いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第八章~遥かな扉~

四百七十七話

 ――あたたかい……。

 全身をギュッと包まれて、どこにも行くなって言われているみたい。ここちよくて、すごく安心する――。

「ん……っ」

 とろとろと微睡みながら、ぼくは目を薄く開ける。
 いちばん最初に見えたのは、シーツに投げ出した腕。浅黒い肌と白い肌と折り重なって、手をつないでる。ぬくもりの正体に気づき、ぼくはふわりと唇を綻ばせた。
 
 ――ひろちゃん。
 
 愛しい夫を心で呼んだ、そのとき……背中の温もりが身じろいだ。

「成……気づいた?」
「宏ちゃん」

 穏やかな声が後頭部をくすぐって、ぼくは笑う。宏ちゃんは、ぼくのことを背中からぴったりと抱きしめてくれていたん。

「からだ、辛くないか」
「うん……へいき」

 宏ちゃんはぽうっとしてるぼくを案じて、色々尋ねてくれた。でもね、身体がずーんって重くて、痺れるみたいなんやけど。指一本動かせそうにないくらいで……その分、あんなに痛かったのが嘘みたいで。

「なんかね……ふわふわってしてる……辛くないよ」

 そう伝えると、ほうと長い息が聞こえた。「そうか」って小さな呟きとともに、ぎゅっと胸に閉じ込められちゃう。

「あっ……」
「良かった。思いきり噛んじまったから、心配で……痛かっただろう?」
「えへ……大丈夫。ぼく、頑丈やもん」

 そう言うと、後頭部にぽんと額が当たる。

「頑張ってくれて、ありがとう」
「宏ちゃん……」

 あたたかな森のフェロモンに包まれて、ほほ笑んだ。
 結ばれたあとね、こうして寄り添っているのが好き。いつもはパジャマを着てるけど、今夜はふたりとも、素肌のまま。でも、お布団をかぶっているから寒くないし……なんだか今は、恥ずかしくないん。ただ、くっついているのが嬉しくて、頬がニコニコしちゃう。
 すると、頬にちゅっとキスされる。

「可愛い……また食べたくなってきた」
「――やぁ、もう無理ですっ」

 甘い声に、真っ赤になる。――あんなにたくさんしたのに、まだ……!? 宏ちゃんはくすりと笑って、ぼくを抱え直した。

「冗談だよ。毒が馴染むまでは、安静にしていような」
「どく……」

 言葉をくり返して――ガーゼの貼られた項が、ふわりと熱を持つ感じがした。宏ちゃんは、ぼくを抱き寄せると、大きな手で下腹を覆った。あ、と息を漏らす。

「この毒が、お前の体を変えてる。俺以外を許さないように……」
「ひろちゃ……」
「もう、俺だけの成なんだ」

 ちゅ、とガーゼの上にキスが落ちる。蜜のような声に、深い幸福が溢れていた。聞いているだけで、ぼくも胸に熱いものがこみ上げてくる。
 
 ――ぼく、本当に。宏ちゃんと、番になれたんやね……

 じわじわと喜びが溢れて、たまらなくなる。


「宏ちゃんっ」

 涙声で、愛しい人を呼んだ。
 本当は振り返って抱きつきたかったけれど、動けなくって。せめて、繋いだ手をギュッと握りしめたん。宏ちゃんは不思議そうに――でも、すぐに握り返してくれる。

「成?」
「宏ちゃん、だい好き……!」

 心から、告げる。――それでも、足りないと思った。こうしているだけで、宏ちゃんへの気持ちが溢れて、止まらへんのやもの。

「ぼくのこと、番にしてくれてありがとう」

 目を閉じると、出会ったころの少年の宏ちゃんが浮かぶ。
 
 『成、お待たせ!』

 ずっと、遊びに来てくれた。
 お膝に乗せて、本を読んでくれた……年上の、優しい幼なじみ。
 
 ――ほんとはね、ずっと夢やった。
 
 大好きな宏ちゃんと番になれたら、どんなに幸せやろうって思ってたん。
 アルファとオメガの一生消えない絆。ずっと一緒にいられる”約束”が、宏ちゃんとできたら、って――。

「夢みたい……嬉しい」
「……成!」

 言い終わるか、終わらないかで、抱き上げられた。仰向けに寝ている宏ちゃんの上に、乗りあげてしまう。驚いていると、夫の優しい眼差しが見つめてくれている。

「俺の台詞だよ……! 俺は、ずっとこの日を待ってた」
「ひろちゃん、」
「嬉しいよ、本当に……ありがとうな」

 目の前で、宏ちゃんの切れ長の瞳が、やわらかに細まった。あんまり綺麗な笑顔に、ぼくは息を飲んで――くしゃりと顔を歪める。
 何でやろう。
 そのとき、ぼくはこの人に愛されてるんやないかって、閃くように思ったん。そして、ぼくもこの人のことを――そう気づいた瞬間、涙がどっと溢れ出した。

「ううっ……!」

 大粒の涙が、宏ちゃんの首にぽたぽたと降り注ぐ。

「ふええ……っ」

 しまいには、声をあげて泣き出したぼくに、宏ちゃんは、優しい困り顔になる。

「ああ……どうした? つらいのか?」
「うう……ちが……っ」

 大きな手が頬を包んで、一生けん命拭ってくれる。ぼくは、「ううん」と繰り返しながら、甘えるみたいに泣いてしまう。
 嬉しかったん。
 やっと、思い出せた――幼いころに心の奥底に閉じ込めた、宝物。

 『ひろにいちゃん、ずっといっしょにいてくれる?』

 ぼくは――ずっと、ずっと……宏ちゃんが大好きやったんやって。
 幸せで、胸が痛い。

「成、泣かないで……俺がいるよ」
「うん……っ」

 昔から変わらず、優しい声が励ましてくれる。
 
 ――ごめんね。すぐに泣き止むから。ずっと、そばにいて……。
 
 ぼくは、愛しい人の温もりに身を寄せて、何度も頷いた。
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