六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか

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ダブルスなんやから

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「2ゲームマッチ、高中サービス、プレイ!」

 審判台に上った加藤が、試合の開始を宣言する。

「よっしゃ、こいや高中ァ!」
 
 レジーバーの山田先輩が、威勢のいい声で怒鳴った。ピリ、と空気が引き締まり、俺はネット前でラケットを構え、相手をじっと観察する。
 
 ――向こうは、やっぱり山田先輩が右サイドか。ストローク強いからなあ……副キャプも……。
 
 対角にいる副キャプを見ると、ゆったりとラケットを回しとる。アレー寄りに立ってはるけど、副キャプは難しい球でもポーチに出てくるから、要警戒や。
 ……今は、沙也さんのことは忘れて集中せな。
 そう思って後ろを見ると、渉がトスを上げたところやった。合図くらいせえっちゅうのッ。
 
 バカッ!
 
 渉は長い腕をしならせ、低い弾道のスライスサーブを放つ。――凄まじく速い上、角度がえぐい。コートの外にすっ飛んでいく打球を、山田先輩が豹のように追う。

「おらぁ!」

 山田先輩が走りながら、クロスに長いショットを放つ。ただ、ほとんどコートの外から打った球は、コースがめちゃ甘や。

「やっ!」

 俺はすかさず飛び出して、ボレーを副キャプの背後――がら空きのコートに叩きこんだ。

「15-0!」

 加藤が宣言し、わあと歓声が上がる。

「よっしゃ!」

 俺は、ガッツポーズする。
 山田先輩が渉のサーブ警戒して、ベースラインからかなり下がってたからな。コートの外に追い出してしもたら、次は俺のほうに球が来ると思っててん。

「渉、ナイスサーブ! 出だし好調やで」

 どうやら渉も、同じこと考えてたみたいやな。喋らんくても、ふたりの考えが合致した嬉しさに、ムカつきも忘れて渉に駆け寄った。
 すると、渉はふいと顔を背け、俺のハイタッチを躱す。

「これくらい当然やろ。早よ、あっち行って構えてや」
「……あっそぉ」

 愛想のない奴やなぁ! 俺もちょっと鼻白んで、右サイドに移動した。
 次のポイントは、副キャプがレシーバーや。対角の山田先輩は、かなりセンター寄りに構えてて、ポーチに出る気まんまんって感じ。攻撃的な山田先輩らしい。
 
 ――けど……渉のサーブの調子から言って……そんな絶好のタイミングは来させへんで。
 
 俺は、渉をチラと振り返る。渉はトスを上げ、高く伸びあがった。180cmと長身の渉は、ラケットを振り上げると、ますますデカい。
 
 ドカッ!
 
 ほぼ3メートルの高さで打ち出されるサーブの威力は、生半可やない。

「30-0!」
「40-0!」

 渉がサーブを打つごとに、鮮やかにポイントが決まってく。

「すげぇな……渉のやつ。ビッグサーバーやんけ」
「大口叩くだけあるわ」

 こそこそと、コートを囲むみんなの囁きが聞こえる。俺は誇らしい気持ちで、ラケットを構えた。
 
 ――やっぱり、渉は凄い。一緒のコートにおると、ワクワクする……!
 
 ゲームポイントも、外に逃げるスライスサーブ。

「……くっ!」

 かろうじてラケットに当てた副キャプのリターンに、渉が強いクロスを打ち返す。

「クソッ、ラブゲームにさすか!」
「ちょお!? ヤマ、早いて!」

 攻め急いだ山田先輩が、強引にポーチに出る。甘い当りの打球を、待ち構えてた俺はドロップで返した。とん……と狙い通り、山田先輩の背後に落ちる。

「ゲーム! チェンジコート」

 わああ、と歓声が上がる。


「だあッ、ボケくそが! 何やってんねん!」
「ヤマ、落ちつきい。まだ様子見やで」

 山田先輩が、悔しそうに太ももを殴った。副キャプが、爽やかに声をかけている。俺は、はあはあと息を吐きながら、ガッツポーズした。
 
 ――やったあ!副キャプたち相手に、1ゲーム先取や!
 
 渉のおかげや。やっぱり、ええサーブ決まると前衛は仕事しやすいもん。俺は、さきさき向こうのコートに移動する渉について歩きながら、声をかけた。

「ナイスサーブ、渉! 幸先ええよっ」
「……」

 渉はスルーして、シャツで汗を拭ってる。たいして嬉しくなさそうな横顔に、心がちょっとしぼんだ。
 
 ――なんやねん……しらっとして。俺も、さっきのはなかなか上手に決めれたのにさ。
 
 健闘をたたえ合うとかないんかいっ。遠ざかる背に、もやもやと胸が苦しくなる。
 
 『つむぎが決めてくれるで、思いっきり打てるわ!』

 中学の時は、そんな風に笑ってくれたのに。
 寂しい思いで、さっさと右サイドでラケットをふるってる渉を見とったら、加藤が審判台から「つむぎ~」とこっそり声をかけてくる。

「久々やのに、すげぇやん~。頑張れよ~!」
「加藤……ありがとう!」

 仲間からの激励に、ぱっと笑顔になる。そうや。俺は、レギュラーとして恥じひんプレイをせなあかんねん。いまは、渉とはテニスで勝つことだけ考えて――。そう思って、振り返る。

「なっ!?」

 ぎょ、と目を見ひらく。

「沙也ぁ、見ててくれたか? 俺のサーブ」
「べつに。プロほどじゃないですよね」
「へえ~? その割には、ナイスサーブ! って聞こえたけどなぁ」
「な……何聞いてるんですか? 渉、自意識過剰すぎますッ」

 フェンスにくっついて、渉が沙也さんとキャッキャ喋ってる。
 満面の笑みを浮かべる彼氏に、俺は顔が引き攣った。
 誰と、健闘をたたえ合ってんねん、このボケェ!
 

 *

 
「渉ッ、喋っとらんとコート入らんかい!」

 ごう、と怒鳴った俺は悪くないと思う。向こうのコートでは、副キャプたちが作戦会議してんのに、俺らはなんやねん!
 せやけど、渉は振り返りもせず、沙也さんに優しく声をかけた。

「沙也、見といてや」
「わかりました」

 フェンス越しに手を重ね合って、ロミオとジュリエットみたいや。怒りで、頭の中がぐわあって揺れる。
 
 ――こ、こいつらぁ……もう、なんなん?いくら、喧嘩してるからって……!
 
 悔しさに奥歯を噛み締めてたら、渉が横を通り過ぎていく。

「沙也は可愛いよなあ。わざわざ、校外に出てまで俺の応援してくれて。一緒に戦ってくれてるっていうんかな?」
「……っ!」
「ガミガミいうだけのやつとは、大違いやわ」

 ボソッと投げつけられた言葉に、かあ、と頬が赤くなる。
 こっち側のコートの、フェンスの向こうは校外で、車も走ってる。沙也さんは、わざわざ校門を出てまで、こっち側に応援にきたらしい。そういうのって、確かに健気と言えるかもしれへんけど。
 
 ――でも、お前と一緒に戦っとるのはッ……!
 
 ラケットを握って、わなわなと震える。すると、フェンスの向こうに立つ沙也さんが、くすりと勝ち誇ったように笑った。俺を馬鹿に仕切った目に、頭に血が上る。

「――この……!」

 そっちに歩みかけたとき、「つむぎ~!」と困り声がかかる。

 
 
「つむぎぃ、試合再開するでぇ~?!」

 審判台で、加藤がぶんぶん手を振っとる。俺ははっとする。試合の最中で、もう俺以外、持ち場についとった。

「す、すいません!」
「ええよー、俺らも作戦会議ようけできたし」

 慌てて、アドサイドに入り、フォローしてくれる副キャプと、苛立ってる山田先輩に頭を下げる。

「……ッ」

 でも、ラケットを構えても、ずっと心は動揺してた。自分の背後から……ずっと、冷たい無関心を感じて、手足が強張ってる。
 
 ――あかん、集中せな!
 
 深呼吸して、グリップをきつく握る。
 今度のゲームは、山田先輩のサービス。対角には副キャプが構えとるーー構図としては、ほとんど変わりない。けど、ダブルス1のペアが、簡単に勝たせてくれるはずもない。
 
「いくぞ、オラァ!」

 威勢よく吼えた山田先輩が、前方にトスを放る。体を前に投げだすようなフォームで、サーブを打ち出した。
 
 ――速い!
 
 俺はハッとする。センターに強いフラットサーブ。幸い、渉はコースを読んどって、危なげなく打ち返した。

「ふっ!」

 センターへの、長いショット。副キャプは無理せず見送り、山田先輩との激しいラリー合戦が始まった。

「かかってこいや、高中!」
「……っ!」

 山田先輩は、ダブルハンドの強打者や。ダブルハンドの分、リーチは短いけど……めちゃくちゃ安定してるねん。
 その分、渉のハードヒットにも、ガンガン前に踏み込んでくる。打点が、前へ前へ……強打のライジングで、ラリーのテンポがどんどん速くなる。
 
 ――くそ、速すぎて、迂闊に手が出せん……!
 
 助けを出しあぐねていると、渉は長いラリーに苛立ったように、ストレートに球を切り返す。

「やあ、来た――ほいっ!」

 待ち構えてた副キャプが、軽やかなボレーを決める。俺も渉も手が出えへん、センターの短いショット、完璧や……。

「15-0!」

 おお、とどよめきが上がる。
 山田先輩と副キャプが、ラケットをぶつけた。

「っしゃあ! ナイスや風間さん」
「この調子でいくで!」

 ダブルスのお手本みたいな二人を見て、俺は渉を振り返る。

「ごめん、見送ってしもた! 次はガンガン行くわ!」

 声をあげて鼓舞しとんのに、渉は無視や。「おいッ」と思ったけど、気にせず近づいてく。

「渉っ。山田先輩のラリーさ。テンポ上げてきて、こっちのスキ作る作戦やと思うねん。やから、スライスとかロブでテンポ変えていこう思うねんけど」
「勝手にしたら?」
「へ」

 目を丸くすると、渉はこっちも見んとフォームの確認しとる。

「俺は、あいつにくらい打ち勝てるし。お前は茶々入れんといてくれたらええわ」
「は……何言うてんねんっ。ダブルスなんやから、二人で戦うもんやろ?」

 カッとなって腕を掴むと、うるさそうに振り払われた。

「さっきも立ってただけやん」
「……!」

 背を向けて、ネット際に歩いていく渉を呆然と見送る。
 
 ――なんで……!?
 
 悔しさにわなわなと震える。確かに、さっきは何も手を出せへんかったけど……あんな言い方せんくてもええのに。くさくさしたまま、レシーバーの位置に立ち、ラケットを構える。

「さあ、もう一本行くで!」
「うす!」

 副キャプテンと山田先輩が、高らかに声を掛け合う。振り返りもせん渉の頭をどつきたくなった。
 
 ――あのアホ! 思い上がってたら、痛い目見るんやから!
 
 ダブルスは、一人じゃ戦えへんのやって、わからせたる。
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