いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
8 / 505
第一章~婚約破棄~

七話

 宏兄――野江宏章のえ・ひろあきは、ぼくの五歳上の幼馴染。
 野江家っていう、有名なアルファの家系の生まれで、上にお兄さんとお姉さんがおるんやって。ぼくが五歳のとき、ご兄弟でセンターに遊びに来た宏兄と出会って、仲良くなったんだ。
 センターへ遊びに来る子はいっぱいいたけど、ぼくと友達になってくれたのは、宏兄が初めて。ぼくにとっては、大事なお兄ちゃんみたいな人や。
 

 
「おーい、成ー!」 
 
『うさぎや』と店名の入ったワゴン車に凭れて、宏兄はぼくを呼んだ。その良く通る声に、道行く人が振り返っては、ぎょっとしたように見ていく。
 彼らの気持ちはわかるんよ。
 だって、よれよれのシャツと地味なチノパンやのにな? 人並み外れた長身のせいか、きれいな顔のせいか、宏兄ってすごいゴージャスなんやもん。
 本人は人の視線もなんのその、子どもみたいに手を振ってるから余計に注目されちゃってる。
 
――もう! 宏兄は天然さんなんやから……
 
 ぼくは笑いを堪えつつ、宏兄のそばへ駆け寄った。 
 
「宏兄、なんでいるん? ひょっとして、お見合いとか?」
「馬鹿、違うよ!」
 
 ふざけて尋ねると、宏兄は顔一杯で笑いながら、ぼくの頭をわしわしと撫でた。
 
「こないだ店に来たとき、今日は検診だって言ってたろ? 近くまで来たんで、迎えに来た」
「やったあ! わざわざありがとう、お兄ちゃん」
 
 ぺこ、と頭を下げる。「調子いいやつ」って小突かれて、くすくす笑った。
 でもな、実は見かけた時点で「もしかして?」って思ってました。宏兄は世話焼きで、あっちこっち、よく迎えに来てくれるから。
 
 ――にしても、ぼく、検診の話なんてしたっけ? ……宏兄、よう覚えてるなあ……
 
 楽ちんってことより、ささいな会話を覚えてくれてるのが嬉しい。
 なんべん言うても約束を忘れる婚約者に、内心でパンチをお見舞いしとったら、宏兄に不思議そうな顔された。
 
「どした、成?」
「あ、ううん! なんでも」
「そうか?」
 
「さあ乗れ」と言わんばかりに助手席のドアを開かれ、ぼくはありがたくお世話になることにした。
 
「おじゃましまーす」
 
 車内は、なぜか八百屋さんみたいな匂いがした。見ると、後部座席にスーパーの袋が雪崩を起こしてて、レタスからしたたる水滴が、花柄のクッションに染みを作ってる。大ざっぱな宏兄らしい――ぼくは慌てて、袋の格好を整える。
 
「お、ありがとな」
「ううん。宏兄、買い出し行ってたん? 手伝ったのに」
「店のじゃなくて、俺の分だから。この近くで安売りしててなー」
 
 運転席に大きな体を押し込むように、宏兄が乗り込んでくる。
 
「よーし。じゃあ、店まで安全運転で行くぞ」
「はい、お願いしまーす」
 
 大真面目な顔でハンドルを握る宏兄に、敬礼で応える。その瞬間、はかったように「きゅう」とお腹が鳴った。真ん丸になった宏兄の目と合って、頬が熱くなる。

「なんだよ、可愛い音させて」
「け、検診やったから。朝から何も食べてなくて」
 
 何のツボに入ったのか、宏兄がくっくっく、と喉の奥で低く笑う。
 恥ずかしくなって言いわけすると、大きな手が頭に乗っかってきた。
 
「よしよし。店ついたら、なんか作ってやるよ」
「えっ、ほんま? ナポリタンでもいい?」
「ナポリタンでもカツでもいいぞ」
「わあ……!」
 
 手放しに喜んでから、はっとする。にやにやする宏兄は、きっと「子供っぽい」と思ってるに違いない。
 
「もう。すぐ子ども扱いするんやから」
「いやー、そんなことないけどなぁ」
「絶対、ウソ!」
 
 笑い声と共に車が発進し、ゆっくりと景色が後ろに遠ざかった。
 まだ梅雨なのに、いいお天気だ。窓を突きぬける日差しに、頬がじりじりする。
 
「宏兄、ちょっと風入れてもいい?」
「いいぞー」
 
 宏兄にことわって、窓を開ける。
 エアコンと違う爽やかな匂いの風が、車内を通り抜けた。夏の陽気にすこし汗ばんでいた肌が、一気に涼しくなる。
 
 ――きもちいい。首輪がなかったら、もっと涼しいのになぁ。
 
 とはいえ、首輪はオメガの項……尊厳を守る生命線やから、仕方ないんやけどね。
 窓に寄り添って涼んでいると、宏兄がため息を吐いている。
 
「どうしたん?」
「いや。子供じゃないから、性質悪いんだよなぁって」
「?」
 
 
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。