はぐれ者の花嫁

高穂もか

文字の大きさ
6 / 12

あなたを選ぶ

 翌日――大広間には、村の有力者たちが集まっていた。
 上座には族長が座り、傍らには側近であるガンジュが。もう一方には、ハクロの父ヒサメが控えている。名族らしく華美だが品のある衣を纏い、手中で扇子を弄んでいる。下座には、それぞれの派閥に属する手下衆が並び、みな一様に張り詰めた面をつき合わせていた。
 
「さぞや楽しみでしょう、父上。今日、あなたの息子が族長になるのですから」
 
 ハクロは口元を扇子で隠しながら、隣の父に言う。
  
「これ、然様なことを言うでない」
 
 ヒサメは、満座の目を気にしてか息子を窘めてみせる。しかし、声には押えきれない得意が滲んでいた。
 ハクロの不遜な振る舞いに、誰も異を唱えない。みな、婿に指名されるのはハクロだろうと思っていた。ユキの婿とは形式上のもので、この場は、あくまで次期族長を選ぶためのものであると。
 
「族長、ただいま参じました」
 
 ユキが広間に入っていくと、集まった猛者たちが一斉に頭を下げた。いつ見ても、おれのような若造には、身に余る敬意だ、とユキは思う。なればこそ、次期族長としてみなの献身に応えられるよう、頑張って来た。
 
(だが……これから先は、おれの婿となる方がみる光景だ)
 
 悔いはない。
 この光景に、だれよりも相応しい方に、おれは託すのだから。
 ユキは顔を上げて進みながら、広間に想い人の姿を探す。列席者にハクロがいることに気づき、げっとなる。向こうは、通りすがりざまに目を上げ、意味深に微笑している。ユキはふいと顔を反らした。
 
(先生……)
 
 視線を巡らせると――広間の奥に探し人はいた。ソンロウは、会議には加わらず警備の任についているらしい。岩壁を背に、腕を組んで立っている。周囲を警戒しているのか、目は合わなかった。
 
「――ユキよ、心は決まったか」
「はい」
 
 父の対面に座り、ユキははっきりと頷いた。
  
「これより花嫁のユキによって、婿の指名を行う」
 
 族長が、重々しい声で告げる。ユキは、床に両手を揃え……静かに声を張る。
 
「私が、婿に指名するのは――……」
 
 ユキは言葉を止め、ソンロウを強く見つめる。黄褐色の瞳が、怪訝そうに揺れる。――勘の良い方なのに、おれが何をしようとしているか気づいておられない。それほど思いもよらないのだろうと思うと、胸が痛んだ。
 
(先生、ごめんなさい)
 
 幼い頃から、自分を見守ってくれた師範。
 母亡き後、父や弟たちを守ろうと、必死になっていたユキの味方でいてくれた。あの岩場で、「泣きたいときは泣け」と涙を拭ってくれた人。
 たとえ、憎まれても――おれは、どうしてもあなたを愛している。
 
「……ソンロウ殿を、婿に望みます」
 
 ユキは、凛と宣言する。
 
「な……!」
 
 広間がざわ、と大きくどよめく。みな、予想もしていなかった答えに戸惑い、顔を見合わせている。
 
「ソンロウ殿を!?」
「なんと……では、次期族長は」
 
 くちぐちに騒ぎ、困惑気に床を叩く。静かな顔をしているのは族長と、宣言したユキだけである。ユキはじっと、床に揃えた自分の指先を見つめていた。
 宣言した途端、肌がひりひりするほどの威圧を感じていたからだ。……自分をこれほど震わせるたった一人を思い、顔を上げることができなかった。
 
 
「ありえぬ!」
 
 杯を蹴とばし、ハクロが立ち上がる。端麗な白い面は、怒りからか紅潮していた。
 
「この私よりも、あの者が次期族長に相応しいと!? ありえませぬ!」
 
 俊英と呼び声高いハクロの怒声に、広間が静まり返る。
 ヒサメもまた、息子の非礼を詫びるどころか、渋い顔で扇子を握りしめている。勝利を確信していただけ、屈辱は大きかったのだろう。黒い目をらんらんと光らせ、ソンロウを睨んでいる。
 
「辞退せよ、ソンロウ。おぬしは、己の身分を弁えているはずじゃな?」
 
 ヒサメの優し気な声音に潜む毒に、満座が固唾を飲んだ。ソンロウは如何するのか、と不安げに斑の狼を見つめている。
 しかしソンロウは、ヒサメもハクロも、誰のことも見てはいなかった。
 その黄褐色の眼は、広間の中央に伏している小さな狼だけを捉えていた。情熱と呼ぶのも生易しい眼差しに、族長の傍に控えていたガンジュは息を飲む。
 
「――静まれ」
 
 そのとき、族長の威厳に満ちた声が響き渡る。水を打ったように静まった広間を、族長はみまわし、静かに言う。
 
「ハクロよ、花嫁の意思に背くか」
「……なれど!」
「黙るがよい。花嫁の決めた婿に異を唱えるとは、神聖な儀式を邪魔することと同義である。ヒサメも良いな」
 
 族長の厳しい瞳に、父子は悔し気に口を噤んだ。
 
「して、ユキよ。婿はソンロウが良いのだな」
 
 静かに問われ、ユキは言葉もなく頷いた。顎から、冷たい汗がぽたりとつたい落ちる。
 族長は目を伏せ、威厳に満ちた声で宣言する。
 
「花嫁の意思が花婿を選んだ。ソンロウが次期族長じゃ。みな納得し、支えるように!」
 
 尊敬される族長の号令に、反射的ではあるかもしれないが「おう」と歓声が上がる。賑わいを取り戻す広間に、ヒサメとハクロは不快そうに黙り込んでいた。
 
「……は」
 
 ユキは、遠のきそうな意識の中で息を吐いた。承認された、良かった――そう安堵したときだった。
 ぐい、と腕を掴まれる。
 
「あっ……!」
 
 顔を上げると、表情の窺えないソンロウが傍らに立っていた。いつのまに、と思ったときには、肩の上に抱えあげられていた。
 グルン、と視界がまわり、ユキはえづいてしまう。
 
「来い」
 
 静かな――どろどろとした感情を煮詰めたような声で、ソンロウは言う。そのまま、大股に広間を出て行く。
 
「ま、まて、ソンロウ! 何をするつもりだ!?」
 
 狼狽するガンジュが止めるが、ソンロウは振り返りもしない。
 逞しい腕に抱えられ、ユキは慌てて声を上げる。
 
「先生……!?」
 
 問いに答えはなく、歩む速度だけが増す。ユキは振り落とされぬよう、熱い背にしがみついた。
 
感想 0

あなたにおすすめの小説

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

君に捧げる紅の衣

高穂もか
BL
ずっと好きだった人に嫁ぐことが決まった、オメガの羅華。 でも、その婚姻はまやかしだった。 辰は家に仕える武人。家への恩義と、主である兄の命令で仕方なく自分に求婚したのだ。 ひとはりひとはり、婚儀の為に刺繡を施した紅の絹を抱き、羅華は泣く。 「辰を解放してあげなければ……」 しかし、婚姻を破棄しようとした羅華に辰は……?

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

何かと突っかかってくる公爵様との婚約はお断りです。

あちゃーた
BL
剣術を磨き、王国最年少騎士となった真面目な主人公アーバン。 ある日、アーバンの元に実家から手紙が届く。 そこにはアーバンに婚約者ができたと綴られていた。 そんなの聞いてないし、第一相手はアーバンに何かと突っかかってくる公爵家のジェランではないか!? 「回避だ!回避!!こんなの絶対にお断りだぁぁぁぁ!!!」 ツンデレ溺愛攻め×鈍感受け

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。