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番外編1 ●●が怖い執事長の話
執事長の恋人(2)
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私の名前を呼ばれては、近寄らないわけにはいかない。
椅子から立ち上がって入口へと向かった。
「どうしました?」
なるべくビジネスライクに声をかけたのに、ウオルタは騎士団長らしくいつも大きく張っている声のトーンを下げた。ついでに眉尻も申し訳なさそうに下げた。
「すまない、ローズウェル。急な欠員で演習を代わることになった。今夜は帰りが遅くなる」
「解りました」
あくまで事務的に頷いたのに、ウオルタは一層申し訳なさそうに表情を曇らせる。
遅くなるなんて珍しいことではないだろう?
「食事の作り置きが無いんだ……」
あぁ。その心配か。
実は、私とウオルタは一緒に住んでいて、食事作りはウオルタの担当だ。普段の残業の日は作り置きを食べるのだが、最近忙しかったし急な演習なら仕方がない。
「では、何か買って帰ります」
「すまない。明日はお前の好物を作るから」
「仕事なのに謝ることはないですよ。急な演習お疲れ様です。怪我には気を付けて」
「ありがとう。そう言ってくれると、ほっとする。では」
ウオルタは微かにほほ笑んで頷いた後、詰め所を後にした。
同居人の会話としては普通だと思うが……リリリさんはライト様の話をする時と同じように口角を上げる。
「マメに連絡してくれるの、いいですよね。うちの母はよく『もう! お父さんったら帰りが遅くなるなら言ってくれないと、今日はお父さんの好きなメニューだったのに!』なんて怒っていましたよ」
「職場恋愛で唯一の利点ですね」
「え~? 唯一ですか? 仕事中も顔が観られて幸せ、とかは?」
「……と、いう風に揶揄われるから職場恋愛は面倒なんですよ」
「あ。ごめんなさ~い!」
リリリさんは謝りながらも悪びれた様子はない。
このやりとりは何回目か。
正直に言えば、面倒だが、たまにはこんな会話もしておかないといけないので、リリリさんには感謝している。
「恥ずかしいので、そっとしておいてください」
「そうですね。でも、お似合いのカップルだからつい……」
「はぁ……ほどほどにお願いしますよ。公私混同は避けたいので」
「お二人って本当に仕事熱心ですよね~」
リリリさんの言葉に、なぜか周囲の執事やメイドも笑顔で頷いてくれて、気恥ずかしさと……大きな安ど感に包まれる。
よかった。
これで一層バレにくくなる。
私とウオルタが、同棲中の恋人のフリをしているだけで、本当はただの友人だということが。
◆
職場では、「一緒に住むことになったので、一応報告しておきます。実はウオルタとは恋人同士なんです」と公にしながらも、「仕事にプライベートな関係を持ち込むのは良くないので、あまりそういうところは見せないようにします」とも伝えてある。
周りは「騎士団長も執事長も仕事熱心だから」とか「あの堅物のローズウェルのことだから、人前で恋人らしくするなんて恥ずかしいのだろう」とか思ってくれているようだ。「恋人らしいところを微塵も見せない執事長。流石プロだ」なんて声も聞こえる。
本当の恋人ではないのだから、恋人らしくできないというだけなのに。
ただ、ウオルタは快活で真っすぐで嘘をつくのが苦手な男なので、ぎこちない部分もある。
時々、嘘をついていることを申し訳なく思っているのだろうとも感じるが……。
それでも、ウオルタには嘘に付き合ってもらっていた。
付き合ってもらわないと、私は仕事もままならなかったんだ。
これも、この忌々しいかわいい顔のせいだ。
「執事長、お城への納品の件、便宜を図りますからぜひ今夜お食事でも」
なんて手を握ってくる奴らも、「騎士団長と付き合っている」と伝えれば諦めてくれるから。
所謂「虫除け」のためだ。
騎士団長と執事長では騎士団長の方が身分が上で、大臣と同等。
更に、ウオルタは武術や攻撃魔法の国一番の使い手でもある。
そんなウオルタから恋人を奪おうとする者は一人もいなかった。
私はウオルタのお陰で快適に仕事ができている……だが、もちろんメリットは私にしかない。
強いて言えば、同棲のフリをして一緒に住んでいるので、家の維持費が安く済むというくらいか。
ただそれだけで、ウオルタが面倒な嘘をつき続けてくれているのは……
一番様の遺言だからだ。
椅子から立ち上がって入口へと向かった。
「どうしました?」
なるべくビジネスライクに声をかけたのに、ウオルタは騎士団長らしくいつも大きく張っている声のトーンを下げた。ついでに眉尻も申し訳なさそうに下げた。
「すまない、ローズウェル。急な欠員で演習を代わることになった。今夜は帰りが遅くなる」
「解りました」
あくまで事務的に頷いたのに、ウオルタは一層申し訳なさそうに表情を曇らせる。
遅くなるなんて珍しいことではないだろう?
「食事の作り置きが無いんだ……」
あぁ。その心配か。
実は、私とウオルタは一緒に住んでいて、食事作りはウオルタの担当だ。普段の残業の日は作り置きを食べるのだが、最近忙しかったし急な演習なら仕方がない。
「では、何か買って帰ります」
「すまない。明日はお前の好物を作るから」
「仕事なのに謝ることはないですよ。急な演習お疲れ様です。怪我には気を付けて」
「ありがとう。そう言ってくれると、ほっとする。では」
ウオルタは微かにほほ笑んで頷いた後、詰め所を後にした。
同居人の会話としては普通だと思うが……リリリさんはライト様の話をする時と同じように口角を上げる。
「マメに連絡してくれるの、いいですよね。うちの母はよく『もう! お父さんったら帰りが遅くなるなら言ってくれないと、今日はお父さんの好きなメニューだったのに!』なんて怒っていましたよ」
「職場恋愛で唯一の利点ですね」
「え~? 唯一ですか? 仕事中も顔が観られて幸せ、とかは?」
「……と、いう風に揶揄われるから職場恋愛は面倒なんですよ」
「あ。ごめんなさ~い!」
リリリさんは謝りながらも悪びれた様子はない。
このやりとりは何回目か。
正直に言えば、面倒だが、たまにはこんな会話もしておかないといけないので、リリリさんには感謝している。
「恥ずかしいので、そっとしておいてください」
「そうですね。でも、お似合いのカップルだからつい……」
「はぁ……ほどほどにお願いしますよ。公私混同は避けたいので」
「お二人って本当に仕事熱心ですよね~」
リリリさんの言葉に、なぜか周囲の執事やメイドも笑顔で頷いてくれて、気恥ずかしさと……大きな安ど感に包まれる。
よかった。
これで一層バレにくくなる。
私とウオルタが、同棲中の恋人のフリをしているだけで、本当はただの友人だということが。
◆
職場では、「一緒に住むことになったので、一応報告しておきます。実はウオルタとは恋人同士なんです」と公にしながらも、「仕事にプライベートな関係を持ち込むのは良くないので、あまりそういうところは見せないようにします」とも伝えてある。
周りは「騎士団長も執事長も仕事熱心だから」とか「あの堅物のローズウェルのことだから、人前で恋人らしくするなんて恥ずかしいのだろう」とか思ってくれているようだ。「恋人らしいところを微塵も見せない執事長。流石プロだ」なんて声も聞こえる。
本当の恋人ではないのだから、恋人らしくできないというだけなのに。
ただ、ウオルタは快活で真っすぐで嘘をつくのが苦手な男なので、ぎこちない部分もある。
時々、嘘をついていることを申し訳なく思っているのだろうとも感じるが……。
それでも、ウオルタには嘘に付き合ってもらっていた。
付き合ってもらわないと、私は仕事もままならなかったんだ。
これも、この忌々しいかわいい顔のせいだ。
「執事長、お城への納品の件、便宜を図りますからぜひ今夜お食事でも」
なんて手を握ってくる奴らも、「騎士団長と付き合っている」と伝えれば諦めてくれるから。
所謂「虫除け」のためだ。
騎士団長と執事長では騎士団長の方が身分が上で、大臣と同等。
更に、ウオルタは武術や攻撃魔法の国一番の使い手でもある。
そんなウオルタから恋人を奪おうとする者は一人もいなかった。
私はウオルタのお陰で快適に仕事ができている……だが、もちろんメリットは私にしかない。
強いて言えば、同棲のフリをして一緒に住んでいるので、家の維持費が安く済むというくらいか。
ただそれだけで、ウオルタが面倒な嘘をつき続けてくれているのは……
一番様の遺言だからだ。
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