30年待たされた異世界転移

明之 想

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第8章 南部動乱編

ベニワスレ 6

 数えきれないほどのベニワスレが舞い落ちる中、静かに佇む幸奈。
 その姿を前にして、俺の動きが完全に止まってしまった。
 体も口も言うことを聞いてくれない。
 幸奈の背を見守ることだけしかできない。

「……」

「……」

 が、これは?
 この奇妙は感覚は?

 幸奈の姿が花々の中に溶け込んでいくような。
 消えていくような。
 漠然としながらも不気味な感覚。
 言い知れぬ怖気を感じてしまう。

 すると、急に体が動き始め。

「……セレス様?」

 自然と幸奈を呼ぶ声が口から。

「……?」

 囁きに近い小さな声に、幸奈が反応した。
 ゆっくりと振り返ろうとしている。

 その姿を目にして、幸奈が消えていくような感覚が俺の心から消え去っていく。

 ひとまずは安心していいんだよな?

「……」

 分からない……。

 扱いに困るそんな思いを持て余す俺の眼前で、幸奈が振り返った。

「……っ!?」
 
 こちらを認識し。
 驚きの表情で目を見開いている。

「コーキさ……」

 今朝までとは様子が違う。
 これは、頬を濡らし、まなじりに光るものを溜めているからじゃない。

 いったい、何があったんだ?

「功己!」

 えっ?
 コウキ??

「功己!!」

 返ってきた言葉は、コーキではなくコウキ。
 幸奈がコウキと、確かにコウキと口にした。

「……」

 まさか。

「……幸奈、なのか?」

「……うん」

「記憶を?」

 取り戻している?

「うん、うん!」

 幸奈が、本当に?

「思い出したの」

 この言葉、口調、空気。
 今までの幸奈とは明らかに異なっている。
 セレス様として振る舞っていた幸奈のそれじゃない。

「すべて思い出したの!」

「……」

「わたしよ、功己!」

 間違いない。
 幸奈だ。
 幸奈が戻ってきた!

「……」

 驚きと安堵と喜びと。
 一瞬にして入り乱れる感情に、心が追いつかない。

 ただ……。
 ただ、良かったという思いだけは……。

「功己!」

 えっ?
 幸奈が飛び込んで?
 俺の胸に!?

「功己……」

「……」

「ごめん……」

 弱々しい。

「わたし、忘れてしまって……」

 絹糸のように細い声。

「大切なことを。何より大切なのに……」

「……」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 胸の中。
 漏れる声から伝わってくる。

「……幸奈のせいじゃない」

「でも」

「いいんだ」

「……」

「もう、いいんだ」

「……ありがと」

 感謝なんて必要ない。
 俺も悪かったんだから。

「功己……」

 俺の腰に回した腕に力が入る。
 幸奈が、俺を強く抱きしめてくる。

「幸奈……」

 俺は……。
 俺は……。

 ……。

 ……。

 両腕が持ち上がる。
 まるで腕が意志を持つかのように、幸奈の背中に動いていく。

「……」

 止まらない。
 止められない。

 そして……。

「あっ!」

 抱きしめた。
 抱きしめてしまった。

 その華奢な腰を背を。
 ゆっくりと、優しく。

「……」

「……」

 優しく、優しく。
 強く……。


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