30年待たされた異世界転移

明之 想

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第3章 救出編

魔落 22



「コーキさん」

 さっきまで膝に顔を埋めていたセレス様がこちらを見つめている。
 穏やかな目だ。

「……はい」

「もう……。もう、私のこと殺してくれないかな」

「っ!」

 背筋に冷たいものが走る。
 儚げな表情のままに浮かべられた穏やかな笑顔。

 悲壮な雰囲気などない。
 死を誘うその言葉には甘美な響きさえ感じられる。

 だからこそ、余計に響いてくる。

 けど、そんな言葉。
 受け入れることはできない。

「……いえ」

「殺してくれないの」

「当たり前です」

「あなたにとっても、私なんかいない方がいいんじゃないの。全く役に立たないのに。それどころか、足を引っ張ってばかり……」

「そんなことありません、助かっていますよ」

「そんなわけない」

「セレス様がいるから、私は頑張れるんです。それに、仮に役に立っていなくても、セレス様を死なせるつもりはありません」

「そう……」

「はい」

「……なら、私は何もしないでここにいるわ」

「どういうことですか?」

「宗教上の理由で私は自死ができないの。だから、殺してくれないなら、ここで死を待つだけ」

「それは自死と同じでは?」

「コーキさんが水と食料をくれるでしょ。だから、自死じゃないの。というか、コーキさんが助けてくれる限り死ねないわね」

 何でもないことを話しているかのよう。
 微笑をたたえた口元は綻んでさえいる。

「……」

「私ね、脱出に拘るから辛いって分かったのよ。希望を持つから辛いって」

「……」

「だから、脱出なんか気にしないで、このままでいればいいかなって」

 穏やかな笑顔は変わらぬまま、そんな言葉が紡がれる。

「だから、死ぬまで何もしないでここにいるの」

「……」

 希望を捨て諦観だけを持って死を待つ生活。
 それがどれだけ異常な事か。
 以前のセレス様なら当然理解できたであろうこと。

 いや、今も理解した上で口にしているのか……。

「ねえ、いいでしょ」

「……」

 ここまで思いつめているとは想像もしていなかった。
 本当に情けない。

 セレス様の気持ちを理解していなかったんだな。
 脱出ばかりにかまけて、セレス様のことを顧みていなかったんだ。

「正直、もう疲れたの。何もかもね。何も考えたくないの」

 穏やかな笑顔。
 張り付けられたような笑顔。

「コーキさんも、一緒にどうかしら?」

 痛い。
 心が痛い。

 ああ、もっとセレス様の気持ちを考えるべきだった。

 でも、今は……。

「それもいいですね」

「えっ?」

 意外そうな声。

 よかった。
 まだ、そう感じることができるんだな。

「ただし、まだ早いですね。全てを探索して、それでも脱出できないようなら考えます」

「そう……」

「はい」

「やっぱり、あなたは強いわね」

「強くは、ないです」

「どうして? 強いわよ。こんな状況でも諦めずに、前を向いて進もうとしている。20日以上も閉じ込められて脱出の手掛かりもないのに。どうしてそんなことができるの?」

 セレス様の表情に変化が。

「あなたは強い。異常だと思うくらい。でもね、残念ながら私は普通なの。強くないのよ」

 徐々に早口になっていく。

「それに、あなた一度だって私を責めたことがないわ。あなたがこんな目にあっているのは全て私のせいなのに。テポレン山まで迎えに来てもらって、グレーウルフに襲われて落下した崖下まで探しに来てくれて、そして私を庇ってこんな地下まで一緒に来ることになって。黒炎で火傷まで負って。なのに、なのに、どうして責めないのよ!」

 激しくなっていく。

「もっと責めてよ、私のこと。全て私のせいなのよ……」

「……」

 言葉なんて挟むことはできない。
 ただ聞くだけ。
 セレス様の思いを聞くだけだ。

「私を助けに来なければ、あなたは無事だった。エランもジェミネルスもディアナも、他のみんなも無事だった。まだ生きていたはずなの。すべて、私のせい。私がみんなを殺したのよ」

「……」

「お父様もお母様もお兄様も、みんな私のことを考えてくれたわ。こんな役立たずの私のことを」

「私だけ逃げてきたの」

「みんなを犠牲にして……。あにさまだって私のせいで……」

 あぁ、そうか。
 そうだよな。
 ずっと責任を感じていたんだよな。

「私にはそんな価値なんてないのに……」

「……」

「だから、責めてよ、憎んでよ! 私なんか見捨ててよ。もう、殺して!」

 最後は悲鳴のような一言。
 心の奥底に溜まっていたものを一気に吐き出すかのように。

「もう、もう……本当に殺してよ!!」



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