いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百五十話

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「あてて……」
 
 お昼すぎ、店先を箒で掃いていたぼくは、腰を押さえて呻いた。じんじんと重く痛む腰に、昨夜遅くまでしていたことを思い出して、ぽっと頬が赤らむ。
 
 ――宏ちゃん、疲れてるからダメって言ったのに……
 
 疲れも何のそのと、熱く求められて……嬉しいやら恥ずかしいやら。宏ちゃんを休ませてあげなきゃ、って思っていたはずやのにね。途中から、ぼくも夢中になってしもて……最後の方は記憶も曖昧なくらいや。
 
「とうの宏ちゃんは、すんごい元気なのが幸いと言うか……」
 
 大寝坊したぼくと違って、宏ちゃんは早起きでした。
 
『おはよ、成』
 
 日も高くなって、やっと起き出したぼくを、お日様みたいな笑顔で迎えてくれたんよ。やらかしてしもたって慌ててたら、「めっ」て叱られたん。

『今日は、奥さんお休みしてくれって言っただろ?』
 
 それでね、クリームたっぷりのパンケーキをてずから食べさせてくれたん。ふわふわの甘いクリームが、口の中でとろけてって……ほんまに幸せの味やったんよ……
 
 ――めっちゃ甘やかされて……もう悩みとか、どうでもよくなっちゃう……!
 
 わが身を抱いて、ぼうっとしてしまう。
 
「……はっ! いけない、いけない。お掃除しなきゃ」
 
 ぼくは、慌てて箒を握り直す。
 宏ちゃんがお仕事してる間、ぼくも頑張ろうって掃除してたというのに。せっせと塵を掃き、草を抜く。中腰が辛いから、しゃがみこむぼくの背に、秋の日差しがふりそそいだ。
 
「……うん、綺麗になった!」
 
 ゴミ袋のくちをきゅっと縛って、額の汗を拭う。没頭して作業するうちに、腰の痛みもずいぶんラクになってきた。ぼくは、膝に手を置いて立ち上がり、裏手にあるゴミ箱に向かう。
 
「~♪」
 
 裏手の細い通路は、日陰になっているせいで湿っぽい臭いがする。飲食店をするぶん、外の道から見えへん場所に、ゴミ箱を置けるのは有難い。三つある箱の一つにゴミ袋を入れて、きっちりふたをする。
 
「よしっ……戻」
 
 気分よく顔を上げて、ぎょっと固まった。
 通路の入り口から、こっちをじっと覗き込む顔が見えたん。心臓が、ぽこんと口から出ちゃいそうになる。
 
「……っ!?」
 
 思わず後じさると、その人は「どうも」と会釈した。郵便の配達員さんのように邪気のない声音に、少し緊張が解ける。一歩踏み出してきたことで、男性の全容がわかる。スーツに四角い鞄――先日のお客さんやった。
 
「すみません、驚かせてしまって。今日は、お店休みなんですか」
「は……はい。お休みの日なんです!」
 
 箒を握り、声を張り上げる。すると、彼は残念そうに笑った。
 
「そうなんですか。では次の営業日は?」
「ええと……明日になります。ええと、すみません。営業日が一定じゃなくて」
「わかりました。では、また明日きます」
 
 彼ははきはきと言い、機械的に会釈すると去っていった。しだいに遠ざかる革靴の音に、自然と肩から力が抜ける。
 
「はあ、びっくりした……って、お客さん相手に失礼か」
 
 まだドキドキして、驚愕の余韻を残す胸を撫でる。……朗らかな感じの人やのにね。最初にびっくりしたからか、なんか身構えちゃった。
 ぼくは両手に掃除道具を抱えると、通路からひょいと顔を出し、近くに誰もいない事を確認する。
 
 
「……?」
 
 なんとなく背中に薄寒いものを感じて、ぱたぱたと小走りにお店の中に入った。
 
「宏ちゃん、ただいまっ」
 
 書斎のドアを開けて、宏ちゃんの腕に飛び込む。
 
「どうした?」
「ううん……何にもないん」
 
 優しい問いに、ぎゅっとシャツを握りしめる。抱きしめられると、お腹の奥があったかくなった。さっきまでの不安感は何処かへ行っている。
 
「具合が悪くなったのか? ごめんな」
 
 宏ちゃんが心配そうに頬を撫でてくれる。――黒鉛がつかないように、わざわざ指の背で。ぼくは、優しい夫にほほ笑んだ。
 
「ううん! 全然」
 
 きっと気のせいだ。
 ぼくは、大きな手のひらに頬を寄せた。この手があれば、何も怖くないんだもの。
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