いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
10 / 505
第一章~婚約破棄~

九話

「よいしょ……っと!」 
 
 閉店の支度を終えて、最後に入口のシャッターを下ろす。
 忙しく動き回って、たくさんの人とお話したおかげか、気持ちがスッキリしていた。やっぱり、お家にだけいるとあかんことってあるよね。
 
「おつかれ、成」
 
 店内に戻ると、グラスを拭いていた宏兄が微笑む。ぼくも、笑い返した。
 
「宏兄もお疲れ様でした。あ、それ……」
 
 カウンターの上に置かれた四角い包みを指すと、宏兄は頷く。
 
「おう、立花先生の注文のサンドイッチな。今日も、仕事あがりに来られるんだろ?」
「うん。ありがとう、宏兄」
「いやいや。こちらこそ、開店からずっと贔屓にしてもらって、有り難いよ」
 
 あ、立花先生っていうのは、涼子先生のことやで。宏兄はセンターに遊びに来てたから、先生とも仲がええんよ。

「それに、先生は成の姉さんだからなー。俺はたぶん、一生頭が上がらない」
「あはは、何言うてんの。――わあ、良い匂い」

 カウンターの側によると、チキンカツ&サラダサンドの香ばしい匂いがする。また鳴りそうなお腹を慌てておさえると、宏兄が笑う。
 
「成。耳のとこ切ったやつ、食べるか?」
「わーい!」


 
 
 先生も、もうじき来られるやろうってことで、ぼくも先に帰り支度をすることにした。
 カウンターの奥の休憩スペースに入り、外したエプロンを鞄に詰める。机の上に置いてあったスマホを手に取ると――陽平から、不在着信があった。
 
「なんやろー? いっつも連絡せえへんのに、めずらしい」
 
 首を傾げていると、ちょうどスマホが震えはじめた。相手は、もちろん陽平だったので、ぼくは受話器を上げる。
 
『成己。お前、もう帰り?』
「うん、そうやで。どうしたん?」
 
 陽平の後ろが、ガヤガヤしてる。「まだ大学かな」と思っていると、陽平が早口に言う。
 
『先輩に飲み誘われた。たぶん朝になるから、先に寝とけよ』
「ええっ? 早よ帰って来てって言うたのに」
 
 ぼくは、ついぽろっと不平をもらしてしまう。
 すると、電話越しの声がむっとしたようにワントーン低くなった。
 
『仕方ねぇだろ。俺には、付き合いってもんがあんだから。わがまま言うな』
「そ、それは……ごめん」
 
 こういう言われ方されると、困ってしまう。
 だって、大学生の陽平には、ぼくのわからん悩みがあるやろうし。実は人見知りの性の陽平が、頑張って付き合いしてるのも知ってるから、ぼくだって応援したいって思う。
 けど――
 
「わかった。でも、なるたけ午前様にならんようにはしてくれへん? このところ、ちっとも陽平と話せへんの、寂しいんよ」
 
 やからって、言いたいこと全部飲みこみたくない。そんなん、一緒にいる意味ないもん。
 スマホの向こうにいる陽平を見つめるように、沈黙する画面を見つめる。
 
『……昨夜は、ギリギリ夜だったろ』 
 
 ぼそぼそと気まずげに返った応えに、頬が緩む。ついでに、気も緩んでしまった。
 
「うん、そうやね。でも今日も、蓑崎さんがおったから……」
『――はあ?』
 
 陽平の声が剣呑になり、ぼくは「あっ」と口を押さえた。
 蓑崎さんの名前が、猛烈に逆鱗に触れたみたい。陽平がカッカしているのが電話越しにも伝わってきた。
 
『お前……晶を邪魔に思ってたのかよ。いつもニコニコしといて、裏表酷くねぇ?』
「ちょっ……蓑崎さんをどう思うとか、そういうことと違うやん。ぼくはただ、もうちょっと二人の時間を」
『そんなんじゃねえって言ったろ。ったく……晶は、お前のこといつも褒めてんだぞ。なのに』
 
 苛だたし気に言う陽平に、ぼくはポカンとする。
 ぼくら、そんな話してたんと違うよね。なんで、蓑崎さんがかわいそうみたいなことになってるん?
 
「ちょっと待ってよ、陽平」
『もういい。こんなに器の小さい奴と思わなかった』
「はあ??!」
 
 何それ~!?
 そこまで言われちゃ、さすがのぼくもカチンと来る。怒鳴りつけてやろうと息を吸い込んだところで、「ブツッ」と通話の切れる音がした。
 ホーム画面を表示するスマホを握りしめ、ぼくはわなわな震えた。
 
「もうっ、言い逃げやんか! 陽平のアホー!」
 
 
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。