5 / 505
第一章~婚約破棄~
四話
「……あー、あかん! ため息ばっかり。気持ち切り替えよっ」
ぱちん、と両頬を叩き、家事に精を出す。洗濯物を干し、掃除をして、丸サボテンのサボちゃんに水をあげる。
「サボちゃーん、たくさん飲むんやでぇ」
話しかけながら、お水を上げると心が凪いでいく。
サボちゃんはセンターから一緒に来た、ぼくの相棒。
一昨年、センターを出ることになったとき、仲の良い看護師さんが「餞別に」って譲ってくれたんだ。
やから、サボちゃんと向き合っていると、優しい先生たちのことを思い出す。
「……みんな、陽平と暮らすって言うたらいっぱい喜んでくれたなぁ」
家族を持つっていうぼくの夢を、センターの先生たちは知ってくれていたから。
ぼくの婚約者――城山陽平とは、高校一年生のときに出会った。
「なあ、それ。桜庭先生のデビュー作だろ?」
「えっ?」
図書委員の仕事のかたわら、お気に入りの本を読んでいたぼくに、陽平が声をかけてきたんが始まりやった。
陽平は、城山グループっていう大きな会社の御曹司で、アルファ。オメガと言っても、これと言って目立ったところのないぼくとは、同級生って以外に、接点は無かったと思う。
「桜庭先生は「全章シリーズ」が売れてるけど、初期作もいいんだよな。児童書で、ハードボイルドと違いすぎるから、読んでる奴あんまいねえけどさ」
「ええよねっ! とくに、この「さぼてん堂シリーズ」、温かくてじーんとくるってゆうか。親友のヘアピンの話はもう、大号泣」
「わかるわー! 桜庭はトリックもいいけど、真骨頂は人間ドラマなんだよ」
ただ、ぼくらは揃って、推理小説家・桜庭宏樹先生の大ファンやった。
それで意気投合して、友達になったんや。
「春日、新刊読んだか?」
「もちろん! 犯人だれやと思う?」
「俺はなあ、義妹が怪しいと――」
最初は、顔合わすたび本の話ばっかしてて。
「え! 城山くん、センター来たこと無いん? めずらしー」
「両親が恋愛結婚で、好きなやつと結婚しろって方針でな。だから許嫁もいねえ」
「へーっ、素敵なご両親やなあ! あ、でも、いっぺん遊びにおいでよ。ジュース飲み放題やで」
「ぷっ。ガキくせー奴」
次第になんもなくても一緒におるようになって……
「――なあ、成己。お前、俺の婚約者にならねぇ?」
高一の終わりに、そう言ってくれた時は度肝を抜かれた。
だって、フリーのアルファである陽平は、当然ながらモテていて、そのくせ、誰とも付き合う様子はなかったし。ぼくへの態度にも、熱っぽいものを感じたことは無かったから。
「えっ……ぼく? なんで!?」
放課後の、二人っきりの教室で。思わず聞き返したぼくに、陽平はそっぽを向いて言った。
「んー……大した理由はねえけどな。俺、お前となら上手くやってけんじゃねえかって、なんとなく」
夕焼けに照らされた横顔が、めずらしく照れているように見えて……ぼくは、急にどきまぎしたんや。
陽平は、少しぶっきらぼうだけど、真っすぐないい奴で。一緒に居て楽しい、大切な友達だった。
だから――ぼくも、陽平とならと思ったんだ。
「嬉しい……! ぼくも陽平とやったら、ずっと一緒に居たい」
差しだされた手を握ると、陽平は「そっか」って頷いて、ちょっと笑って。
それから、ぼくに触れるだけのキスをした。
「!」
「これからよろしく」
キスしたくせに、ぶっきらぼうな声がおかしくて、ぼくは思わず笑ってしもたんや。
ときめきとか、よくわからんけど……ぼくは陽平が好きやなあ、と思って。
婚約してからも、仲良くやっていたと思う。
そりゃ、ときどき喧嘩もしたけど、お互いに言いたいことを言うほうだから、すぐに仲直りしたし。
陽平が大学に上がるとき、家を出るからと――このマンションの鍵を渡してくれた時は、天にも昇る気持ちやった。
「……うん」
あのときの嬉しさ、忘れたらあかんよね。
サボちゃんの棘をそーっとなでながら、ぼくは頷く。
「それに、あとひと月もしたら、家族になるんやしっ。幼馴染と再会してはしゃいどるくらい、大目に見たらなあかんよな」
一月後の七月八日に、ぼくはニ十歳の誕生日を迎える。
正式に、陽平とも籍を入れて――赤ちゃんを産む準備をすると、城山のご両親とも取り決められていた。
――ぼく、そうしたらお母さんになるんや。旦那さんの友達付き合いくらいで、狼狽えんようにならな。
ぼくは不安を追いやり、むんと気合を入れなおした。
ぱちん、と両頬を叩き、家事に精を出す。洗濯物を干し、掃除をして、丸サボテンのサボちゃんに水をあげる。
「サボちゃーん、たくさん飲むんやでぇ」
話しかけながら、お水を上げると心が凪いでいく。
サボちゃんはセンターから一緒に来た、ぼくの相棒。
一昨年、センターを出ることになったとき、仲の良い看護師さんが「餞別に」って譲ってくれたんだ。
やから、サボちゃんと向き合っていると、優しい先生たちのことを思い出す。
「……みんな、陽平と暮らすって言うたらいっぱい喜んでくれたなぁ」
家族を持つっていうぼくの夢を、センターの先生たちは知ってくれていたから。
ぼくの婚約者――城山陽平とは、高校一年生のときに出会った。
「なあ、それ。桜庭先生のデビュー作だろ?」
「えっ?」
図書委員の仕事のかたわら、お気に入りの本を読んでいたぼくに、陽平が声をかけてきたんが始まりやった。
陽平は、城山グループっていう大きな会社の御曹司で、アルファ。オメガと言っても、これと言って目立ったところのないぼくとは、同級生って以外に、接点は無かったと思う。
「桜庭先生は「全章シリーズ」が売れてるけど、初期作もいいんだよな。児童書で、ハードボイルドと違いすぎるから、読んでる奴あんまいねえけどさ」
「ええよねっ! とくに、この「さぼてん堂シリーズ」、温かくてじーんとくるってゆうか。親友のヘアピンの話はもう、大号泣」
「わかるわー! 桜庭はトリックもいいけど、真骨頂は人間ドラマなんだよ」
ただ、ぼくらは揃って、推理小説家・桜庭宏樹先生の大ファンやった。
それで意気投合して、友達になったんや。
「春日、新刊読んだか?」
「もちろん! 犯人だれやと思う?」
「俺はなあ、義妹が怪しいと――」
最初は、顔合わすたび本の話ばっかしてて。
「え! 城山くん、センター来たこと無いん? めずらしー」
「両親が恋愛結婚で、好きなやつと結婚しろって方針でな。だから許嫁もいねえ」
「へーっ、素敵なご両親やなあ! あ、でも、いっぺん遊びにおいでよ。ジュース飲み放題やで」
「ぷっ。ガキくせー奴」
次第になんもなくても一緒におるようになって……
「――なあ、成己。お前、俺の婚約者にならねぇ?」
高一の終わりに、そう言ってくれた時は度肝を抜かれた。
だって、フリーのアルファである陽平は、当然ながらモテていて、そのくせ、誰とも付き合う様子はなかったし。ぼくへの態度にも、熱っぽいものを感じたことは無かったから。
「えっ……ぼく? なんで!?」
放課後の、二人っきりの教室で。思わず聞き返したぼくに、陽平はそっぽを向いて言った。
「んー……大した理由はねえけどな。俺、お前となら上手くやってけんじゃねえかって、なんとなく」
夕焼けに照らされた横顔が、めずらしく照れているように見えて……ぼくは、急にどきまぎしたんや。
陽平は、少しぶっきらぼうだけど、真っすぐないい奴で。一緒に居て楽しい、大切な友達だった。
だから――ぼくも、陽平とならと思ったんだ。
「嬉しい……! ぼくも陽平とやったら、ずっと一緒に居たい」
差しだされた手を握ると、陽平は「そっか」って頷いて、ちょっと笑って。
それから、ぼくに触れるだけのキスをした。
「!」
「これからよろしく」
キスしたくせに、ぶっきらぼうな声がおかしくて、ぼくは思わず笑ってしもたんや。
ときめきとか、よくわからんけど……ぼくは陽平が好きやなあ、と思って。
婚約してからも、仲良くやっていたと思う。
そりゃ、ときどき喧嘩もしたけど、お互いに言いたいことを言うほうだから、すぐに仲直りしたし。
陽平が大学に上がるとき、家を出るからと――このマンションの鍵を渡してくれた時は、天にも昇る気持ちやった。
「……うん」
あのときの嬉しさ、忘れたらあかんよね。
サボちゃんの棘をそーっとなでながら、ぼくは頷く。
「それに、あとひと月もしたら、家族になるんやしっ。幼馴染と再会してはしゃいどるくらい、大目に見たらなあかんよな」
一月後の七月八日に、ぼくはニ十歳の誕生日を迎える。
正式に、陽平とも籍を入れて――赤ちゃんを産む準備をすると、城山のご両親とも取り決められていた。
――ぼく、そうしたらお母さんになるんや。旦那さんの友達付き合いくらいで、狼狽えんようにならな。
ぼくは不安を追いやり、むんと気合を入れなおした。
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
愛され方を教えて
あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。
次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。
そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。