はぐれ者の花嫁

高穂もか

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斑の狼

 二人で並んで岩に座り、夜風に当たる。ユキは、胸の高鳴りがソンロウに届きはしないかと思った。そっとソンロウの横顔を窺い見る。
 
(先生は、かっこいいな……)
 
 端正さよりも、良く研がれた刃のような印象が先立つ男らしい顔立ち。白毛と黒毛の混じった波打つ毛並み。自分にはないものだから、ここまで惹かれるのか――と惚れ惚れしていると、夜闇に光る金の瞳がこちらを向いた。
 
「坊。俺の顔に穴が開く」
「……っ、も、申し訳ありません!」
 
 笑い交じりに言われ、ユキはかっと頬を赤らめる。師匠の顔をじろじろ眺めるなど、何たる不敬。岩の上に平伏すると、「ははは」と笑い声が上がった。
 
「本当に真面目な奴だな。言いてえことがあるなら、言やいいってこった」
「先生……」
 
 ぽん、と肩を叩かれた。ユキはほっとして、ソンロウに向き直る。
 
「ええと、では……先生は、何故こちらに? 宴を楽しまれていたのでは」
「ああ。ちっと酔い過ぎたんで、夜風に当たりにな。それと――」
 
 ソンロウは、腰に携えていた竹筒を探る。
 
「ご苦労さんだったな。宴の差配、見事にこなしていた」
 
 笑って、ユキに竹筒を差し出した。ゆっくりと水を飲む暇も無かったことを思い出す。有難く受け取って口をつけると、汲みたてのように冷たい。
 ソンロウの気遣いを感じ、ユキは嬉しくなる。
 
「じい様達の言うとおり、ユキ様はよい嫁御になるだろうと思ったぞ」
「――ぶっ!?」
 
 とんでもない言葉に、水を噴き出しかけた。唇を拭い、目を白黒させる。
 
「からかわないでください!」
「ははは……照れるな。ほうぼうから口説かれていたじゃねえか。良かったな、嫁ぎ先には苦労せんぞ」
「うぐっ……」
 
 ソンロウは愉快そうに笑う。腰にさげていたもう一本の竹筒の栓を抜き、呷っている。そちらは酒だったのか、匂いを嗅いだ鼻先が熱くなった。
 密かに想う相手にからかわれ、ユキはガバリと立ち上がった。
 
「お、おれなんかよりも! 先生の方がよほど、もてていらっしゃるではないですか」
 
 言ってしまってから、美しい雌たちに囲まれていた姿を思い、胸が苦しくなる。
 
「もてている……か」
  
 ソンロウはふと笑った。いささか自嘲的な響きの乗ったそれに驚く。
 
「先生……?」
「俺という狼は、遊び相手に都合がいいのさ。”まだらのはぐれもの”と番おうなんて、そんな酔狂はだれも起こさねえよ」
 
 そう言って、ぐいと酒を呷る。夜風に白と黒の毛並みが逆巻いて、ソンロウの傷だらけの面を隠す。唯一、垣間見えた口元は常と変わらず笑んでいた。
 ソンロウの母はよそ者と駆け落ちし、子どもの彼を抱いて村に戻って来たという。狼は同族意識が強く、よそ者を警戒する。白毛一色の白狼の群れで、二色の毛並みの彼がどんな思いで過ごしてきたか、想像に難くない。村一番の手練れであるソンロウでも、そうなのだ……
 
(でも……そんなのって)
 
 ユキは、酷く切なくなる。
 ソンロウの話しぶりが平然としているのが、余計に寂しいと思った。思わず、太い腕に手を添える。
 
「先生。おれは、先生のことをお慕いしています……!」
 
 金の瞳が僅かに瞠られる。ユキは気づかず、必死に言い募る。自分の大切な方に、わが身を情けなく思ったりしないでほしい。弟子の身分で図々しいかもしれないが、本心だった。
 
「父だってそうだし、皆も同じです。先生は、白狼の村に無くてはならないお方ですから……!」
「お前……」
 
 ソンロウは少し呆気にとられた顔をした。それから――ふっとやわらかな笑みを浮かべ、鼻先をユキのそれにすり寄せる。酒の匂いと、甘くあたたかいソンロウの香気が、鼻腔をくすぐった。
 
「……っ」 
「ありがとな」
 
 金の瞳が、ユキの瞳を覗き込んだ。かちん、と棒立ちになったユキの背を、大きな手がぽんぽんと叩く。
 
「さて、酔いも覚めてきた。俺はそろそろ戻るか」
「……ぁ……」
「お前はどうする?」
 
 いつもの軽い調子で聞かれ、反射的に頭を振る。ソンロウはひょいと岩から飛び降りると、背を向けて去っていった。あたたかな香気が、風に紛れて消えていってしまう……
 
「……はあっ」
 
 ユキは、がくりとその場に膝をつく。心臓が壊れそうに高鳴って、息が苦しかった。
 
(先生……)
 
 ソンロウの笑みが、香りが……すべてがユキをひきつけてやまない。
 自分は、あの人のことをやっぱり好きだ。弟としか思われていなくとも……
 
(あの人を好きじゃないおれを、想像できない)
 
 他の雄と番になんてなれない。
 ユキは、わが身をきつく抱く。この身も心も――捧げたいのは一人だけだと、訴えていた。
 
「だったら、いっそ……」
 
 嫌われても、この想いを遂げる方法がある。
 ユキの黒い瞳に、決意が灯り始めていた。
 
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