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第2話 二度目

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「か、帰れた……!」

 朝の電車で、貧血なのか倒れそうになったこともあって、今日は何としてでも始発まで残らないぞと気合を入れた甲斐があった。
 今日は何と、終電で家に帰ることができた!
 終電だから、日付はもうとっくに変わっている。
 一般的なサラリーマンに比べれば遅いのは解っている。
 でも、始発で帰るよりも四時間以上早い! 四時間以上寝られる!
 寝に帰るだけなのに無駄に広い2DKの借り上げ社宅の自宅に着くと、すぐにシャワーを浴びてベッドに飛び込んだ。
 もう寝られる。
 すぐ寝られる。
 ……そういえば、今朝は助かったな。
 あのたった一〇分ちょっとの睡眠で、なんとか今日を乗り越えられた。

「そうだ、あの人にお礼とかすべきか?」

 菓子折り? 礼状? 現金?
 俺がアラサーのやつれたリーマンじゃなくて、かわいい女の子とかだったら食事に誘うなんてのもアリだったか? いや、その時間が取れないな。

「……本当、良い人だったな……」

 明日も会えるのかな……改めてお礼を伝えるだけでも……あと、また倒れそうなときに支えてもらえたら助かるな……いや、あの人に迷惑か。

「……」

 疲れ切って重い頭で今朝の安心感のある腕の力を思い出すと、すぐに心地いい眠りに落ちた。


      ◆


 朝八時過ぎのいつもの満員電車に乗り込む。
 満員電車は相変わらず憂鬱だけど、昨日よりも体調はマシ。
 斜め前のおじさんにめちゃくちゃ押されるけど、きちんと自分の足で立てている。
 そして……

「今日は体調大丈夫ですか?」
「あ!」

 昨日の恩人がいないかと周囲を伺っていると、耳元で囁くような声が聞こえた。
 昨日の人だ!

「大丈夫です。昨日はありがとうございました。お陰でなんとか乗り切れました」
「それなら良かった」

 心配をかけないように元気に返事をしたつもりなのに、恩人は昨日と同じように俺の体を抱きしめて支えてくれる。俺、まだ体調悪そうに見えるのか……まぁ、一度四時間寝たくらいでは目の下のクマはマシにならないし、昨日は食事も……あれ? 俺、食べたっけ?

「あの、今日は大丈夫ですよ?」
「でも、心配なので」

 昨日と同じように向きが変わって、ドア横のスペースに押し込まれる。
 親切なのかもしれないけど……。
 あれ、なんか……?
 気のせいか?
 昨日と同じように強く抱きしめられているのは同じだけど……右手は大人しくがっしりと俺の体を支えているけど……左の大きな掌がシャツ、スーツ、ネクタイ越しに俺の胸元を撫でるというか……まさぐる? 
え? この手の動き、女の子にしてたら完全に痴漢だぞ? いや、俺みたいな冴えないリーマンにしても痴漢……か?

「え?」
「はぁ、元気で良かった」

 口では優しいことを言っているけど……。

「今日も寝て良いですよ」
「……?」

 あ、掌の動きが止まった。
 昨日と全く同じ、抱きしめられただけの体勢になる。
 これ、助けてくれているんだよな?
 あれ?
 でも、さっきの動き……痴漢?
 怒るべき?
 逃げるべき?

――ポンポン

 混乱して体を強張らせていると、俺を抱きしめる右手が、子供をあやすように肩のあたりを優しく叩いた。
 幼稚園くらいの時に、親が寝かしつけで背中を叩いてくれた時のような……。
 あ、これ……。
 この、異様に優しい手つき。
 ちょっと安心する。
 
「……」

 うん。
 これは痴漢じゃないだろ。
 後ろの彼だって、かわいい女の子でもセクシーなお姉さんでもない、痩せたアラサーサラリーマンなんて触っても楽しくないはずだ。
 ゲイの人だったとしても、もう少し触り心地の良い体を選ぶと思う。

 だからきっとこれは痴漢じゃない。
 優しさ溢れる慈善事業だ。親切な人なんだ。
 だから……甘えよう。
 目を閉じよう。
 だってもう、眠れる……。


 すでにこの時、疲れすぎてまともな判断ができていなかったのかもしれない。


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