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丘の上の向日葵
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時は真夏。
その日、この一帯の広大な地主の次女・ソフィアは、白いドレスを着て帽子をかぶって、丘の向こうのパスキンソン家へ行った。
彼女は17歳。
今日は、父親が決めた婚約者との顔合わせの日。
親が決めた結婚に従うなんてなんだかな、と思うけれど、反対したいほど好きな殿方もいない。それに、お姉さんみたいに好きな方がいても結ばれるわけじゃない。
女学校でお友達と一度くらい恋もしてみたいなんて話したけど、大概が親が決めた相手と結婚する。
「ようこそいらっしゃいました」
「わざわざようこそ」
お母さま同士ニコニコご挨拶。
少し経って。
「お待たせしました」
と言って背の高い殿方がソフィアを見下ろした。
「リチャードですの」
パスキンソン夫人の言葉に合わせて彼が頭を下げた。
うわあーー。
素敵な方……。
彫りの深いお顔だち、高い身長、
三つ揃いを着こなして。
ソフィアは、胸がどきどきしてくるのを感じていた。
ちょっと待て。
わたしはお姉さんと違って色黒いし、あんなに美しくもないし。
急にコンプレックスがソフィアを襲ってきた。
ソフィアもやや派手な、整った顔立ちをしているのだが。
それから、6人で食事をした。
やがて、父親同士は、国内情勢の話になった。
今この国は、西部と東部に分かれていて、互いが一触即発の状態にある。
西部に属するこの州は、西の端にあり、果てを目指せば海だ。海の向こうには、遥かなる
日出ずる国があると言う。
その合間に、ソフィアたちの話も出た。
彼は、22歳ですって。
食事が終わって、お茶を飲んで。
「では、ここから先はおふたりでお話なさって」
とパスキンソン夫人が言った。
きゃあー!
どうしよう……。
と思っていたらリチャードが、
「あ、ではひまわり畑まで行って来ます。馬車をお願いします。
ソフィアさん、お手をどうぞ」
近寄って右手を出されている。
ソフィアは彼の手をとった。
「ほほほ。若いっていいですわね」
「ほほほ」
お母さま同士、微笑んでいた。
父が言った。
「わがまま言うんじゃないぞ。レティシアのことがあるからうちと縁組してくれるところなんて珍しいんだからな」
「行って来ます」
ソフィアは短く答えた。
わたしはリチャードさまを気に入ったけど、リチャードさまがわたしを気に入るかどうかわからない。
それにお姉さんのことで断らないとも限らないし。
馬車に乗り込んで、ソフィアはリチャードと向かい合って黙っていた。
「ソフィアさんはおとなしいんですね」
緊張して言葉が見つからないだけです。
「そんなに緊張しないでくださいよ」
密室で男の方とふたりきりになるなんて初めてだ。
歩きやすい靴じゃないから助かったけど。
「これから行くのは僕の一番好きな場所なんです。きっとあなたも気に入りますよ」
汗ばんできた。
それから熱い思いをして歩いて丘の上へ上がると、目の前は一面黄色だった。
「……ひまわり!」
「凄いでしょう。うちの畑で、取れた種を家畜の餌として輸出しているんですけどね。
ひまわりって、何があっても太陽に向かってまっすぐ伸びていくでしょう。
そんな風に前向きだから、僕は好きなんです。
子供の頃からいやなことがあると、必ずここへ来るんですよ」
「素敵ですね。
それにしても、それだけ素敵でいらして、何をお悩みになるんです?」
「いや、僕はおっちょこちょいでよく母にしかられたし、それに弓矢が苦手でね。学校を落第しそうになって、よく悩んだんだ」
言いながらリチャードは、白いハンカチを出して汗を拭いた。
「そうだったんですか」
「日当たりがいいから、夏は暑いですけどね。
でも、僕と一緒に人生を歩いて行ってくれる人になら、絶対に一度一緒にここに来て欲しかったんだ」
ソフィアは彼を見上げて、
「ひとつだけお伺いしていいですか?」
と訊いた。
「いいよ。ひとつだけかい?」
と言われたので、
「どうして今までおひとりだったんですか?」
「かなわぬ恋をしていたんだよ。それに、親が決めた人だからって頭からたてつくよりも、どんな人か自分の目で見極めてから断ろうと思っていたんだ。気にいることもあるかもしれないしね」
「そうですか……」
ソフィアはうつむいた。
「どうかしました?
気に障ることを言ったのならごめんなさい。
あなたもひまわりのように太陽のほうを向いている人だ。そんなあなたが暗い顔をするなんてどうなさったんです」
「いえ、わたしなんて色も黒いし、姉のように美しくもないし、体型も普通だし、だからこんな素敵な方がわたしを待ってるなんてありえないんだなあ、と思って」
「そう悲観しないで。あなたもとても素敵だ。白いドレスが良く似合っておいでですよ。
そういえばお姉さんのことってどういうことなんです? 噂ばかりが先行して……。差し支えなければ聞きたいな。
自分で見たこと、聞いたことだけを信じるようにしているんだ。できれば本人から聞きたかったけどね」
「ウィスコンシン家の皆様とはご親戚じゃございませんの?
チャールズさまといとこでしたよね?」
ウィスコンシン家というのはお姉さんの嫁ぎ先。
それまで好きだった方に対するあてつけで、ウィスコンシン家のチャールズさまには婚約していた方もいらしたのに、お姉さんはチャールズさまをたらしこんで結婚してしまった(言葉が悪いな)。
「話してくれないんだよ。チャールズの奴、最近付き合い悪いんだ。綺麗な奥方に夢中なようだな」
「具体的には姉にしかわからないと思います」
「そう、だね」
「でもわたしが見る限り姉はドーリアン家のアレックスさまを好きでした、でも……」
「アレックスはスカーレット・ジャクソン嬢と結婚してしまった」
「驚きませんのね」
「あなたのお姉さんとアレックスが親しいのは友人の間でも噂になってましたからね」
「そうでしたか……」
5歳年齢が違ってしまうと、断絶が生まれることがある。
「姉はあてつけで結婚したんです。チャールズさまはこう言ってはなんですけど……」
「悪い奴ではないんだけどね。ちょっとトロイんだよね」
レティシアと結婚したチャールズは、精神的に幼稚で動作がのろく、この地域の上流社会における評判はお世辞にもよくなかった。
逆にリチャードとアレックスは非常に評判が良かった。美丈夫で、アレックスは学業成績も優秀で。
レティシアはというと、この地域では一番といっていいくらいの美少女で有名だった。ただ、男性と親しく口を利きすぎる、と女性には評判が今ひとつ悪い。同世代の少女たちなど、パーティなどで彼女とあからさまに口を利かないという有様だ。母にはよく叱られていた。
「姉には友達がいませんでしたけど、もてない者のひがみよ、と言って気にもとめなかったですけどね」
「そうなんだ……」
ソフィアは、思い切って訊いてみた。
「姉を、好きだったんですか?」
「違うよ」
「思い通りに生きてる姉が、うらやましいです。うらやましくて、うらやましくて……嫌いです。劣等感も刺激されますし。姉とさんざん比較されて育ちましたから。色が黒いの愛想がないのって」
ソフィアの瞳に涙が浮かんだ。
「お姉さんは確かに綺麗で愛想も良かったけどね。なんとなく不誠実な方なんじゃないかな、という気がしてたんだ。彼女の微笑みは誰もが認めるけど、裏があるような気がする。
悪口になってしまって申し訳ない」
「いいえ、こちらこそ、口が過ぎました。可愛げないってよく言われるんです」
「そんなことないですよ。あなたは素直な人だ」
「初めて言われました……」
「結婚しましょう」
「え!?」
「結婚しましょう。
僕は誰にでも愛想良く微笑む人より僕のためだけに笑ってくれる人のほうが好きなんです」
「はいっ」
ソフィアは、涙の残る瞳に、笑顔を浮かべた。
泣きやんだ後で、
「東ってどっちですか?」
と訊いた。
彼の右手が指す方を見つめて、一触即発の国内情勢を思った。
話はとんとん拍子に進んだ。
しかし、コスモスの咲く秋の日、西軍が東軍の武器庫を破壊して、開戦してしまった。
年も押し詰まった冬の日、リチャードに召集令状が来た。
というわけで、準備は、最後の方は駆け足だった。
「おめでとう。幸せになるのよ」
レティシアに言われて、ソフィアは、
「はい」
と瞳に涙を浮かべながら微笑んだ。
一週間後には戦地に行ってしまう。
一日が終わって、パスキンソン家の、二人のために改築された部屋で、夜着姿でソフィアは考えていた。
パタン、と部屋の扉が開いた。
「お待たせ。顔赤くない?」
4ヶ月で、二人はずいぶん打ち解けていた。
「大丈夫よ」
と言ったソフィアは、心臓がどきどきしてくるのを感じていた。
「君の方が赤い顔してるね」
「だって……」
「日取りが今日になったのは急だったからね」
「急に戦地へ来いって行って寄越すんですもの」
「本当は行きたくないよ」
「リチャード……」
ソフィアは驚いた。
男の人はみんな戦いたがってる、と思っていたから。
実際、義兄のチャールズなど、大喜びで出征していった。
リチャードは、ソフィアをふわりと抱きしめて、
「行きたくないよ。君ともっともっと仲良くなりたいし、やりたいこともあるしね。
でも僕は、死なないよ。絶対生きて帰ってくる。
だから待ってて。帰ってきたら、仲良くして、子供もつくって、幸せになろう」
うなずく代わりに、ソフィアは彼をぎゅっと抱きしめた。
2年半が過ぎた。
2年半の間に、チャールズが戦死したり、パスキンソンの当主も戦争に取られたりした。
リチャードからの手紙は、数ヶ月に一度来ていたが、ここ一年連絡がない。
ソフィアは、馬車を操って実家へ行った。
パスキンソン家の畑で取れたパイナップルを持ってきたのだ。
「ソフィア、また帰りにひまわり畑に寄って行くの?」
夫が戦死して(子供はなかった)実家に帰ってきていたレティシアに声をかけられた。
「行くわよ」
「毎日ひまわり畑でお祈りしてるって、評判じゃない。よく続くね」
「あのひまわり畑は特別な場所なの」
「帰ってくるといいわね」
「私帰るわね」
「じゃ、また」
姉妹は手を振り合った。
丘で馬車を止めて、歩いていく。
歩きやすい靴を履いて。スカートも飾りのないデザインのもの。
ひまわりはソフィアの背丈を追い抜くほどに育ってる。
区画整理された畑の、真ん中の通路で、あの日確認した東の方角へ、
ソフィアはひざまずいた。
手を合わせてうつむき、瞳を閉じる。
それから半年後、戦争は東部の勝利で終わった。
大変だったのはこれからである。
食料がなくて。
そんな毎日の中、雨の日も風の日も、ソフィアはひまわり畑で祈り続けた。
さらに一年半が経った。
リチャードからの連絡は一切ない。
また夏が来た。
背丈を追い抜くほどのひまわりに囲まれて、今日もソフィアは祈る。
「ソフィア?」
え?
声がする?
ソフィアは振り返った。
「やっぱりソフィアだ」
「リチャード!」
ふたりは駆け寄って抱き合った。
「馬車が止まってたからもしかして、と思ってきてみたんだ」
「手紙書いてよ。今日帰ってくるって知ってたらこんな格好してないのに……」
「もういいよ。戦争中一生懸命働いてたんだろう」
「大変だったわ」
「お互いどれだけ大変だったか、うちに帰ったらたっぷり話そう」
リチャードはソフィアの肩を叩きながら、ふたり並んで丘を下っていった。
その日、この一帯の広大な地主の次女・ソフィアは、白いドレスを着て帽子をかぶって、丘の向こうのパスキンソン家へ行った。
彼女は17歳。
今日は、父親が決めた婚約者との顔合わせの日。
親が決めた結婚に従うなんてなんだかな、と思うけれど、反対したいほど好きな殿方もいない。それに、お姉さんみたいに好きな方がいても結ばれるわけじゃない。
女学校でお友達と一度くらい恋もしてみたいなんて話したけど、大概が親が決めた相手と結婚する。
「ようこそいらっしゃいました」
「わざわざようこそ」
お母さま同士ニコニコご挨拶。
少し経って。
「お待たせしました」
と言って背の高い殿方がソフィアを見下ろした。
「リチャードですの」
パスキンソン夫人の言葉に合わせて彼が頭を下げた。
うわあーー。
素敵な方……。
彫りの深いお顔だち、高い身長、
三つ揃いを着こなして。
ソフィアは、胸がどきどきしてくるのを感じていた。
ちょっと待て。
わたしはお姉さんと違って色黒いし、あんなに美しくもないし。
急にコンプレックスがソフィアを襲ってきた。
ソフィアもやや派手な、整った顔立ちをしているのだが。
それから、6人で食事をした。
やがて、父親同士は、国内情勢の話になった。
今この国は、西部と東部に分かれていて、互いが一触即発の状態にある。
西部に属するこの州は、西の端にあり、果てを目指せば海だ。海の向こうには、遥かなる
日出ずる国があると言う。
その合間に、ソフィアたちの話も出た。
彼は、22歳ですって。
食事が終わって、お茶を飲んで。
「では、ここから先はおふたりでお話なさって」
とパスキンソン夫人が言った。
きゃあー!
どうしよう……。
と思っていたらリチャードが、
「あ、ではひまわり畑まで行って来ます。馬車をお願いします。
ソフィアさん、お手をどうぞ」
近寄って右手を出されている。
ソフィアは彼の手をとった。
「ほほほ。若いっていいですわね」
「ほほほ」
お母さま同士、微笑んでいた。
父が言った。
「わがまま言うんじゃないぞ。レティシアのことがあるからうちと縁組してくれるところなんて珍しいんだからな」
「行って来ます」
ソフィアは短く答えた。
わたしはリチャードさまを気に入ったけど、リチャードさまがわたしを気に入るかどうかわからない。
それにお姉さんのことで断らないとも限らないし。
馬車に乗り込んで、ソフィアはリチャードと向かい合って黙っていた。
「ソフィアさんはおとなしいんですね」
緊張して言葉が見つからないだけです。
「そんなに緊張しないでくださいよ」
密室で男の方とふたりきりになるなんて初めてだ。
歩きやすい靴じゃないから助かったけど。
「これから行くのは僕の一番好きな場所なんです。きっとあなたも気に入りますよ」
汗ばんできた。
それから熱い思いをして歩いて丘の上へ上がると、目の前は一面黄色だった。
「……ひまわり!」
「凄いでしょう。うちの畑で、取れた種を家畜の餌として輸出しているんですけどね。
ひまわりって、何があっても太陽に向かってまっすぐ伸びていくでしょう。
そんな風に前向きだから、僕は好きなんです。
子供の頃からいやなことがあると、必ずここへ来るんですよ」
「素敵ですね。
それにしても、それだけ素敵でいらして、何をお悩みになるんです?」
「いや、僕はおっちょこちょいでよく母にしかられたし、それに弓矢が苦手でね。学校を落第しそうになって、よく悩んだんだ」
言いながらリチャードは、白いハンカチを出して汗を拭いた。
「そうだったんですか」
「日当たりがいいから、夏は暑いですけどね。
でも、僕と一緒に人生を歩いて行ってくれる人になら、絶対に一度一緒にここに来て欲しかったんだ」
ソフィアは彼を見上げて、
「ひとつだけお伺いしていいですか?」
と訊いた。
「いいよ。ひとつだけかい?」
と言われたので、
「どうして今までおひとりだったんですか?」
「かなわぬ恋をしていたんだよ。それに、親が決めた人だからって頭からたてつくよりも、どんな人か自分の目で見極めてから断ろうと思っていたんだ。気にいることもあるかもしれないしね」
「そうですか……」
ソフィアはうつむいた。
「どうかしました?
気に障ることを言ったのならごめんなさい。
あなたもひまわりのように太陽のほうを向いている人だ。そんなあなたが暗い顔をするなんてどうなさったんです」
「いえ、わたしなんて色も黒いし、姉のように美しくもないし、体型も普通だし、だからこんな素敵な方がわたしを待ってるなんてありえないんだなあ、と思って」
「そう悲観しないで。あなたもとても素敵だ。白いドレスが良く似合っておいでですよ。
そういえばお姉さんのことってどういうことなんです? 噂ばかりが先行して……。差し支えなければ聞きたいな。
自分で見たこと、聞いたことだけを信じるようにしているんだ。できれば本人から聞きたかったけどね」
「ウィスコンシン家の皆様とはご親戚じゃございませんの?
チャールズさまといとこでしたよね?」
ウィスコンシン家というのはお姉さんの嫁ぎ先。
それまで好きだった方に対するあてつけで、ウィスコンシン家のチャールズさまには婚約していた方もいらしたのに、お姉さんはチャールズさまをたらしこんで結婚してしまった(言葉が悪いな)。
「話してくれないんだよ。チャールズの奴、最近付き合い悪いんだ。綺麗な奥方に夢中なようだな」
「具体的には姉にしかわからないと思います」
「そう、だね」
「でもわたしが見る限り姉はドーリアン家のアレックスさまを好きでした、でも……」
「アレックスはスカーレット・ジャクソン嬢と結婚してしまった」
「驚きませんのね」
「あなたのお姉さんとアレックスが親しいのは友人の間でも噂になってましたからね」
「そうでしたか……」
5歳年齢が違ってしまうと、断絶が生まれることがある。
「姉はあてつけで結婚したんです。チャールズさまはこう言ってはなんですけど……」
「悪い奴ではないんだけどね。ちょっとトロイんだよね」
レティシアと結婚したチャールズは、精神的に幼稚で動作がのろく、この地域の上流社会における評判はお世辞にもよくなかった。
逆にリチャードとアレックスは非常に評判が良かった。美丈夫で、アレックスは学業成績も優秀で。
レティシアはというと、この地域では一番といっていいくらいの美少女で有名だった。ただ、男性と親しく口を利きすぎる、と女性には評判が今ひとつ悪い。同世代の少女たちなど、パーティなどで彼女とあからさまに口を利かないという有様だ。母にはよく叱られていた。
「姉には友達がいませんでしたけど、もてない者のひがみよ、と言って気にもとめなかったですけどね」
「そうなんだ……」
ソフィアは、思い切って訊いてみた。
「姉を、好きだったんですか?」
「違うよ」
「思い通りに生きてる姉が、うらやましいです。うらやましくて、うらやましくて……嫌いです。劣等感も刺激されますし。姉とさんざん比較されて育ちましたから。色が黒いの愛想がないのって」
ソフィアの瞳に涙が浮かんだ。
「お姉さんは確かに綺麗で愛想も良かったけどね。なんとなく不誠実な方なんじゃないかな、という気がしてたんだ。彼女の微笑みは誰もが認めるけど、裏があるような気がする。
悪口になってしまって申し訳ない」
「いいえ、こちらこそ、口が過ぎました。可愛げないってよく言われるんです」
「そんなことないですよ。あなたは素直な人だ」
「初めて言われました……」
「結婚しましょう」
「え!?」
「結婚しましょう。
僕は誰にでも愛想良く微笑む人より僕のためだけに笑ってくれる人のほうが好きなんです」
「はいっ」
ソフィアは、涙の残る瞳に、笑顔を浮かべた。
泣きやんだ後で、
「東ってどっちですか?」
と訊いた。
彼の右手が指す方を見つめて、一触即発の国内情勢を思った。
話はとんとん拍子に進んだ。
しかし、コスモスの咲く秋の日、西軍が東軍の武器庫を破壊して、開戦してしまった。
年も押し詰まった冬の日、リチャードに召集令状が来た。
というわけで、準備は、最後の方は駆け足だった。
「おめでとう。幸せになるのよ」
レティシアに言われて、ソフィアは、
「はい」
と瞳に涙を浮かべながら微笑んだ。
一週間後には戦地に行ってしまう。
一日が終わって、パスキンソン家の、二人のために改築された部屋で、夜着姿でソフィアは考えていた。
パタン、と部屋の扉が開いた。
「お待たせ。顔赤くない?」
4ヶ月で、二人はずいぶん打ち解けていた。
「大丈夫よ」
と言ったソフィアは、心臓がどきどきしてくるのを感じていた。
「君の方が赤い顔してるね」
「だって……」
「日取りが今日になったのは急だったからね」
「急に戦地へ来いって行って寄越すんですもの」
「本当は行きたくないよ」
「リチャード……」
ソフィアは驚いた。
男の人はみんな戦いたがってる、と思っていたから。
実際、義兄のチャールズなど、大喜びで出征していった。
リチャードは、ソフィアをふわりと抱きしめて、
「行きたくないよ。君ともっともっと仲良くなりたいし、やりたいこともあるしね。
でも僕は、死なないよ。絶対生きて帰ってくる。
だから待ってて。帰ってきたら、仲良くして、子供もつくって、幸せになろう」
うなずく代わりに、ソフィアは彼をぎゅっと抱きしめた。
2年半が過ぎた。
2年半の間に、チャールズが戦死したり、パスキンソンの当主も戦争に取られたりした。
リチャードからの手紙は、数ヶ月に一度来ていたが、ここ一年連絡がない。
ソフィアは、馬車を操って実家へ行った。
パスキンソン家の畑で取れたパイナップルを持ってきたのだ。
「ソフィア、また帰りにひまわり畑に寄って行くの?」
夫が戦死して(子供はなかった)実家に帰ってきていたレティシアに声をかけられた。
「行くわよ」
「毎日ひまわり畑でお祈りしてるって、評判じゃない。よく続くね」
「あのひまわり畑は特別な場所なの」
「帰ってくるといいわね」
「私帰るわね」
「じゃ、また」
姉妹は手を振り合った。
丘で馬車を止めて、歩いていく。
歩きやすい靴を履いて。スカートも飾りのないデザインのもの。
ひまわりはソフィアの背丈を追い抜くほどに育ってる。
区画整理された畑の、真ん中の通路で、あの日確認した東の方角へ、
ソフィアはひざまずいた。
手を合わせてうつむき、瞳を閉じる。
それから半年後、戦争は東部の勝利で終わった。
大変だったのはこれからである。
食料がなくて。
そんな毎日の中、雨の日も風の日も、ソフィアはひまわり畑で祈り続けた。
さらに一年半が経った。
リチャードからの連絡は一切ない。
また夏が来た。
背丈を追い抜くほどのひまわりに囲まれて、今日もソフィアは祈る。
「ソフィア?」
え?
声がする?
ソフィアは振り返った。
「やっぱりソフィアだ」
「リチャード!」
ふたりは駆け寄って抱き合った。
「馬車が止まってたからもしかして、と思ってきてみたんだ」
「手紙書いてよ。今日帰ってくるって知ってたらこんな格好してないのに……」
「もういいよ。戦争中一生懸命働いてたんだろう」
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