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第一章~婚約破棄~
二十八話
「……あっ!」
気が付くと、ソファに横になっていた。身じろいだ拍子に、からだに掛けられたブランケットがずりおちた。慌てて引っ張りながら、ぼくは混乱する。
――ええっ……ぼく、寝て……どうして?
体を起こして、辺りを見れば――そこは、うさぎやの休憩室やった。
「あっ」
それで、記憶がくるくると巻き戻る。
あの後――宏兄に抱きしめられて、ホッとして。それまでの、極度の緊張がきれたせいか……なぞの眠気が襲ってきたん。ぼくは、かくん、と膝が腑抜けになって、宏兄の胸に倒れ込んじゃって。
「……眠いのか? 成」
「ううん。大丈夫……」
ぼくを抱き留めて、宏兄が穏やかに囁く。
温かい胸に凭れていると、とろりと瞼が落ちそうになる。――でも、流石に寝るわけにはいかへん。
必死に意識を繋ぎとめようとしてたら、頭上で笑う気配がした。
「いいよ、寝ちまえ。運んでやるから」
「……ん」
耳の奥に低い声が響いて、脳が静かに揺らされていく。優しく背中を擦られているうちに、ぼくは、とろとろと眠りの中に落ちて行った――
「ああ~……」
ぼくは、両手で顔を覆った。
なんでそうなるの、ぼく……?! あの状況でぐうぐう寝ちゃうとか、ありえへんねんけどっ。
――宏兄、わざわざ運んでくれて……寝かしつけてくれたんや。
申し訳ないやら、恥ずかしいやら。
自分の図太さに頭を抱えていると、休憩室のドアの向こうから、微かに話声が聞こえてきた。――宏兄と、百井さんの声。
「あ、打ち合わせ……!」
ぼくは、椅子の上に置かれていた鞄を見つけ、スマホを取り出すと時間を見た。あれから、一時間は過ぎてるみたいや。慌ててブランケットを畳んで、部屋を出る。
「あの……」
「成。起きたのか?」
テーブル席に座ってた宏兄が、すぐに振り返る。その正面にいた百井さんが、心配そうに眉を下げて言う。
「大丈夫? 成己くん」
「はいっ。全然、へいきです!」
ことさら元気に頷く。ホッとしたように笑う百井さんに、えへと笑み返す。――眠かっただけやのに、心配をかけて申し訳ないです。
すると、宏兄が歩み寄ってくる。
「疲れてるんじゃないか。まだ眠ってていいんだぞ?」
「う、ううん! 大丈夫……もう、スッキリしてるから」
「そうか?」
温かな手で頭を撫でられて、ぼくはきゅっと目を細める。
怒りは、跡形もなくほどけていて――宏兄はすっかり、いつもの穏やかな宏兄やった。優しい目にじっと顔を覗き込まれ、たじろいでまう。
「えっと、もう平気やから。なにか、お手伝いしたいですっ」
それから、ぼくは打ち合わせの邪魔をせんように、お手伝いをさせてもらった。
休憩室で食器を磨いたり、こそこそ二人にコーヒーを持ってったりして。
二人とも、「お店の方にいていいよ」って言ってくれたけど、そこは固辞する。そこは、ぼくにとっては領分の外やと思うから。
一時間後――
打合せが無事に終わって、晴れやかな顔の百井さんを、宏兄と見送った。
「百井さん。今日は、ありがとうございました」
「こちらこそです! 今後の予定が決まったら、ご連絡しますんで。じゃんじゃん書いといてくださいよ」
「はは、わかりました。よろしくお願いします」
「失礼しますね。――成己くんも、またね!」
勝手口に半分体をくぐらせた百井さんが、笑顔で手を振る。ぼくも笑って、ぺこりと頭を下げた。
「はいっ。百井さん、お仕事頑張ってくださいね!」
「ありがとう!」
小走りに外に出ていった百井さんが、門前で待たせていたタクシーに乗り込む。滑るように走りだした車が、角を曲がるまで見送って――宏兄が、ぼくを振り返った。
「百井さんは、いつも元気だなあ」
「う、うん。そうやねっ」
大らかな笑顔を向けられて、ぼくはうろうろと視線をさ迷わせた。
「ん? どした」
「あ……なんでもないっ」
千切れそうなほど首を振ったら、宏兄は「なんだよー」って陽気に笑っている。
でも、ぼくはと言うと……宏兄の顔が見れなかった。
――は、恥ずかしい……! ぼく、めっちゃ甘えてしもたよね……!?
なんか、二人になった途端、完全にわれに返っちゃったというか。
自分の甘えた振る舞いを思い出して「わああ」と脳内で叫んで、転がりまわる。
結局、ちゃんと謝れてもないし。馬鹿みたいにごねて、甘えて……まんま子どもやんっ!
「うぅ……」
出来ることなら、二時間前に戻って、ぼくを穴に埋めてしまいたい。火のように熱る顔を、両手で押さえて呻いていると……ぽんっと頭に温かかな重みが乗っかった。
顔を上げれば、宏兄がぼくを覗き込んでいて。
「成、なに百面相してるんだ?」
「あ……な、なんでも」
「ほう」
つい目を逸らしたくなるのを堪えて、笑い返すと……宏兄は、にやりとする。
「そんな照れなくてもいいだろ? 誰だって泣くんだから」
「……っ! な、泣いてないもんっ。かろうじて耐えました!」
からかわれて、頬が一気に燃えあがった。
ぽか、と大きな胸を叩くと、拳が手のひらに包まれてまう。意地悪!
「もう、宏兄っ」
きっと睨みあげると、宏兄は微笑んでいた。
「まあ、俺は嬉しかったけどな」
気が付くと、ソファに横になっていた。身じろいだ拍子に、からだに掛けられたブランケットがずりおちた。慌てて引っ張りながら、ぼくは混乱する。
――ええっ……ぼく、寝て……どうして?
体を起こして、辺りを見れば――そこは、うさぎやの休憩室やった。
「あっ」
それで、記憶がくるくると巻き戻る。
あの後――宏兄に抱きしめられて、ホッとして。それまでの、極度の緊張がきれたせいか……なぞの眠気が襲ってきたん。ぼくは、かくん、と膝が腑抜けになって、宏兄の胸に倒れ込んじゃって。
「……眠いのか? 成」
「ううん。大丈夫……」
ぼくを抱き留めて、宏兄が穏やかに囁く。
温かい胸に凭れていると、とろりと瞼が落ちそうになる。――でも、流石に寝るわけにはいかへん。
必死に意識を繋ぎとめようとしてたら、頭上で笑う気配がした。
「いいよ、寝ちまえ。運んでやるから」
「……ん」
耳の奥に低い声が響いて、脳が静かに揺らされていく。優しく背中を擦られているうちに、ぼくは、とろとろと眠りの中に落ちて行った――
「ああ~……」
ぼくは、両手で顔を覆った。
なんでそうなるの、ぼく……?! あの状況でぐうぐう寝ちゃうとか、ありえへんねんけどっ。
――宏兄、わざわざ運んでくれて……寝かしつけてくれたんや。
申し訳ないやら、恥ずかしいやら。
自分の図太さに頭を抱えていると、休憩室のドアの向こうから、微かに話声が聞こえてきた。――宏兄と、百井さんの声。
「あ、打ち合わせ……!」
ぼくは、椅子の上に置かれていた鞄を見つけ、スマホを取り出すと時間を見た。あれから、一時間は過ぎてるみたいや。慌ててブランケットを畳んで、部屋を出る。
「あの……」
「成。起きたのか?」
テーブル席に座ってた宏兄が、すぐに振り返る。その正面にいた百井さんが、心配そうに眉を下げて言う。
「大丈夫? 成己くん」
「はいっ。全然、へいきです!」
ことさら元気に頷く。ホッとしたように笑う百井さんに、えへと笑み返す。――眠かっただけやのに、心配をかけて申し訳ないです。
すると、宏兄が歩み寄ってくる。
「疲れてるんじゃないか。まだ眠ってていいんだぞ?」
「う、ううん! 大丈夫……もう、スッキリしてるから」
「そうか?」
温かな手で頭を撫でられて、ぼくはきゅっと目を細める。
怒りは、跡形もなくほどけていて――宏兄はすっかり、いつもの穏やかな宏兄やった。優しい目にじっと顔を覗き込まれ、たじろいでまう。
「えっと、もう平気やから。なにか、お手伝いしたいですっ」
それから、ぼくは打ち合わせの邪魔をせんように、お手伝いをさせてもらった。
休憩室で食器を磨いたり、こそこそ二人にコーヒーを持ってったりして。
二人とも、「お店の方にいていいよ」って言ってくれたけど、そこは固辞する。そこは、ぼくにとっては領分の外やと思うから。
一時間後――
打合せが無事に終わって、晴れやかな顔の百井さんを、宏兄と見送った。
「百井さん。今日は、ありがとうございました」
「こちらこそです! 今後の予定が決まったら、ご連絡しますんで。じゃんじゃん書いといてくださいよ」
「はは、わかりました。よろしくお願いします」
「失礼しますね。――成己くんも、またね!」
勝手口に半分体をくぐらせた百井さんが、笑顔で手を振る。ぼくも笑って、ぺこりと頭を下げた。
「はいっ。百井さん、お仕事頑張ってくださいね!」
「ありがとう!」
小走りに外に出ていった百井さんが、門前で待たせていたタクシーに乗り込む。滑るように走りだした車が、角を曲がるまで見送って――宏兄が、ぼくを振り返った。
「百井さんは、いつも元気だなあ」
「う、うん。そうやねっ」
大らかな笑顔を向けられて、ぼくはうろうろと視線をさ迷わせた。
「ん? どした」
「あ……なんでもないっ」
千切れそうなほど首を振ったら、宏兄は「なんだよー」って陽気に笑っている。
でも、ぼくはと言うと……宏兄の顔が見れなかった。
――は、恥ずかしい……! ぼく、めっちゃ甘えてしもたよね……!?
なんか、二人になった途端、完全にわれに返っちゃったというか。
自分の甘えた振る舞いを思い出して「わああ」と脳内で叫んで、転がりまわる。
結局、ちゃんと謝れてもないし。馬鹿みたいにごねて、甘えて……まんま子どもやんっ!
「うぅ……」
出来ることなら、二時間前に戻って、ぼくを穴に埋めてしまいたい。火のように熱る顔を、両手で押さえて呻いていると……ぽんっと頭に温かかな重みが乗っかった。
顔を上げれば、宏兄がぼくを覗き込んでいて。
「成、なに百面相してるんだ?」
「あ……な、なんでも」
「ほう」
つい目を逸らしたくなるのを堪えて、笑い返すと……宏兄は、にやりとする。
「そんな照れなくてもいいだろ? 誰だって泣くんだから」
「……っ! な、泣いてないもんっ。かろうじて耐えました!」
からかわれて、頬が一気に燃えあがった。
ぽか、と大きな胸を叩くと、拳が手のひらに包まれてまう。意地悪!
「もう、宏兄っ」
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