いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百六十話

 足音高く、部屋に入ってきたのは城山さんだった。ぼくと使用人さんが押し問答している様子を見て、ピクリと片眉を上げる。

「何してるの? 着替えひとつ、まだ終わっていないなんて」
「奥様。申し訳――」

 鋭くとがった声音に、使用人さんが青褪める。城山さんは近づいて来て、手の甲で彼女の頬をぴしりと打った。

「な……何をするんですか!?」

 声もなく倒れ込んだ使用人さんに、ぼくは動揺した。……いきなり、年配の女性の顔を打つなんて! 城山さんは事も無げに、ひらりと手を振った。

「鈍い使用人を罰するのも、主の仕事よ。もたもたするようなら、もう一回ね」
「そんな……」

 呆然とするぼくの前で、使用人さんが体を折りたたむ。

「……申し訳ございません、奥様。すぐに」

 そう言って、着替えを手にぼくに向き直った。女性の頬が赤くなり始めているのを見て、抵抗できなくなる。

 ――こんなの、ひどい……。自分の仲間を人質に取るなんて。愕然とするぼくに、城山さんは唇の両端をつり上げて見せた。

「お願いね」
 
 軽やかにヒールを鳴らし、部屋を出て行く。
 
「さあ、お召し替えを」
 
 使用人さんが、無表情に近づいて来た。
 ……嫌だ。でも、着替えないとまた……ぼくは今度こそ、それに抵抗するすべを持てなかった。
 
 *
 
「あら、いいじゃない」
 
 城山家に居たとき、何度も通されたリビング。車いすに乗せられて、連行されていくと、城山さんが振り返った。

「やっぱり、私の見立て通りね。磨けばなかなか光るじゃない」
 
 ソファの肘置きに悠然と凭れ、満足そうに微笑んでいる。ぼくは、複雑な気分で自分の手を見下ろした。そこには、薔薇色に染められた爪がある。
 
 ――こんなの、やだ……
 
 趣味じゃない、漆黒のフリルがたっぷりついたシャツ。髪は片側のサイドを複雑に編みこまれて、薄化粧までされてしまった。
 鏡に映る自分は、まるでよく出来た人形みたいだった。車いすに、革のベルトでラッピングするように縛られているから、尚更。こんなの、全然ぼくらしくない――。
 
「城山さん……早く、ぼくを家に帰してください」
 
 口を開くと、気分どおりの暗い声が出た。
 もう、とにかく帰りたい。体にまとわりつく薔薇の匂いも、なにもかも辛かった。
 
「あら。挨拶もなしに偉そうになったのね」
 
 彼女は不快そうに、声を尖らせた。
 
 ――勝手に連れてこられて、えらそうも何もないよっ!
 
 憤慨するぼくをよそに、城山さんは得意げに胸を張る。
 
「綺麗に飾ってあげたでしょう。私の陽平ちゃんに相応しいオメガにね」
「――!」
 
 ぼくは、ひゅっと息を飲んだ。
 
「やめてください! ぼくは、こんなこと望んでませんっ」
 
 焦燥にかられるまま身を乗り出して、びいん! とベルトに阻まれる。
 
「あっ……!?」
 
 車いすが横倒しになり、冷たい床に身を打ち付ける。そのまま、使用人さんに押さえ込まれてしまった。――そこは起こしてや! とぎょっとする。
 
「きゃははは! やあだ、何してるのよ!」
 
 甲高い笑い声が響く。悔しさに唇を噛みしめていると、彼女は笑い涙を拭いながら言った。
 
「あのねえ……いつまでも、意地を張らないで頂戴。戻ってくるなら、野江とのことは水に流してあげると言ってるのよ?」
「は……?」

 
 
 何を言ってるの、この人。
 二の句が継げないぼくに、彼女はくすりと笑う。仕方のない子どもを見るような目だった。
 
「陽平ちゃんによそ見されて、気もちを試したいのは解るけど。あなたみたいな子は、意地を張っても可愛くないわ」
 
 城山さんは、やわらかな声で毒を吐く。
 
「そ・れ・に。相手は選んでくれなくちゃ。城山の御曹司と並べて、野江のお荷物じゃ恋敵にもならないわ」
「な……っ!」
 
 大切な人を馬鹿にされ、胸の奥で熱い感情が弾けた。
 
「知らないくせにっ。宏ちゃんは、すごくすごく、素敵な人なんやからっ……!」
 
 優しくてあたたかいあの人のことを……強いのに、自分の力をひけらかさない尊いこころを知らないくせに。
 
「宏ちゃんを馬鹿にしないで……!」
 
 怒りで声が震える。
 項から、熱い力が衝き上げてくるみたいやった。
 
「――!」
 
 城山さんが、目を見ひらく。
 必死に睨みつけていると……押さえ込んでいた使用人さんの力が、緩んだ。
 ドサッ、と荷物が落ちるような音がする。
 

 
「え……?」
 
 なぜか床に倒れ込んだ使用人さん達に、目を丸くする。城山さんが鬱陶しそうに髪をかき上げ、こっちに歩み寄ってきた。
 
「……ったく。生意気に威圧なんてして……あの男がそんなに大事?」
 
 ぼくは床に伏したまま、彼女を睨み上げる。
 
「城山さん。何度も申し上げていますが、ぼくは宏章さんの妻です。陽平さんの元には戻りません」
 
 ハッキリ言うと、城山さんは鼻で笑った。
 
「だから?」
「もう諦めて下さい! 城山さんが大きな会社でも……国の認めた婚姻をどうにもできないはずです!」
 
 ぼくと宏ちゃんの婚姻は、センターで承認された。
 何人たりとも、脅かすことが出来ないはずなんだ。そう訴えると、城山さんはため息を吐いた。
 
「結婚、結婚ってねえ。野江に身請けされたの間違いでしょ」
「え……?」
 
 ぼくは目を見ひらいた。
 
「身柄を保証する親もなく、私達良家の支援でつくられた”商品”のくせに。いっぱしに、結婚なんて笑わせないで」
「……っ」
 
 ぼくを見下ろす城山さんの目には、深い嘲りがあった。ぼくのことが嫌いだとか、生易しい物じゃない。
 
「今だって、野江があんたの身柄を買って、上納金を支払っているから義務を逃れているだけ。野江があんたの上納金を払う気が失せれば――あんたはセンターに逆もどりなのよ」
 
 気品のある顔立ちが、嗜虐的な笑みに象られる。
 
「この城山の力なら、あんたの男を追い詰めるくらい造作もないわ」
 
 ぼくは、動かない膝の下から震えがくるのを感じていた。
 
 ――どうして、こんな酷い事を言えるの……?
 
 一度は、義母と呼ぼうとした人だった。
 もともと、好かれていないのは知っていた。ぼくが拙いから、お義母さんは大切な息子が心配なんやろうって思ってた。
 陽平のお義母さんやから、いつか認めてほしいって……
 心がしんと冷え込んでいく。ぼくは、自由になる目に強い思いをこめた。
 
「絶対に、いやです。ぼくは、こんなところに来たくない」
 
 ぼくが欲しいのは、家族だ。
 力で言うことを聞かせる支配者じゃない。
 城山さんの顔がさっと紅潮した。
 
「……っ、何よ、その目は!」
 
 頬を強かにひっ叩かれる。車いすごとふっ飛ばされて、呻いた。
 
「私の家族に、不満ですって! お父さんが、頼んでくれたのに、この――」
 
 城山さんの体から、何かふき出したみたいだった。棘が刺さるような痛みを感じたけれど、ぼくは怯むもんかと睨みつける。
 
「怒ってるのは、こっちです……! 宏ちゃんに何かしたら、許さない!」
「このガキ――!」
 
 城山さんの目が、真っ赤に充血する。凄まじい逆上の叫びをあげ、掴みかかってきた。
 
 
 
「……あうっ!」
 
 華奢な手に頬を掴まれる。無理にひらかされた口の中に、何かの瓶の飲み口をねじ込まれた。
 
 ――飲みこんだらマズイ。
 
 直感で悟り、必死に顔を背けた。けれど、さらに押し込まれた瓶が喉をつく。
 
「――うぐっ!?」
 
 えづいた拍子に、とろりと何かが喉に滑り落ちてくる……。
 
「う……けほっ、こほっ!」
 
 涙目で咳き込んでいると、城山さんは荒い息を吐き、残忍に笑った。
 
「……そう。そのまま、少しは大人しくしてなさい」
「な……」
 
 ドクン、と心臓が大きく脈打つ。
 
「――え?」
 
 寒いような、項の毛がざわざわと逆立つような感覚。呼吸が短く、浅くなる。
 
 ――おなかが、あつい……?
 
 薬を飲みこんだ喉から、お腹の奥までが燃えるみたいやった。
 こんなのおかしい。まるで、宏ちゃんに触れられたときみたいな……
 
「……っ、これ……な……?」
 
 きれぎれに問うと、城山さんは唇をしならせる。
 
「あなたが、素直になるための薬よ」
「……え?」
 
 何を言われたか、わからなかった。
 氷みたいな指が、頬に食い込む。……ううん、ぼくが熱いんだ。
 その熱の正体に気づき、一気に青褪める。
 
「う、そ……」
 
 ぼくに、宏ちゃんを裏切らせるつもりなんだ。
 あまりのことに、気を失いそうになる。必死で意識をつなぎ、喘ぐように言った。
 
「そんな……ゆるされませんっ」
「誰が許さないの? 城山はねえ、オメガひとりの身柄くらい、簡単に好きに出来るって言ったでしょ」
「……!」
 
 横暴な言葉に、息を飲む。城山さんは毒のように囁いた。
 
「心配しなくても、半日も経てば自分から頼むわ。他のアルファの番になったオメガを、野江だってほうり出すでしょうからね!」
 
 恐ろしい未来に、心が切り裂かれる。
 そして――時を見計らった様に、玄関で物音がした。
 
「ああ、陽平ちゃんよ。待っていてね!」
 
 飛び跳ねるように城山さんが立ち上がる。
 ――陽平が帰ってきた。ぼくは、絶望に目の前が暗くなる。
 
「待って……どうしてこんなことをするんですか!」
 
 思わず、悲鳴のように叫んだ。
 
「……陽平ちゃんの為よ。出なきゃ、誰があんたなんか」
 
 城山さんは冷たく吐き捨てる。長い髪を翻し、部屋を出て行った。
 取り残されたぼくは、冷たい床をもがいた。
 
「ひろちゃん……!」
 
 愛しい人の笑顔がうかび、涙がこみ上げる。
 
 ――助けて……
 
 そう願ったのを最後に、意識が落ちた。
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