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第4章 異能編
和見幸奈 1
しおりを挟む<和見幸奈視点>
「ねえちゃんのがほしい」
わたしが子供の頃、4歳年下の武志がことある毎に母に告げていた言葉だ。
「あなたは姉なのだから、武志にあげなさい」
これが母の返答。
まるでそう答えなければいけないかのように、毎回同じようなことが繰り返されていた。
わたしの持ち物なのに、武志が興味を持てばそれは全て武志の物になっていた。
「お母様、それはわたしがもらった物です」
もちろん、わたしも黙っていたわけじゃない。
初めは反論だってした。
泣くこともあった。
でも、結果は同じ。
「姉なのだから」
「年上でしょ」
「武志は弟なのよ」
「弟を泣かせて平気なの」
「弟が可愛くないの」
母の口から出るのはこういった言葉ばかり。
わたしの物なのに、武志は自分の物を持っているのに、どうしてわたしが我慢しなきゃいけないの。
内心でそう思いながらも、いつも母の言葉に従っていた。
ちょうどその頃に自分が和見家の養女だという事実を知ったので、その引け目があったのかもしれない。
でも、そんなことより……。
単純に母が怖かった。
母の顔を見ていると、反論する気力が徐々に消えていった。
母の表情、母の眼差し。
武志を見つめる優しい目とは違い、わたしを見る目には優しさの欠片もなかったから……。
それでも稀に、武志に与えることになったわたしの持ち物と同じような物が、数日後にわたしのもとに届くこともあった。
だから、その頃のわたしは、まだ母の愛情を信じていた。
冷たい言葉を投げかけても、母はわたしのことも考えてくれている。
そう自分に言い聞かせて、子供心に自分を納得させていたのだと思う。
でも、それはわたしの思い違いだったと、少しずつ理解し始めるのにそう時間はかからなかった。
「あなたにも渡しておくわ。これで不満はないでしょ」
こういった言葉を告げる時の母の表情は今でも忘れることができない。
忌避すべきものを見ているかのような目をしていたから。
ぞっとするような冷たい声だったから。
「お母様は、わたしのことが嫌いなのですか?」
何度も口から出そうになった。
本心を知りたかった。
知りたかったのに……。
聞けなかった。
だって。
好きじゃないと答えられたら。
拒否されたら。
わたしは……。
そんな子供時代を過ごしていたのだけれど、暮らし自体は不自由ではなかったと思う。
わたしの暮らす和見家はとても裕福な家だったから。
「……」
子供の頃は良く分かっていなかった和見家。
当時から、名家と呼ばれるにふさわしい家だったのだと思う。
和見家の母にとって、良母という外見は必要なものだった。
養女を差別する母なんていう姿を他人に見せるわけにはいかない。たとえ家の中であっても、多くの人が出入りする和見家では、そんな姿は見せられない。そう考えていたのだと。
今なら理解できる。
でも、子供の頃のわたしにはそんなことなど分かるはずもない。
感情の無いような表情でわたしを見つめる母。
冷たい目だけど、わたしに物を与えてくれた。
思いやりの欠片もない口調だったけれど、時にわたしを気遣う言葉もくれた。
今考えると、母がそういった行動をとる時は、近くに誰かがいる時だけだったような気がする。
「……」
そんなことに気付かない当時のわたしは、そこに愛情を見出そうとするしかなかった。
それにすがるしかなかった。
そんな母もわたしが8歳になる前までは、微笑みを向けてくれていた。
わたしを抱きしめ、頭を撫でてくれたこともある。
養女として和見家で暮らし始めた最初の数年間は、少なくともある程度の愛情に包まれていたと思う。
そう……。
そこには確かに愛情があった。
そう思いたい。
信じたい。
「……」
父も8歳になる前のわたしのことは可愛がってくれた、のだと思う。
けど……。
8歳を過ぎ、10歳を過ぎ、12歳を過ぎ、歳を重ねるにつれ、父の目からわたしへの興味が消えていき……。
今となっては私への興味なんて全く見出すことができない。
それでも、父は母と違い、特別わたしに辛く当たることはない。
ただ、無関心なだけ。
父は、良きにつけ悪しきにつけ、和見家のことを第一に考えている人だ。
母と結婚してしばらくの間子供に恵まれなかった父がわたしを養女として迎えたのも、和見家の将来を考えてのことだと思う。
そんな父だから。
和見家の後継ぎである武志が生まれたことで、わたしに対する興味は薄れていったのだと、子供の頃のわたしはそう思っていた。
実の娘ではないわたしより武志の方が可愛いのは当然だから。
でも!
そうではなかった!
その当時は知る由もなかったし、その事実を知るのは随分先。
わたしが15歳になってからなのだけれど……。
和見家には秘密があったのだ。
数百年もの間、連綿と続く和見家の血筋の中に稀に現われる異能の血。
異能の血を受け継ぐ超常の者。
その異能を持つ者を父は求めていた。
それこそを求めていた。
わたしではなく、娘ではなく、異能の血を求めていた。
それが父の悲願だったのだ。
「……」
わたしも詳しいことは知らないけれど、異能という特殊な超能力のような力を持つ家系が日本には複数存在するらしく、和見家もその内の1つだったと。
ところが、時の経過と共に血が薄まったせいか、ここ数世代は和見家から異能者が輩出されることもなく、現在では異能の世界から距離を置かれるという状況になっているらしい。
異能の世界に返り咲き。
異能の世界を支配する。
それが和見家当主である父の宿願。
正直言ってわたしには分からない。
まったく理解できない。
そもそも、異能というものが、どんなものなのか良く分かっていない。
良く分からないそんな力が、和見家に必要なのだろうか?
異能なんて無くても和見家は十分に裕福で立派な家だと思う。
内実はどうあれ表面的には誇れるくらいの名家なのだから、異能なんて必要ないと私は思う。
ただ、父は違う。
それを望んでいる。
それだけを渇望している。
だから、父の妹の娘であるわたしを養女にしたのだ。
「……」
和見家の異能の血は、どういうわけか、女系にばかり発現するらしい。
しかも、その大半が8歳までに現れ、15歳を過ぎると発現する可能性はほぼないと。
それを知った時、全てが明らかになった気がした。
自分の置かれている状況を正確に理解できたと思った。
そんな父は、武志には異能を期待していない。
和見家には男系の異能者がほぼ存在しないのだから、それも当然のことなのだろう。
異能を期待されていない武志は和見家の秘密を知らない。
異能についても全く知らされていない。
成人後、和見家の跡取りとして和見の会社に就職した時に知らされる。
それが和見家男系のしきたりらしい。
「……」
武志……。
我儘を言ってわたしを困らせてばかりいた幼い頃の武志。
母が武志だけを庇うことに、幼いながら気づいていたのだと思う。
何かあるとすぐに母に告げ口をして、いつもわたしが悪者にされていたから。
悪者にされ、のけ者にされ、無視され、わたしはひとり……。
いつもひとり。
だから、わたしは武志が嫌いだった。
ずっと嫌いだった。
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