20 / 505
第一章~婚約破棄~
十九話
「なるほど……牛肉を赤ワインで煮込んで……」
お昼すぎ、買い物のついでに立ち寄った本屋さんで、ぼくは料理本を読みふけっていた。
昨夜の、ブッフ・ブルギニョンってどういうお料理なんかなぁって、気になって。ほしたら、フランス料理やったみたいで、「そら知らんわーい」ってひっくり返りたくなった。
「フレンチって、ご家庭で作れるもんなんや……お義母さんも、蓑崎さんもすごいなぁ……」
ぼくは、ほうと息を吐く。……でも、そういえば。初めての顔合わせのとき、フレンチレストランやった。ぼく、フレンチ自体初めてで、死ぬほど緊張してたから、味わうどころと違ったけど。
陽平が、「家族で行きつけのお店」やって言うてたのは、すごい嬉しかったから覚えてる。
「つまり……城山家――陽平にとってフレンチは、それくらい馴染みぶかいもの、ってことなんやね」
言葉にして、きゅっと唇を引き結ぶ。
ぼくにとってのご家庭の味って言うのは、センターのごはんやと思う。小さいころから食べてる味って、美味しいのもそうやけど、食べると安心するよね。やから、どこへ行っても思い出せるように、家庭科の先生にごはん習ったんよ。
でも、陽平はこの先、ぼくのごはん食べていくんやし……城山家の味が、恋しくなることもあるよね。
「よしっ……! ぼくもフレンチ作れるようになって、陽平のこと驚かせたろ!」
ふんすと気合をこめ、フレンチ料理の指南書を物色することにする。初心者向けで、ブッフブルギニョンの作り方が載ってる本が良い。あんまり、最初っから難しいのにすると挫折しそうやし。
あれこれ手に取って、真剣にページをめくる。
「うーん、デにするって何……あっ、すみません」
何冊目かの本を開いて、専門用語に首を傾げたとき――後ろを人が通った。帽子を深くかぶった、背の高い男の人。その人の鞄がお尻をつっかえたんで、慌てて体を避けた。
――いけない、いけない。夢中になって、邪魔になっちゃってたのかな。
さっきよりも棚に身を寄せて、本を見ていると……また、お尻にトン、と何か当たる。「あれ?」と思って振り返ると、さっきの人が隣で本を見ていた。肘も触れそうな近さに、ちょっとぎょっとする。
「……わっ」
び、びっくりしたぁ。あんまり近くに人がおると、落ち着かんよね。
さりげなく距離を置いて、本を見ていると――とんって、お尻に軽い衝撃。すると、さっきの人がまた、隣にいる。
――え……何この人。なんでまた、横に来るん?
ぼくは、さすがに怪訝に思う。
恐る恐る目線を下にやると、その人の鞄が当たってる。……偶然かもしれへんけど、なんかすごい嫌な感じがして。ぼくは本を抱えたまま、慌ててその場を離れた。
「……な、何なんやろ」
早足に歩いて、文庫本の並ぶ棚の辺りに出て、やっと足を止める。
平日の昼間のせいか、あんまりお客さんがおらんみたい。あたりを見回しても人影はなくて――ほっと息を吐く。
「ふう……勢いで、こんなとこまで来てしもた。お料理の本、いっぱい持ってるのに……」
戻しに行かなあかんけど、さっきの人いたら嫌やしなあ。
うーんと悩んで、目前の棚を見れば、ちょうど推理文庫の並びやと気づく。ぱっ、と気分が明るくなった。
「あーっ、カバー変わってるっ」
全章シリーズの新装版が並んでて、歓声を上げる。そういえば、漫画家さんとのコラボでカバーが変わるって、宏兄が話してたような。少年漫画風のイラストに惹かれて、思わず手に取った。
「わあ~、全章若い! でも、かっこいい……!」
この本持ってるけど、欲しくなっちゃうっ。
陽平にも見せてあげたいし、ここはひとつ奮発しちゃおうかな。腕に抱えて、笑顔で踵を返して――ぎくりとした。
「……ひっ!」
さ……さっきの人が……いる。茫洋とした顔がこっちを見ていて、喉で吐息が凝った。
何この人、なんで……まさか、追っかけてきた? 心からゾ~ッとして、ぼくはともかく、距離を取ろうとした。でも、
どんっ。
「あっ!」
男は、ぼくを棚の間に閉じ込めるように、立ちふさがってきた。おなかも触れそうな距離で、上から覆いかぶさるように迫られて、パニックになる。
「なっ? ちょっ……どいてくださいっ!」
「……」
男は荒い息を吐きながら、なんかぶつぶつ呟いてる。不明瞭な声やったけど、「オメガ」とか「お前が誘った」とか、かろうじて聞こえた。
――こ、怖……なにこの人っ!
気持ち悪くて、頬まで鳥肌が立つ。
「やめて! ど、どいてってば……! ちょっと、聞いてます?!」
どうしよう……! 逃げたいのに、体が竦んでよう動かへん。ぼくは本をぎゅっと抱えて、必死に男を睨んだ。すると何故か、相手は顔を赤くして、手を伸ばしてくる。
「やっ」
思わず、ぎゅっと目をつぶった瞬間。
「――何してんだ、お前ッ!」
低い声が、鋭く耳朶を打つ。
次の瞬間、魂消るような男の悲鳴が響いた。ハッとして目を開けると、そこに居たのは――
「宏兄っ……?!」
「成、無事か!?」
怖い顔をした宏兄が、泣きわめく男の腕を、きつくねじり上げていた。
お昼すぎ、買い物のついでに立ち寄った本屋さんで、ぼくは料理本を読みふけっていた。
昨夜の、ブッフ・ブルギニョンってどういうお料理なんかなぁって、気になって。ほしたら、フランス料理やったみたいで、「そら知らんわーい」ってひっくり返りたくなった。
「フレンチって、ご家庭で作れるもんなんや……お義母さんも、蓑崎さんもすごいなぁ……」
ぼくは、ほうと息を吐く。……でも、そういえば。初めての顔合わせのとき、フレンチレストランやった。ぼく、フレンチ自体初めてで、死ぬほど緊張してたから、味わうどころと違ったけど。
陽平が、「家族で行きつけのお店」やって言うてたのは、すごい嬉しかったから覚えてる。
「つまり……城山家――陽平にとってフレンチは、それくらい馴染みぶかいもの、ってことなんやね」
言葉にして、きゅっと唇を引き結ぶ。
ぼくにとってのご家庭の味って言うのは、センターのごはんやと思う。小さいころから食べてる味って、美味しいのもそうやけど、食べると安心するよね。やから、どこへ行っても思い出せるように、家庭科の先生にごはん習ったんよ。
でも、陽平はこの先、ぼくのごはん食べていくんやし……城山家の味が、恋しくなることもあるよね。
「よしっ……! ぼくもフレンチ作れるようになって、陽平のこと驚かせたろ!」
ふんすと気合をこめ、フレンチ料理の指南書を物色することにする。初心者向けで、ブッフブルギニョンの作り方が載ってる本が良い。あんまり、最初っから難しいのにすると挫折しそうやし。
あれこれ手に取って、真剣にページをめくる。
「うーん、デにするって何……あっ、すみません」
何冊目かの本を開いて、専門用語に首を傾げたとき――後ろを人が通った。帽子を深くかぶった、背の高い男の人。その人の鞄がお尻をつっかえたんで、慌てて体を避けた。
――いけない、いけない。夢中になって、邪魔になっちゃってたのかな。
さっきよりも棚に身を寄せて、本を見ていると……また、お尻にトン、と何か当たる。「あれ?」と思って振り返ると、さっきの人が隣で本を見ていた。肘も触れそうな近さに、ちょっとぎょっとする。
「……わっ」
び、びっくりしたぁ。あんまり近くに人がおると、落ち着かんよね。
さりげなく距離を置いて、本を見ていると――とんって、お尻に軽い衝撃。すると、さっきの人がまた、隣にいる。
――え……何この人。なんでまた、横に来るん?
ぼくは、さすがに怪訝に思う。
恐る恐る目線を下にやると、その人の鞄が当たってる。……偶然かもしれへんけど、なんかすごい嫌な感じがして。ぼくは本を抱えたまま、慌ててその場を離れた。
「……な、何なんやろ」
早足に歩いて、文庫本の並ぶ棚の辺りに出て、やっと足を止める。
平日の昼間のせいか、あんまりお客さんがおらんみたい。あたりを見回しても人影はなくて――ほっと息を吐く。
「ふう……勢いで、こんなとこまで来てしもた。お料理の本、いっぱい持ってるのに……」
戻しに行かなあかんけど、さっきの人いたら嫌やしなあ。
うーんと悩んで、目前の棚を見れば、ちょうど推理文庫の並びやと気づく。ぱっ、と気分が明るくなった。
「あーっ、カバー変わってるっ」
全章シリーズの新装版が並んでて、歓声を上げる。そういえば、漫画家さんとのコラボでカバーが変わるって、宏兄が話してたような。少年漫画風のイラストに惹かれて、思わず手に取った。
「わあ~、全章若い! でも、かっこいい……!」
この本持ってるけど、欲しくなっちゃうっ。
陽平にも見せてあげたいし、ここはひとつ奮発しちゃおうかな。腕に抱えて、笑顔で踵を返して――ぎくりとした。
「……ひっ!」
さ……さっきの人が……いる。茫洋とした顔がこっちを見ていて、喉で吐息が凝った。
何この人、なんで……まさか、追っかけてきた? 心からゾ~ッとして、ぼくはともかく、距離を取ろうとした。でも、
どんっ。
「あっ!」
男は、ぼくを棚の間に閉じ込めるように、立ちふさがってきた。おなかも触れそうな距離で、上から覆いかぶさるように迫られて、パニックになる。
「なっ? ちょっ……どいてくださいっ!」
「……」
男は荒い息を吐きながら、なんかぶつぶつ呟いてる。不明瞭な声やったけど、「オメガ」とか「お前が誘った」とか、かろうじて聞こえた。
――こ、怖……なにこの人っ!
気持ち悪くて、頬まで鳥肌が立つ。
「やめて! ど、どいてってば……! ちょっと、聞いてます?!」
どうしよう……! 逃げたいのに、体が竦んでよう動かへん。ぼくは本をぎゅっと抱えて、必死に男を睨んだ。すると何故か、相手は顔を赤くして、手を伸ばしてくる。
「やっ」
思わず、ぎゅっと目をつぶった瞬間。
「――何してんだ、お前ッ!」
低い声が、鋭く耳朶を打つ。
次の瞬間、魂消るような男の悲鳴が響いた。ハッとして目を開けると、そこに居たのは――
「宏兄っ……?!」
「成、無事か!?」
怖い顔をした宏兄が、泣きわめく男の腕を、きつくねじり上げていた。
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
愛され方を教えて
あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。
次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。
そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。