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第10章 位相編
出発
シャワーを終えた幸奈を連れ、さっそく都内へ出発。
電車とタクシーを使って能力開発研究所の近くに到着したのは、ねっとりとした空気が身体に纏わりつく真夏の午後だった。
「ごめんなさい、今はお金を持ってなくて……あとで必ず返します」
タクシーを降りるやいなや、頭を下げてくる幸奈。
さっきから、落ち着きがなかったのはそのせいか。
「費用のことは気にしなくていい」
「駄目ですよ。本当は謝礼も支払うべきなのに」
「それは違う。君を助けるのは俺にとって当然のことなんだ。それに、未成年からお金は貰えないな」
「でも、功己さん、今は20歳ですよね? 大学生ですよね?」
「……ああ」
「そのぅ、余裕はあるんですか?」
なるほど。
「まあ、大丈夫だろう」
「……」
俺のアイテムボックスには、ある程度の金額が入っている。
この世界で換金可能な物も入っている。
問題はない。
いや、少し問題はあるか。
この時間以降に発行された紙幣の使用は控えるべきだからな。
「とにかく、出費のことは気遣い無用だ。君はこれからのことだけを考えてくれ」
お金のことより、自分のこと。
父親との関係を考えてくれれば。それで充分。
「功己さん……ありがとう」
「どういたしまして」
まだ納得していないような顔だが、幸奈の性格からすれば仕方ないか。
「ところで、どうして急にわたしのことを君って呼び出したんです?」
「……」
「功己に……功己さんに、そんな風に呼ばれたくないです。さっきみたいに幸奈って呼んでください」
「……君がもう少し気楽に話してくれたら考えよう」
楽に接してくれという要望にホテルでは頷いてくれたものの、今のところはかたいまま。20歳と15歳なのだから、それも理解できるが……。
「やっぱり、20歳の大人相手には簡単じゃないですよ」
「なら、君と呼ばせてもらう」
「……」
「適度な距離間は重要だろ?」
「もぉ、分かりましたよ」
頬を膨らませる幸奈。
懐かしい表情だ。
「なるべく頑張りますので、幸奈って呼んでください」
「まだかたいぞ」
「……名前で呼んで、功己さん」
「了解」
「でも、頑張って気楽にって、それは気楽じゃないような?」
「まずは形からだ」
「……」
そんな緊張感に欠ける会話をしながらも、足を動かし続けると。
記憶通りの眺めが目に入ってきた。
「この近くに異能関係の事務所があるんですか?」
「ああ」
「こんな凄い場所に……」
和見家の自宅から研究所の入っているビルまでは電車とタクシーを使って1時間弱。東京近郊に暮らす中高生にとって、比較的容易に足を運べる距離だ。
とはいえ、高層、高密度化したオフィスビルが立ち並ぶこの辺りは学生とは無縁の場所。言うまでもなく、幸奈にとっても未知の空間なのだろう。
「異能の専門家が都内のオフィス街で仕事をしているなんて驚きです」
「……」
「もっとあやしい場所に事務所があると思ってました。ほんと不思議」
近代的な建造物で溢れた街に、異能というある種アナログで前時代的なモノを扱うオフィスが存在しているという現実。確かに、不思議なことかもしれないな。
「それで、どのビルなんです?」
「あの角を曲がれば見えてくる」
「もうすぐ到着かぁ。なんだかドキドキしますね」
「……」
鷹郷さんと話ができるか?
手を貸してもらえるのか?
こっちは不安しかない。
「功己さん、どうしました?」
「……何でもない。さあ、着いたぞ」
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