30年待たされた異世界転移

明之 想

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第8章 南部動乱編

腕の中

 強く抱きしめた腕の中。
 幸奈の鼓動が、息遣いが伝わってくる。

 もう間違いない。
 戻って来たんだ。
 幸奈が、俺のもとに。

「……」

「……」

 あの日、あの時。
 幸奈が倒れたという電話に呆然とし、悲しみに暮れ、己の無力さを嘆き。

 病室でセレス様として意識を取り戻した姿に、安堵と驚きでいっぱいになり。
 そして、この世界に戻って来た。
 幸奈を迎えるために。

 けれど、事は思っていた以上に複雑で。
 その上、とんでもない困難が続いてしまった。

 急ぎ駆けつけたエビルズピークで見た凄惨な光景。
 やり直し皆を助けることができたと思ったら、異界に閉じ込められ。
 何とか兇神を倒し脱出した後は、ローンドルヌ河、トゥレイズ城塞、テポレン山と戦いの連続。

 幸奈とじっくり話をする時間すら持てなかった。
 記憶を回復し入れ替わりを実行する算段を立てることすらできなかった。

 なのに、こうして自分を取り戻してくれた。
 俺が何もせずとも、幸奈が自身の力で。

「……」

 ここまで長かった。
 本当に長かった。
 でも、こうしてまた幸奈と会うことができたんだ。

 なら、もう何も言うことはない。
 十分だ。
 こんなに嬉しいことなんてないのだから。

 言葉にできない思いが込み上げてくる。
 止むことなく。
 次から次へと溢れて……。

 そんな俺の感情とは別に。

 幸奈……。
 俺の胸の中で、今も静かに頬を濡らしている幸奈……。

 よく頑張ったな。
 見知らぬ世界で、セレス様としてここまで本当によく頑張ったよ。

 こちらでの時間。
 ただ平穏に貴族令嬢の日常を過ごしていたんじゃない。
 王軍の追手から逃れ、戦いの日々に追われ。

 日本人どころか、こちらの世界の住人でさえ経験することのないような時間を過ごしてきた。
 常に死と隣り合わせ、落ち着く暇もなかったはずだ。
 その上、父である辺境伯との死別という辛い経験まで。

 信じがたいほどに過酷な日々。
 それを神娘として耐え抜いて、自力で……。

 幸奈のことを誇りに思うよ。
 心からそう思う。



「功己……」

 俺の背中に回した幸奈の腕に力が入る。
 胸に埋めたままの顔が勢いを増す。

「幸奈……」

 何物にも代えがたい温もりが伝わってくる。
 背から、胸から、腕から、幸奈の思いが流れてくる。

「……」

「……」



 どれくらい、そうしていただろう。
 ずっと胸に顔を埋めたままだった幸奈が、いきなり頭を離し。
 俺を見上げてきた。

「……ありがと」

 まだ頬は濡れているものの、表情はやわらかい。

「ほんとにありがと」

「どういたしまして」

「こうきぃ」

 笑っているような泣いているような幸奈の声に胸が締め付けられる。
 気の利いた言葉なんて出てこない。
 口をつくのは、ありきたりな言葉だけ。

「お帰り、幸奈」

「うん……うん! 帰って来たよ!」

「ああ」

「ただいま、功己!」

 その笑顔。
 セレス様の顔だけど、セレス様のそれじゃない。
 ずっと見たったんだ、幸奈のその笑顔を。

「あっ! わたし、濡らしちゃって」

「……」

 濡れたっていい。

「ごめん」

 そう言って一歩離れようとする幸奈。

「功己の大切な服なのに」

 服なんて、どうだっていい。
 だから。
 両腕に力を込め、幸奈を留め……られない。
 空をさまよう腕から幸奈が離れていく。

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