いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百六十二話【SIDE:陽平】

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 いつも通り、玄関のドアを開けただけだ。
 なのに、こんな事が待っていようとは思わなかった――
 
 *
 
「ねえ、城山くんっ。今度のレポートでね、相談があるんだけどっ」
「一緒に、ごはんでも行かない?」
「……はぁ」

 甘ったるい上目遣いで見つめられ、俺はうんざりする。同じ講義を受けている女子二人が、俺の行く手を遮っていた。

 ――くそ。最近、こういうの多いな……
 
 このところ、やたらと女に絡まれる。以前は遠巻きにされるだけだったのに、最近はどこに行っても色めき立った視線に追い回されていた。
 いまも講義を終えて、昼メシでもと外に出ただけなのに。校門のあたりは、同じように空腹を満たそうとする学生たちであふれかえっていた。足止めされる俺に反して、さっさと移動する人波が、妬ましい。
 俺は、ふうとため息を吐く。

「悪いけど、食欲ないから。レポートはまた今度――」
「えーっ、駄目だよ。体に悪いってば」
「城山くん、やつれ過ぎだもん!」
「……」

 断ろうとすると、勢いよく詰め寄ってくる。俺の体調なんて、親しくもないあんたらに関係ないだろ……とは思うが、女は本当のことを言うと泣く。
 面倒くさい。

「あ~……本当に」
 頭をかいて、言いかけたときだ。
 
 キキッ!
 
 ブレーキ音が、派手に響き渡る。

「うわっ、何?」
「すげえ車……」

 凄まじい勢いで、校門の前に停車した高級車に、皆が息を飲む。周囲の注目を集める中、ゆったりと助手席が開いた。

「あっ」

 誰かが、小さく叫んだ。長身をかがめて車から降り立った人物をみて、思わず漏れた感嘆の息だろう。長い手足に、すらりと高い背。艶やかな黒髪が白皙の美貌を彩っていた。

 ――晶……。

 元気そうな姿に、複雑な気持ちが胸を占める。

「じゃ、貴彦さん。また夕方にね」

 運転席に華やかな笑みを見せ、晶は颯爽と歩きだす。素知らぬ振りで、周囲の羨望の目を享受しているのがわかる、自信にみちた笑みが浮かべて。

「……蓑崎だ」
「やっぱ、綺麗だよなあ……」

 昼飯にと急いでいた学生たちが呆けた様子で噂する。

「なに、あれー。これ見よがしに、感じ悪いっ」
「ねえ、城山くん。行こ……」

 晶を睨みつけながら、女学生たちが俺の手を取ろうとする。咄嗟に身をかわすより早く、涼やかな声が俺を呼ぶ。

「――陽平!」

 輝くような笑みを浮かべ、晶が駆け寄ってくる。

「お待たせーっ。昼メシ食う約束してただろ? 行こうぜ!」

 呆気にとられていると、白い手が伸びて来て――俺と強引に肩を組む。

「……は!?」
「ほら、助けてやっからこい!」

 ぎょっとする俺に囁いて、晶は勝手に歩きだす。あまりの強引さに呆然としていると、取り残された女学生たちが醜く顔を歪めていた。
 


 
「はーっ、撒いた撒いた。陽平、お前ぼーっとしすぎじゃね」
 
 人気のない校舎の裏に来て、晶はせいせいしたように伸びをした。われに返った俺は、勢いよく腕を解いて距離をとる。

「晶、何のつもりだよ!」

 きつく問いただす。最近、やたらと構ってくるのはこいつも同じだった。
 よく普通に声をかけてこれるな、と睨んでいると、悪びれない笑みが返ってくる。

「何って。しつこい女に絡まれて困ってる弟分を、助けてやったんだろ。感謝しろよな」
「……くっ」

 手をこまねいているのを、見られていたのか。少しばつの悪い思いで顔を逸らすと、晶はやれやれと肩を竦める。

「っとに、あさましいよなぁ。お前のことなんて、スルーだったくせにさ?ちょっとほとぼりが冷めたら、口説きに来るなんて」
「……別に、どうでもいいだろ」

 俺も思っていたが、他人から言われると面白くなかった。以前の俺なら、あんな手合いは遠くで見ているだけだったろう。
 
 ――成己と別れ、俺は落ちぶれた。

 優しく淡い面影が浮かび、項垂れる。晶は「ふうん」と目を細めた。

「陽平ちゃんは、あいかわらずだな」
「……っ」

 思わず拳を握りしめた。強い風がざあと吹き抜け、木立が揺れる。

「ああ、いい風……」

 晶は、心地よさそうに目を伏せている。――白い肌に長い睫毛が影を落としていた。薄く笑んだ赤い唇。凄艶さを増した美貌に、気づかないわけにいかない。

 ――晶……綺麗になった。

 さっきの様子と言い、椹木と上手くやっているのだろう。椹木がパートナーの為に、抑制剤を開発していたというニュースは、俺のもとにも届いている。

 『晶ちゃん、椹木とパーティに出るらしいわね。うちに、これだけ迷惑をかけたのに……』

 母さんの愚痴を聞かされても、ただ徒労感が過った。……あれだけのことがあったのに、晶はひとり、うまくいったんだ。胸の奥がちり、と焦げ付くように痛んだのは悔しさか、嫉妬か。
 恐らく、両方だろう。

「……なに? じっと見て」

 視線に気づいた晶が、悪戯っぽい笑みを浮かべる。……以前の俺なら見惚れただろうに、今は豪華な観葉植物のようだ。
 俺が目を逸らすと、とと、と軽い足取りで近寄ってくる。無遠慮に目元に伸ばされた手を、押しのけた。

「触んなよ」
「なんでだよ。暗い顔してっから、励ましてやろうとしてんだろ?」

 不満そうな晶に、こめかみが痛んだ。こいつは、自分の行動がどれほど人の気持ちを逆なでするかわかっていないのか。

「……っは」

 胸にずしりとくる憂さを、息を吐いてのがす。間違っても、今の晶の前で取り乱したくはなかった。

「椹木と、上手くいったんだろ。もう、俺なんかに構うなよ」
「……陽平」

 晶は目を瞠り、それから黒い目を潤ませた。

「ッ、ばーか! 弟のくせに、へんな遠慮してんじゃねえよ」

 伸びあがって、勢いよく抱きついて来る。不意を打たれ、俺は固まった。

「!?」

 白い首筋から、芳醇なフェロモンが迫ってきた。俺はひゅっと息を飲み、思い切り振り払う。

「あっ……!」
「やめろ! 何考えてんだ!」

 椹木がいるくせに、何を――。ぜいぜいと荒い息を吐く俺に、晶は切ない声を振り絞る。

「仕方ねえだろ! 俺だって、お前にはムカついてっけど! そんな風に弱られて放っておけねえんだよ……!」

 晶の目から、ぽろりと涙がこぼれた。強い風に、黒髪がなびき、折れそうな体が傾ぐ。
 美しいオメガにここまで言われて、男なら誰でも心を震わせるだろう。
 だが、俺はもっと悲しい涙を知ってるんだ。

『もう来ないで……』

 泣きながら俺を突き放した、はしばみ色の――
 
「陽平ッ!」

 成己に心をとられた隙をついて、晶が手を伸ばしてくる。俺が避けるより先に、脇から伸びてきた手が、細い腕を掴んだ。

「止せ、蓑崎」

 低いだみ声が、制止する。

「……っ、お前は」

 どこから聞いていたのか――いつになく真摯な顔をした近藤が、晶と俺の間に割って入っていた。
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