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第4章 異能編
下山 1
セレスの薄紅色の瞳。
その中に俺がいる。
瞳が俺を映し出している。
また、また会うことができたんだ!
ああぁ……。
宝物のようなこの瞬間が、俺の心を掴み。
時を奪ってしまう。
力を奪ってしまう。
動けない。
目頭が熱くなるのを抑えきれない。
「……」
だめだ。
こんな姿、見せちゃいけない。
今のセレス様は俺のことなんか知らないのだから。
初対面の相手に対し呆然と立ち尽くし、涙をこぼす男を誰が信用する。
ただ気味悪く思うだけだろう。
そんなこと、させていい場面じゃない。
無理にでも身体を動かし、瞳に力を入れ、そして自然な笑顔を……。
「んん……」
覚醒したセレス様。
「!?」
こちらを見つめる目が大きく跳ねた。
「えっ?」
「気が付かれたのですね」
ちゃんと喋れたか?
笑顔は作れているか?
少し声が上ずったような気がするが……。
「あ、あなた誰ですか? ここは? えっ、魔物は?」
混乱したように、早口で問いかけてくる。
その声音、この口調。
っ!
だめだ。
思わず顔を背けてしまう。
「……あの?」
驚いた表情のまま、気遣う色を見せるセレス様。
「……」
だらしない。
何をやっているんだか。
ふぅぅぅ。
声に出さずに深呼吸。
素早く、早く。
よし!
よし!
心の中で気合を入れて。
「どうされたのですか?」
「……すみません、ちょっと目がかすんだもので」
「……」
「それより、あなたはセレスティーヌ様ですよね?」
「えっ! どうして私の名前を?」
一転、警戒心がにじみ出るその顔に。
雪のように白く透き通ったその顔に、絹糸を思わせる滑らかな白銀の髪がかかっている。
その様子に、また……。
「……」
まいったな。
ほんと、我ながら情けない。
「あなた、まさか?」
「……ご安心ください。私は怪しいものではありません。追手でもありませんので」
「では?」
「シアとアルの要請であなたを助けに来た者です。魔物も退治済みです」
「シアとアル!?」
今度は驚きで目を丸くしている。
「そうだったのですね。シアとアルの依頼で……」
「はい」
「そうとは知らず、失礼いたしました」
「……いえ」
「わたくしはセレスティーヌ・キルメニア・エル・ワディンと申します。助けに来ていただき、心から感謝申し上げます」
左手を胸に添え片膝を軽く曲げながらの美しいお辞儀。
久しぶりに見るレザンジュの作法。
懐かしい……。
懐かしいが、このセレス様は俺の知るセレス様じゃないんだ。
その現実に、ちょっとした胸の疼きを感じてしまう。
「……」
「セレスティーヌ様、どうか、頭をお上げください」
疼きを抑え口を開く俺に対し。
ゆっくりと頭を上げ、こちらを見つめるセレス様。
「……私はコーキとお申します。どこか痛むところはありませんか?」
「コーキ様ですね。今は……脚と腰が。それに頭も少し痛いです」
前回と全く同じ。
何も変わっていない。
これで、いいんだ!
何も問題はない。
俺はこのまま進めるだけ。
「……了解いたしました。それでは、簡単に治療したいと思います。まずは、この回復薬を半分程度お飲みください」
「はい、あの、よろしいのですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
そう言って、ゆっくりと口に含むセレス様。
「……」
シアとアルの名前の効果は絶大だな。
こうして信用して飲んでくれるのだから。
「……このお薬、苦くないのですね」
「一応、質の良い回復薬ですから、味も悪くないのだと思います」
「そうなのですね。さっき飲んだ苦い薬湯とは大違いです」
「それは良かった……。念のため治癒魔法も使っておきますね」
前回同様、脚と腰、頭に治癒魔法で治療を行っていく。
それに加え、今回は内臓にも治癒魔法を使う。
俺の治癒魔法では殆ど効果などないのだろうけれど、今可能なことはやっておきたい。
もちろん、今回のセレス様には前回のような症状は現れないと、そう思いたいが……。
「ああ、気持ちが良いです」
「効いているようですね。……はい、これで終了です」
「ありがとうございました。治癒魔法も使えるなんて、コーキ様は素晴らしい魔法使いなのですね」
「いえ、そんなことは……」
この力では、あなたを助けることができなかったのですから。
「謙遜なさらないでください。ここまでひとりで助けに来てくださったことだけでも凄いことですし、ありがたいことですのに」
「……」
「コーキ様に見つけていただかなければ、私はここでずっと1人だったと思います。そう思うと……。本当に感謝しております」
「……そのお言葉、ありがたく頂戴いたします。ですが、この山を無事下りてこそですから」
「はい、よろしくお願いいたします」
そんなやり取りの後、お互いに状況の説明を簡単に行い。
さっそく、この場を立ち去ることになった。
当然、この崖下の探索などはしない。
今回は土魔法を駆使してこの崖を登る。
前回のレベルでは厳しかったが、レベル5となった今では何とかできるはずだ。
ということで、さっそく土魔法で階段のようなものを造っていく。
「すごい……」
驚いているセレス様を横目に、何度も魔法を行使。
「立派な階段です」
よし、何とか完成したかな。
これなら、セレス様も無事に崖上に上れるだろう。
造ったばかりの土階段をゆっくりと用心しながら上っていくセレス様。
崖上に無事到着。
「上れました。戻ることができました!」
薄紅色の瞳が輝いている。
「……ええ、良かった。では、下山しましょうか」
「はい。お願いいたします」
丁寧に頭を下げてくれる。
「……」
最前から見せる慇懃さ。
出会った当初のセレス様のもの……。
当然のことだが、今のセレス様には気安さのようなものはない。
シアとアルの名前を出したおかげで、もう警戒心こそ見せていないが。
一定の距離があることは否めない。
もちろん、分かっていたこと。
ただ……。
嬉しさと安堵感、そこに加わるこの疼き。
少し苦いような……切なさに似た感情。
さっきは抑え込んだ胸の痛みが、またよみがえってくる。
「……」
ままならないな。
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