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第七章~おごりの盾~
四百六十九話
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「てめぇ……どうやって」
「さあな。お前の使用人なら、廊下で寝てるよ。それより――」
宏ちゃんの目が、すっと細まる。
「成を離せ。お前が触れて良い子じゃない」
低い声で言い、厳しい顔で陽平を見据える。ドアから強い風が吹きつけるように、あたたかな森林の香りが迫って、ぼくの心はとろとろと溶けだしてしまう。
「……ひろちゃん……!」
待ち望んだ愛しい人の姿に、涙が止まらない。
ひっひっ、としゃくりあげると、宏ちゃんは「成」と腕を開き、近づいてくる。
「……それ以上、近づくんじゃねえッ!!」
上に覆いかぶさる陽平が、低く怒鳴った。両腕を掴まれ、叩きつけるようにベッドに押さえ込まれる。
「うっ……!」
「成!」
憤怒が立ちのぼるように、薔薇のフェロモンが濃く、深くなった。喉が詰まり、激しく咳き込む。
――くるしい……っ、……!
ぜいぜいと短い息を吐いていると、宏ちゃんが語気を強める。
「やめろ城山! 無駄な抵抗はやめて、成を離せ――さもなくば、通報する」
宏ちゃんは、右手に握ったスマホを掲げた。その画面には警察の番号が表示されていて、親指は発信ボタンにかかっている。
ぼくは、目を見ひらいた。
「オメガの誘拐と、暴行……軽く済む罪だと思わない方がいい」
「……ッ」
淡々と告げる宏ちゃんを、陽平が恐ろしく鋭い目で、睨みつけている。
しばらく――息をすることもためらうような、沈黙が落ちる。ぼくは、ドクドクと心臓が激しく鼓動するのを感じていた。
陽平が、犯罪者になる?
ぼくが原因で、陽平の未来が閉ざされるのか。こんなに酷いことをされたのに……その重さに、知らず体が震えた。陽平を見上げると、ひどく青褪めた顔で宏ちゃんを睨んでいる。絶対に許せない、って思う。でも……。
「……ひろ、ちゃ」
震える声で夫を呼ぶと、彼は頷いた。
「成。大丈夫だ」
宏ちゃんの指が、ついに発信ボタンを押そうとする。知らず、息を飲んだ瞬間――陽平が乾いた笑いを漏らす。
「……ああ。やれるもんなら、やってみろよ!!」
乱暴な獣のような一吼えが天井に響き、硬い手のひらがぼくの喉を押さえこむ。
「かふっ……!?」
「――成!!」
宏ちゃんが叫ぶ。陽平はぼくの喉を掴み、怒りを吐き散らすように怒鳴った。
「離すくらいなら、殺してやる。成己は、一生、俺のものだ……絶対に、お前には渡さない!」
「ううっ……!」
喉に十指が食い込んできて、ぼくは呻いた。命を握り潰されそうな恐怖に、指一本動かせなくなる。
「やめろ……! 成を傷つけるな!」
宏ちゃんの必死の声が、遠く聞こえる。助けようと踏み出す度、陽平の手に力が籠り、どうにもできないみたいだ。ぼくは、涙を溢れさせる。
――陽平!なんで、ここまでするん……?
捕まるくらいなら、ぼくを道連れにするつもりなの。最悪だ。同情なんかしなきゃよかった。首を絞められる苦しみにもがいていると、陽平が間近に顔を寄せる。いびつに笑う瞳が、ぼろりと涙をこぼす。
「はなさない。あいつのところに行ったら、二度とお前は……こうするしかないんだろ?」
「……や……」
常軌を失った言葉に、ぼくは恐怖する。
陽平は本気だ――。人生を棒に振っても構わないと、自棄を起こした人間特有の穏やかな声に、つま先から寒気が這い上がってきた。
「くそっ……」
宏ちゃんが無念そうに呻く。
がらん、と重いものが床にぶつかる音がした。
「頼む。成を、はなしてくれ」
「……!」
宏ちゃんが無抵抗をしめすよう、両手を上げている。足元にはスマホが黒い画面を見せ、転がっていた。
陽平は荒い息を吐きながらも、動きをとめた。でも、ぼくの喉には、まだ指がかかっている。
「……そこに、座れ。ベルトで自分の腕を縛るんだ。妙な動きをしやがったら……」
陽平が据わった目で、命じる。宏ちゃんは、大人しく従った。言われるままベルトで腕を縛り、床に膝をついた夫に、ぼくの胸はズキズキと痛む。
「宏ちゃ……」
「大丈夫だよ」
涙に霞んだ視界に、夫の笑顔が映る。どんなときにも、ぼくを案じてくれる夫の姿に、熱い涙がぽろぽろと頬を伝っていく。うう、としゃくりあげていると、苛立たし気な舌打ちが聞こえる。
「――誰か! 早く来い!」
陽平は大声で呼びつける。――しばらくもせず、黒いお仕着せを着た男の人達が現れる。幾人かは、顔面をひどく腫らし、よろけていて、その分敵意にみちた顔をしている。
「そいつを床に押さえ込め」
「なっ……やめて!」
ぎょっとして叫んだ。彼らは陽平に命じられるまま、宏ちゃんを抑え込んだ。乱暴な手に額づかされて、宏ちゃんは呻いた。
「宏ちゃん!」
「……いい様だな、野江。ヒーローぶって、一人で来るからだ」
陽平はせせら笑う。
「下手に動いてみろ。今すぐに成己を――」
「……ああ」
宏ちゃんの瞳に、静かな陰が過る。陽平は、ぼくの首を捉えたまま、ベッドに横たえてきた。宏ちゃんと絡んでいた視線が途絶え、かわりに陽平が覆いかぶさってくる。
「いや……っ!」
「成己……」
背ける間もなく、唇が重なる。
いや。宏ちゃんの前なのに。きつく閉じた眦から、涙が伝う。
「成……!」
宏ちゃんが悲痛に叫び、それから殴打の音が響く。「殴られたんだ」と悟り、怒りと悔しさでかっとなる。
「やめて……宏ちゃんに、ひどいことしないでっ!」
ぼくのせいで、宏ちゃんまで――憤るぼくを意に介さず、首筋に熱い唇が這い、ウウっと呻き声が漏れた。
「成己、大人しくしろ。あいつが痛い目に遭うかは、お前次第だ」
「……っ!」
熱い息が耳にかかり、びくりと肩が跳ねる。
「最低……ゆるさないっ……!」
「なんとでも言え。お前を手に入れるためなら、俺は……何でもしてやる」
陽平は昏く笑うと、ぼくの胸に額を埋める。――抵抗しそうになるのを、必死に堪える。宏ちゃんが傷つけられるのは、耐えられない。
ぼくは涙を噛み縛り、天井を睨む。
「うぅ……みないで……」
それでも、宏ちゃんの前でなぶられるのは、辛すぎた。唇を噛みしめ、すすり泣いていると――静かな声が聞こえた。
「大丈夫だ、成」
「さあな。お前の使用人なら、廊下で寝てるよ。それより――」
宏ちゃんの目が、すっと細まる。
「成を離せ。お前が触れて良い子じゃない」
低い声で言い、厳しい顔で陽平を見据える。ドアから強い風が吹きつけるように、あたたかな森林の香りが迫って、ぼくの心はとろとろと溶けだしてしまう。
「……ひろちゃん……!」
待ち望んだ愛しい人の姿に、涙が止まらない。
ひっひっ、としゃくりあげると、宏ちゃんは「成」と腕を開き、近づいてくる。
「……それ以上、近づくんじゃねえッ!!」
上に覆いかぶさる陽平が、低く怒鳴った。両腕を掴まれ、叩きつけるようにベッドに押さえ込まれる。
「うっ……!」
「成!」
憤怒が立ちのぼるように、薔薇のフェロモンが濃く、深くなった。喉が詰まり、激しく咳き込む。
――くるしい……っ、……!
ぜいぜいと短い息を吐いていると、宏ちゃんが語気を強める。
「やめろ城山! 無駄な抵抗はやめて、成を離せ――さもなくば、通報する」
宏ちゃんは、右手に握ったスマホを掲げた。その画面には警察の番号が表示されていて、親指は発信ボタンにかかっている。
ぼくは、目を見ひらいた。
「オメガの誘拐と、暴行……軽く済む罪だと思わない方がいい」
「……ッ」
淡々と告げる宏ちゃんを、陽平が恐ろしく鋭い目で、睨みつけている。
しばらく――息をすることもためらうような、沈黙が落ちる。ぼくは、ドクドクと心臓が激しく鼓動するのを感じていた。
陽平が、犯罪者になる?
ぼくが原因で、陽平の未来が閉ざされるのか。こんなに酷いことをされたのに……その重さに、知らず体が震えた。陽平を見上げると、ひどく青褪めた顔で宏ちゃんを睨んでいる。絶対に許せない、って思う。でも……。
「……ひろ、ちゃ」
震える声で夫を呼ぶと、彼は頷いた。
「成。大丈夫だ」
宏ちゃんの指が、ついに発信ボタンを押そうとする。知らず、息を飲んだ瞬間――陽平が乾いた笑いを漏らす。
「……ああ。やれるもんなら、やってみろよ!!」
乱暴な獣のような一吼えが天井に響き、硬い手のひらがぼくの喉を押さえこむ。
「かふっ……!?」
「――成!!」
宏ちゃんが叫ぶ。陽平はぼくの喉を掴み、怒りを吐き散らすように怒鳴った。
「離すくらいなら、殺してやる。成己は、一生、俺のものだ……絶対に、お前には渡さない!」
「ううっ……!」
喉に十指が食い込んできて、ぼくは呻いた。命を握り潰されそうな恐怖に、指一本動かせなくなる。
「やめろ……! 成を傷つけるな!」
宏ちゃんの必死の声が、遠く聞こえる。助けようと踏み出す度、陽平の手に力が籠り、どうにもできないみたいだ。ぼくは、涙を溢れさせる。
――陽平!なんで、ここまでするん……?
捕まるくらいなら、ぼくを道連れにするつもりなの。最悪だ。同情なんかしなきゃよかった。首を絞められる苦しみにもがいていると、陽平が間近に顔を寄せる。いびつに笑う瞳が、ぼろりと涙をこぼす。
「はなさない。あいつのところに行ったら、二度とお前は……こうするしかないんだろ?」
「……や……」
常軌を失った言葉に、ぼくは恐怖する。
陽平は本気だ――。人生を棒に振っても構わないと、自棄を起こした人間特有の穏やかな声に、つま先から寒気が這い上がってきた。
「くそっ……」
宏ちゃんが無念そうに呻く。
がらん、と重いものが床にぶつかる音がした。
「頼む。成を、はなしてくれ」
「……!」
宏ちゃんが無抵抗をしめすよう、両手を上げている。足元にはスマホが黒い画面を見せ、転がっていた。
陽平は荒い息を吐きながらも、動きをとめた。でも、ぼくの喉には、まだ指がかかっている。
「……そこに、座れ。ベルトで自分の腕を縛るんだ。妙な動きをしやがったら……」
陽平が据わった目で、命じる。宏ちゃんは、大人しく従った。言われるままベルトで腕を縛り、床に膝をついた夫に、ぼくの胸はズキズキと痛む。
「宏ちゃ……」
「大丈夫だよ」
涙に霞んだ視界に、夫の笑顔が映る。どんなときにも、ぼくを案じてくれる夫の姿に、熱い涙がぽろぽろと頬を伝っていく。うう、としゃくりあげていると、苛立たし気な舌打ちが聞こえる。
「――誰か! 早く来い!」
陽平は大声で呼びつける。――しばらくもせず、黒いお仕着せを着た男の人達が現れる。幾人かは、顔面をひどく腫らし、よろけていて、その分敵意にみちた顔をしている。
「そいつを床に押さえ込め」
「なっ……やめて!」
ぎょっとして叫んだ。彼らは陽平に命じられるまま、宏ちゃんを抑え込んだ。乱暴な手に額づかされて、宏ちゃんは呻いた。
「宏ちゃん!」
「……いい様だな、野江。ヒーローぶって、一人で来るからだ」
陽平はせせら笑う。
「下手に動いてみろ。今すぐに成己を――」
「……ああ」
宏ちゃんの瞳に、静かな陰が過る。陽平は、ぼくの首を捉えたまま、ベッドに横たえてきた。宏ちゃんと絡んでいた視線が途絶え、かわりに陽平が覆いかぶさってくる。
「いや……っ!」
「成己……」
背ける間もなく、唇が重なる。
いや。宏ちゃんの前なのに。きつく閉じた眦から、涙が伝う。
「成……!」
宏ちゃんが悲痛に叫び、それから殴打の音が響く。「殴られたんだ」と悟り、怒りと悔しさでかっとなる。
「やめて……宏ちゃんに、ひどいことしないでっ!」
ぼくのせいで、宏ちゃんまで――憤るぼくを意に介さず、首筋に熱い唇が這い、ウウっと呻き声が漏れた。
「成己、大人しくしろ。あいつが痛い目に遭うかは、お前次第だ」
「……っ!」
熱い息が耳にかかり、びくりと肩が跳ねる。
「最低……ゆるさないっ……!」
「なんとでも言え。お前を手に入れるためなら、俺は……何でもしてやる」
陽平は昏く笑うと、ぼくの胸に額を埋める。――抵抗しそうになるのを、必死に堪える。宏ちゃんが傷つけられるのは、耐えられない。
ぼくは涙を噛み縛り、天井を睨む。
「うぅ……みないで……」
それでも、宏ちゃんの前でなぶられるのは、辛すぎた。唇を噛みしめ、すすり泣いていると――静かな声が聞こえた。
「大丈夫だ、成」
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