜日。
「いらっしゃーい」
 ドアが開いて、男の人が入ってきた。
 メガネをかけた、やさしそうな人。
 あたしたちがご主人に買われて、初めて家に訪れた男性のお客様。
『幸せになるといいな』
 ダーリンが言った。
 あたしは、
『早く子供をつくって欲しいよ』
 と、ちょっと憎たらしげ?

 その後、ご主人と彼氏さんが、服を脱いで睦み合い始めて、ダーリンがそれまで感じたことのない興奮状態に陥り、「ぼんのくぼ」をトントンたたいてあげたくともできない歯がゆさに襲われた、と付け加えておこう。


                          FIN
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