30年待たされた異世界転移

明之 想

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第10章 位相編

反故

「気乗りせなんだ和見の依頼だったが、あやつにも感謝せんとなぁ」

「……」

「坊城さん、では、私たちはこれで」

「ふむ。迷惑をかけた詫びに、ひとつ忠告しておこう」

「……何でしょう?」

「和見は執念深い男だ。この後も気をつけた方がいい」

「またあのような行為を強いるとお考えですか?」

「可能性は高いであろうな」

「……」

「そのためにも、まず狙うは誓約書」

「これを? 奪いに来ると?」

 鷹郷さんが手にしているのは、会談で作成した公式文書。
 虐待行為を二度と行わないと誓約した文書だ。

「無論、行動には移さぬかもしれん。が、用心に越したことはなかろう」

「……ご忠告、痛み入ります」

「ふふ、気にすることはない」

「いえ、それは」

「よい、よい」

「……」

「君、また会える日を楽しみにしておるぞ」

 坊城老人があの妖しい笑みを貼りつかせながら去って行く。

「「……」」

「「……」」

 どうやら、今日のところは見逃してくれたようだ。

 ふうぅぅ……。

 トリプルの異能者坊城老人。孤高の異能者。
 身に纏う並ではない空気、矍鑠かくしゃくとした佇まい、世故にたけた物言いに、妖し気な様子。掴みどころがない不思議な人だったな。

 この老人が壬生伊織と同じ人物だとしたら。
 なんて考えている時間もないとは。

「鷹郷さん」

 一難去ってまた一難。
 坊城老人が去るのを見計らったように複数の気配が近づいてきた。

「君たちは車の後ろに隠れていなさい」

「……はい」

 幸奈がひとり離れていく。

「有馬君、君もだ」

「私は残ります」

 近づいて来るのは8名。その内、異能者は2人だけ。
 それぞれが使える力は氷と水。
 異能界ではよく見かける能力だ。
 特別注意が必要な異能じゃない。

 対するこちらの戦力は3人の異能者と俺。
 問題なく戦える態勢と考えていい。
 ただ、今回は……。

「普通人の君を危険にさらすことはできない」

「今さらですよ。邪狼狗とも戦いましたし」

「今回は対人戦になる。しかも、相手は飛び道具を使ってくるんだぞ」

 そう。
 異能者以外の普通人が手にしている物が厄介なんだ。

「飛び道具の相手を鷹郷さんだけに任せるわけにはいきませんから」

「後ろの2人の異能援護がある。ひとりじゃない」

「なら、私も安心して戦えますね」

「……怖くないのか?」

「もちろん、拳銃は怖いですよ。ただ、この状況で逃げる気にはなれませんので」

「自信があるんだな?」

「どうでしょう」

「ふっ、とんでもない普通人だよ、君は。いや、もう普通人とは呼べないか」

 いいえ、ただの普通人です。


「来たぞ!」

 歩み寄って来る8人の男たち。
 先頭を歩くのは2人の異能者と1人の普通人。

 この普通人だけは見覚えがある。
 さっきの会談に同席していた普通人だな。

「鷹郷君」

「何です?」

「分かってるだろ。書類を渡してもらおうか」

「書類とは?」

「とぼけなくていい。社長がサインした公文書だよ」

「既に話し合いは終わっています。和見さんの秘書である貴方に文書を渡す必要はありませんね」

「はっ、これを目にしても同じことが言えるかな?」

 男の号令で後ろの5人が拳銃を構えた!

「その行動の意味が分かっているのですか? ただではすみませんよ」

「関係ないな」

「和見の家がどうなってもいいのですね?」

「どうにもならんさ」



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