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第3章 救出編
魔落 22
「コーキさん」
さっきまで膝に顔を埋めていたセレス様がこちらを見つめている。
穏やかな目だ。
「……はい」
「もう……。もう、私のこと殺してくれないかな」
「っ!」
背筋に冷たいものが走る。
儚げな表情のままに浮かべられた穏やかな笑顔。
悲壮な雰囲気などない。
死を誘うその言葉には甘美な響きさえ感じられる。
だからこそ、余計に響いてくる。
けど、そんな言葉。
受け入れることはできない。
「……いえ」
「殺してくれないの」
「当たり前です」
「あなたにとっても、私なんかいない方がいいんじゃないの。全く役に立たないのに。それどころか、足を引っ張ってばかり……」
「そんなことありません、助かっていますよ」
「そんなわけない」
「セレス様がいるから、私は頑張れるんです。それに、仮に役に立っていなくても、セレス様を死なせるつもりはありません」
「そう……」
「はい」
「……なら、私は何もしないでここにいるわ」
「どういうことですか?」
「宗教上の理由で私は自死ができないの。だから、殺してくれないなら、ここで死を待つだけ」
「それは自死と同じでは?」
「コーキさんが水と食料をくれるでしょ。だから、自死じゃないの。というか、コーキさんが助けてくれる限り死ねないわね」
何でもないことを話しているかのよう。
微笑をたたえた口元は綻んでさえいる。
「……」
「私ね、脱出に拘るから辛いって分かったのよ。希望を持つから辛いって」
「……」
「だから、脱出なんか気にしないで、このままでいればいいかなって」
穏やかな笑顔は変わらぬまま、そんな言葉が紡がれる。
「だから、死ぬまで何もしないでここにいるの」
「……」
希望を捨て諦観だけを持って死を待つ生活。
それがどれだけ異常な事か。
以前のセレス様なら当然理解できたであろうこと。
いや、今も理解した上で口にしているのか……。
「ねえ、いいでしょ」
「……」
ここまで思いつめているとは想像もしていなかった。
本当に情けない。
セレス様の気持ちを理解していなかったんだな。
脱出ばかりにかまけて、セレス様のことを顧みていなかったんだ。
「正直、もう疲れたの。何もかもね。何も考えたくないの」
穏やかな笑顔。
張り付けられたような笑顔。
「コーキさんも、一緒にどうかしら?」
痛い。
心が痛い。
ああ、もっとセレス様の気持ちを考えるべきだった。
でも、今は……。
「それもいいですね」
「えっ?」
意外そうな声。
よかった。
まだ、そう感じることができるんだな。
「ただし、まだ早いですね。全てを探索して、それでも脱出できないようなら考えます」
「そう……」
「はい」
「やっぱり、あなたは強いわね」
「強くは、ないです」
「どうして? 強いわよ。こんな状況でも諦めずに、前を向いて進もうとしている。20日以上も閉じ込められて脱出の手掛かりもないのに。どうしてそんなことができるの?」
セレス様の表情に変化が。
「あなたは強い。異常だと思うくらい。でもね、残念ながら私は普通なの。強くないのよ」
徐々に早口になっていく。
「それに、あなた一度だって私を責めたことがないわ。あなたがこんな目にあっているのは全て私のせいなのに。テポレン山まで迎えに来てもらって、グレーウルフに襲われて落下した崖下まで探しに来てくれて、そして私を庇ってこんな地下まで一緒に来ることになって。黒炎で火傷まで負って。なのに、なのに、どうして責めないのよ!」
激しくなっていく。
「もっと責めてよ、私のこと。全て私のせいなのよ……」
「……」
言葉なんて挟むことはできない。
ただ聞くだけ。
セレス様の思いを聞くだけだ。
「私を助けに来なければ、あなたは無事だった。エランもジェミネルスもディアナも、他のみんなも無事だった。まだ生きていたはずなの。すべて、私のせい。私がみんなを殺したのよ」
「……」
「お父様もお母様もお兄様も、みんな私のことを考えてくれたわ。こんな役立たずの私のことを」
「私だけ逃げてきたの」
「みんなを犠牲にして……。あにさまだって私のせいで……」
あぁ、そうか。
そうだよな。
ずっと責任を感じていたんだよな。
「私にはそんな価値なんてないのに……」
「……」
「だから、責めてよ、憎んでよ! 私なんか見捨ててよ。もう、殺して!」
最後は悲鳴のような一言。
心の奥底に溜まっていたものを一気に吐き出すかのように。
「もう、もう……本当に殺してよ!!」
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