いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
5 / 485
第一章~婚約破棄~

四話

しおりを挟む
「……あー、あかん! ため息ばっかり。気持ち切り替えよっ」
 
 ぱちん、と両頬を叩き、家事に精を出す。洗濯物を干し、掃除をして、丸サボテンのサボちゃんに水をあげる。
 
「サボちゃーん、たくさん飲むんやでぇ」
 
 話しかけながら、お水を上げると心が凪いでいく。
 サボちゃんはセンターから一緒に来た、ぼくの相棒。
 一昨年、センターを出ることになったとき、仲の良い看護師さんが「餞別に」って譲ってくれたんだ。
 やから、サボちゃんと向き合っていると、優しい先生たちのことを思い出す。
 
「……みんな、陽平と暮らすって言うたらいっぱい喜んでくれたなぁ」
 
 家族を持つっていうぼくの夢を、センターの先生たちは知ってくれていたから。



 
 ぼくの婚約者――城山陽平しろやま・ようへいとは、高校一年生のときに出会った。

「なあ、それ。桜庭先生のデビュー作だろ?」
「えっ?」

 図書委員の仕事のかたわら、お気に入りの本を読んでいたぼくに、陽平が声をかけてきたんが始まりやった。 
 陽平は、城山グループっていう大きな会社の御曹司で、アルファ。オメガと言っても、これと言って目立ったところのないぼくとは、同級生って以外に、接点は無かったと思う。

「桜庭先生は「全章シリーズ」が売れてるけど、初期作もいいんだよな。児童書で、ハードボイルドと違いすぎるから、読んでる奴あんまいねえけどさ」
「ええよねっ! とくに、この「さぼてん堂シリーズ」、温かくてじーんとくるってゆうか。親友のヘアピンの話はもう、大号泣」
「わかるわー! 桜庭はトリックもいいけど、真骨頂は人間ドラマなんだよ」

 ただ、ぼくらは揃って、推理小説家・桜庭宏樹先生の大ファンやった。
 それで意気投合して、友達になったんや。

春日かすが、新刊読んだか?」
「もちろん! 犯人だれやと思う?」
「俺はなあ、義妹が怪しいと――」

 最初は、顔合わすたび本の話ばっかしてて。

「え! 城山くん、センター来たこと無いん? めずらしー」
「両親が恋愛結婚で、好きなやつと結婚しろって方針でな。だから許嫁もいねえ」
「へーっ、素敵なご両親やなあ! あ、でも、いっぺん遊びにおいでよ。ジュース飲み放題やで」
「ぷっ。ガキくせー奴」

 次第になんもなくても一緒におるようになって……
 
「――なあ、成己。お前、俺の婚約者にならねぇ?」
 
 高一の終わりに、そう言ってくれた時は度肝を抜かれた。
 だって、フリーのアルファである陽平は、当然ながらモテていて、そのくせ、誰とも付き合う様子はなかったし。ぼくへの態度にも、熱っぽいものを感じたことは無かったから。
 
「えっ……ぼく? なんで!?」

 放課後の、二人っきりの教室で。思わず聞き返したぼくに、陽平はそっぽを向いて言った。

「んー……大した理由はねえけどな。俺、お前となら上手くやってけんじゃねえかって、なんとなく」
 
 夕焼けに照らされた横顔が、めずらしく照れているように見えて……ぼくは、急にどきまぎしたんや。
 陽平は、少しぶっきらぼうだけど、真っすぐないい奴で。一緒に居て楽しい、大切な友達だった。
 だから――ぼくも、陽平とならと思ったんだ。
 
「嬉しい……! ぼくも陽平とやったら、ずっと一緒に居たい」

 差しだされた手を握ると、陽平は「そっか」って頷いて、ちょっと笑って。
 それから、ぼくに触れるだけのキスをした。

「!」
「これからよろしく」

 キスしたくせに、ぶっきらぼうな声がおかしくて、ぼくは思わず笑ってしもたんや。
 ときめきとか、よくわからんけど……ぼくは陽平が好きやなあ、と思って。 


 婚約してからも、仲良くやっていたと思う。
 そりゃ、ときどき喧嘩もしたけど、お互いに言いたいことを言うほうだから、すぐに仲直りしたし。
 陽平が大学に上がるとき、家を出るからと――このマンションの鍵を渡してくれた時は、天にも昇る気持ちやった。

「……うん」

 あのときの嬉しさ、忘れたらあかんよね。
 サボちゃんの棘をそーっとなでながら、ぼくは頷く。
 
「それに、あとひと月もしたら、家族になるんやしっ。幼馴染と再会してはしゃいどるくらい、大目に見たらなあかんよな」
 
 一月後の七月八日に、ぼくはニ十歳の誕生日を迎える。
 正式に、陽平とも籍を入れて――赤ちゃんを産む準備をすると、城山のご両親とも取り決められていた。
 
――ぼく、そうしたらお母さんになるんや。旦那さんの友達付き合いくらいで、狼狽えんようにならな。
 
 ぼくは不安を追いやり、むんと気合を入れなおした。
 
 
しおりを挟む
感想 261

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

私と幼馴染と十年間の婚約者

川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。 それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。 アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。 婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?

失恋までが初恋です。

あんど もあ
ファンタジー
私の初恋はお兄様。お兄様は、私が五歳の時にご両親を亡くして我が家にやって来て私のお兄様になってくださった方。私は三歳年上の王子様のようなお兄様に一目ぼれでした。それから十年。お兄様にはルシンダ様と言う婚約者が、私にも婚約者らしき者がいますが、初恋は続行中ですの。 そんなマルティーナのお話。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

だって、君は210日のポラリス

大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺 モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。 一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、 突然人生の岐路に立たされた。 ――立春から210日、夏休みの終わる頃。 それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて―― 📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。  エピローグまで公開いたしました。14,000字程度になりました。読み切りの形のときより短くなりました……1000文字ぐらい書き足したのになぁ。

届かない「ただいま」

AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。 「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。 これは「優しさが奪った日常」の物語。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました

山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。 王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。 レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。 3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。 将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ! 「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」 ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている? 婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?

処理中です...