いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第一章~婚約破棄~

十七話

「あ、あの。蓑崎さん?」
 
 ぼくは、恐る恐る部屋の中へ入った。って、ぼくの部屋やのに変やんね。
 蓑崎さんは、ぼんやりとした様子で、こっちに顔を向けた。
 
「……成己くん?」
「はい……ええと、ちょっとごめんなさい。電気つけますね?」
 
 暗がりで話もなんやから、一言ことわって、電灯のスイッチを入れる。「わ」と小さく呻いた蓑崎さんは、眉をしかめて――開いたときには、不思議そうに目を瞬いていた。
 
「あれ? ここ陽平の部屋じゃないじゃん」
「あ、はい。ぼくの部屋ですよ」
 
 なるほど、陽平のお部屋と間違えたんか。
 
「なーんだ……」
 
 蓑崎さんは、気だるそうにちゃぶ台に突っ伏した。「はーぁ」とふかいため息を、何度もついてはる。……な、なんなんやろう? あんまり楽しそうじゃない様子に、ぼくは戸惑う。
 
 ――さっきまでご機嫌そうやったのに……まさか、悪酔いってやつやろか。
 
 ぼくはおろおろと、蓑崎さんの隣にしゃがみこんだ。
 
「あの、大丈夫ですか?」
「なにが?」
「しんどそうですから……お水、持ってきましょうか?」
「ああ、大丈夫。いらない」
 
 蓑崎さんは突っ伏したまま話してて、声がくぐもっていた。
 
 ――どう見ても、大丈夫って感じには見えへんけど……
 
「どうしたものか」と内心で困っていると、蓑崎さんが唐突に声を上げる。
 
「ねえ」
「はいっ?」
「成己くんも、ミステリー好きなの?」
 
 思わぬ質問に、ぼくはびっくりしてしまう。
 いつの間にやら、蓑崎さんの顔がこっちに向いていて、黒い瞳がじっと見あげてきていた。
 ……ふつうに、世間話かな? すこし意図がはっきりした気がして、ぼくはホッとする。
 
「はい! とくに桜庭宏樹が……」
「そうなんだ。あそこの棚、陽平と同じ本ばっかだから、びっくりしたー。趣味ピッタリなんだね」
「そ、そうですか? なんか照れちゃいます」
 
 たしかに、ぼくと陽平の蔵書はかなり似通ってるのかも。
 高校のときから、桜庭先生を始めとして――たくさん、お互いのおススメを教え合って来たから。
 
「陽平、面白い本を見つけると「読め!」って渡してくんです。そしたら、ぼくも大体はまっちゃうんで……もう、完全に罠ですよね」
 
 ちょっと照れくさい気持ちでいると、蓑崎さんは「ふうん」と囁いて、目を伏せた。
 
「いいなぁ。好きな本、たくさん集められて……成己くんって、大切にされてるんだね」
「……あ」
「俺の家は、厳しかったからなぁ」
 
 さみしげな言葉に、はっとする。蓑崎さんは両手を組み合わせ、「うんしょ」と伸びをした。
 
「お金持ちなのにーって、意外でしょ? どっこい、こういう家ほど、ちゃーんと躾は厳しいんだよね。陽平の家もそう。お父様に厳しく言われて、よく泣いてたよ」
「そうなんですか……」
 
 ぼくは小さいころの陽平を思い、胸が痛んだ。
 陽平はお義父さんを尊敬してて、期待に応えようと努力してる。やから……頑張り疲れた時に、ミステリを読むんだって言ってた。「本には答えがあるから、すっきりする」って。
 しんみりとしていると、蓑崎さんは目を細め、話し続ける。
 
「成己くん、陽平のことわかってあげてね。あいつ、ワガママに見えるかもだけど……親に縛られちゃって大変なの。俺も同じだからわかるんだ」
「蓑崎さん……はい、がんばります」
 
 ぼくも陽平には、健やかにしててほしい。意思を込めて見返すと、蓑崎さんはにこっとする。
 
「よしよし、いい子だね!」
「うわぁ!?」
 
 伸びてきた両手に頬を挟まれて、もみくちゃにされてまう。顔のパーツが真ん中に寄っちゃいそうになって、ぼくは身を捩って逃れた。
 
「ちょ、何するんですかっ?」
「えー、ほんのじゃれあいじゃない。成己くんって、つまんなーい」
「むっ……もう、酔っ払いの相手、できませんからっ」
 
 ぷんぷんして立ちあがるぼくを、蓑崎さんは悪戯っぽい目で見上げる。
 
「ねえ、連絡先交換しない? 陽平のこと、今後もいろいろ教えてあげるからさ」
 
 
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