30年待たされた異世界転移

明之 想

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第4章 異能編

和見幸奈 4

「有馬さん、どうですか?」

 受けるべきか?
 拒否するべきか?

 ここは……。

 ここにいるのは、俺だけじゃない。
 鷹郷さん、古野白さん、里村、そして職員の皆さんもいる。

「受けて、もらえますか?」

 無理に戦うことは……。

 やむを得ない、か。
 受け入れるしかない。

 ただし。

「条件がある」

 マリスダリスの刻宝を使えない現状では、ブラフみたいなものだが。
 受け入れてもらわないと話にならない。

「何です?」

「今後は、鷹郷さん、古野白さん、里村たちを含め、研究所には手を出さない。そして、そこにいる和見武志を解放し、彼にも手を出さない。これを守ってもらおう。君にも君の仲間にもな」

「条件が多いですねぇ」

「多かろうが、これは譲れないぞ」

「はぁ~、分かりましたよ。そのかわり、有馬さんもこちらには手出し無用ですからね」

「犯罪に手を染めなければな」

「異能界における犯罪ということで、いいんですよね」

「……それでいい」

「了解です。それで、期限はどうしましょ?」

「未定だ」

「未定ですか……。突然期限切れだと言って襲ってこないでくださいよ」

「そっちこそな」

「ぼくはそんなことしません。時間はぼくの味方ですから」

 時間は味方、か。
 そういうことなんだろうな。

「では、この条件で和解成立ですね」

「ああ」

「はぁ~~、有馬さんと仲直りできて良かったですよ」

「……」

「ほんと、戦いたくなかったんですからね、ぼくは」

 しれっとした顔で言ってくれる。

「あっ、和解は成立しましたけど、有馬さんのこと諦めてませんから」

「……勝手にしたらいい」

「ふふ、勝手にします」

「自信があるんだな」

「そうでもないですよぉ。今日は有馬さんの恐ろしさを嫌というほど思い知らされましたから。いやぁ、ぼくもまだまだですねぇ」

 それは丸々こっちのセリフだ。

「ただね、ぼくは焦る必要がないんです」

「だろうな」

「ええ。なので、ゆっくり待ちますよ」

「無駄だぞ」

「それは、どうでしょ」

 そう言って、笑顔を見せてくる。
 無邪気な笑顔を……。

「では、今日の所はこれで失礼しますね」

「ああ」

「そうそう、こっちの2人は連れて帰りますから」

「橘もか?」

「ええ、和見武志君はそちらに譲るんですから、問題ないですよね」

「……」

 さすがに拒否はできないか。

「よいしょっと」

 掛け声に反して、軽やかに立ち上がる壬生少年。
 マリスダリスの刻宝の影響は微塵も残っていないようだ。

「それでは有馬さん、お元気で」

「……」

「また会える日を楽しみにしていますね」

 楽しみ、か。

「……」

 そうだな。

 壬生少年。
 超常の異能者、壬生伊織。

 いつか再び相まみえるであろうその時は。
 揺魂を完全に制圧してやる。

 覚悟しておけよ。

 

******************************

<和見幸奈視点>



 武志が家に戻って来なくなって、もう何日経つだろう。
 これまでも外泊することはたまにあったけれど、こんなに長い間家に戻って来ないのは初めてだ。

 それでも、何度か電話で連絡だけはあった。
 知り合いの家に泊まっているから心配はいらないという一言だけの連絡が……。

 そんな日々が続いているのだから、父や母の心が穏やかなわけがない。
 父は平然とした顔をしているが、それが表面的なものだということはわたしには良く分かる。

 だって……。


 母は……普段から厳しい母の当たりが、こんな状況の中で柔らかくなるはずもない。
 日常の些細な問題も、全てわたしのせいになってしまう。

 そんな和見家での暮らし。
 武志の心配に加え、父と母。

「……」

 でも、大丈夫。
 わたしは大丈夫。
 慣れているから平気。

 そう思っていた。
 そう考えようとしていたけど……。

 武志がいなくなってからの日々は、和見の家とそしてわたしの心に想像以上に大きな影を落としていたんだと思う。

「……」

 和見家での毎日が耐えがたい時間になりつつある。
 今はもうこの家にいるだけで、心が凍りついてしまいそう。


 日々、気力が抜けていくわたし。

 最近は功己と会っていても、上の空になってしまうことがある。
 功己に会う時はいつも、明るいわたしでいたいのに。

「……」

 功己はどう思っているんだろう?

 面倒な女だと思われていないかな?
 会いたくないと思ってないかな?

「……」

 いや!

 いやだ!

 功己に嫌われたくない。
 それだけは絶対嫌!

「……」

 わたしは、わたしのことが好きじゃない。
 嫌い。

 それなのに……。

 功己には好かれたい。
 他の誰に嫌われても、功己にだけは!

「功己……」

 今あなたに嫌われてしまったら、わたしは……。

 ……。

 ……。

 もう耐えられないかもしれない。

 功己に嫌われるという事実に。
 和見家の時間に。

「……」

 わたしがこうしていられるのは功己がいてくれたから。
 功己が笑顔を見せてくれたから。

 だから、耐えられた。
 今も昔も。

 そう。
 あの時間にも。

「……」

 あの時、耐えることができたのは功己のことを考えていたから。
 紅梅を見に行こうという約束があったから。

 それがなければ、わたしは……。


「っ!?」

 蘇ってくる。

 封印していた悪夢が!

 ……。

 ……。

 ……。

 あの日。

 暑い夏の日だった。

 初めて足を踏み入れた和見家の地下。
 わたしが15歳になる前に改装された地下室。
 父以外は立ち入ることができなかった地下の部屋。

「……」

 あのおぞましい部屋に初めて呼ばれたのは、15歳の夏だった。
 そして、それからの半年間……。

 ああ!

 思い出したくない。
 考えたくない。

 だから、ずっと記憶の奥底に封印していたのに!

 それなのに!

 それなのに!

 ……。

 ……。


 先日。
 父に告げられてしまった。

 母に聞こえないような小さな声で。
 近いうちに、また始める。
 あの部屋に来るように、と。

 また、あれが。
 20歳のわたしに、あの悪夢のような日々が……。



 15歳の夏のあの日。

 私が初めて足を踏み入れた地下室は、夏にしては涼しく感じられる空間だったけれど、なぜだか不快な空気が肌にまとわりついてくるような、そんな感じがしたのを覚えている。


 和見家の地下室はとても広くて、コンクリートが打ちっぱなしになっている部屋だった。
 そんな広い部屋の中にあったのは、父が座るソファーと最小限の家具。
 そして、縦2メートル、横3メートル、深さ50センチほどの小さいプールのような浴槽。

 それだけだった。

 そこで……。


「来たか」

「はい」

「では、脱ぎなさい」

「……はい」

 夏とはいえ地下室ということもあって、薄い上着を羽織っていたわたしは、父の言葉通り上着を脱いでシャツ1枚になる。

「何をしている、早く脱ぎなさい」

「シャツもですか?」

「シャツも下着も全てだ」

「……」

 父が15歳のわたしに興味がないことは理解している。
 興味があるのは異能だけなのも。

 だから、わたしの、その、身体なんかに興味を持っているわけはない。
 父の目を見れば良く分かる。

 でも、それでも……。

「嫌なのか」

「……」

「まあ、いいだろう。下着は着けていてもいい」

「……はい」

「早く脱ぎなさい」

 何の感情も感じさせない冷ややかな声。
 そんな父の声だけが地下の空間に深々と響いていた。



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