いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
37 / 505
第一章~婚約破棄~

三十六話 

 それから、一時間ほど経ち――
 予想通りというか、潰れたり眠ったりする人も出始めて。避難所にした廊下には、酔っぱらいの皆さんが、ごろんごろんと横たわっている。

「おえええ……成己さん、すんません……」
「大丈夫ですよ。すっきりしたら、横になってくださいね」

 ビニル袋を張ったバケツに顔をつっこんで、げぼを吐いているお客さんの背を擦る。
 飲み会のときは、ミニバケツ(袋つき)をいっぱい用意しとくん。去年、初めての飲み会で家の中が酷いことになったから、その教訓やねん。

「奥さん。俺、そいつ寝かせますね」
「あ、岩瀬さん。ありがとうございますっ」

 腕まくりした岩瀬さんが、お客さんを廊下に寝かせてくれる。渡辺さんが、新しい屍……もといお客さんを引きずってきはった。
 ぼくはげぼ袋を始末し、お二人に頭を下げる。

「岩瀬さん、渡辺さん。すみません、ほんまに助かります」
「いやいや! これくらい当然すよ。むしろ奥さんひとりで、大変でしょ」

 岩瀬さんが、ぶんぶんと首を振る。渡辺さんは、リビングを指さして苦笑した。

「気にせんでください。あっち居ても、俺らすること無いですから」
「岩瀬さん、渡辺さん……」

 お二人の親切が心にしみて、ジーンとする。にっこり笑い合っていると――リビングの方から、どっ! と賑やかな歓声が上がった。
 岩瀬さんが、眉を顰める。

「そろそろ、落ち着いてくれたらいいんすけどねえ……」


 

 お二人が、廊下の酔客たちの介抱を引き受けてくれたので、ぼくはいったんリビングへ戻った。

「いいぞー!」
「飲め飲め!」

 部屋の中は、お酒の匂いと人の熱気が渦巻いてた。
 みんなの中心で、蓑崎さんが景気よくカクテルを呷っている。
 
「……ぷはっ! 美味しい」

 グラスをあけた蓑崎さんが、口元を拭う。きゅっと目を細めて笑うと、白皙の美貌が幼く見えた。
 やんや、と囃し立てる声のなか、近藤さんが嬉しそうに笑う。

「蓑崎、美味そうに飲むよなあ。そんだけ強いと、どうも潰してみたくなるわ」
「あはは、勝負します? 返り討ちにしてやりますよ」

 勝ち気に笑う蓑崎さんに、近藤さんは面白そうに目を丸める。陽平が呆れ声で言う。

「馬鹿、そろそろ飲み過ぎだろ」
「は? 全然だっつーの」

 言い合う二人に、近藤さんが自分のグラスをずいと差し出した。
 
「なら、こっちも飲んでみるか?」
「え、なんですか?」
「ジンベースのカクテルだよ。さすがにキツイか?」

 からかうような言葉に、蓑崎さんはムッと眉を顰めた。あっ、と思う間もなく、グラスを引ったくり口をつける。

「おい、晶!?」
「ん……なんだ、大したことないですね」

 一息に、近藤さんのグラスを空にした蓑崎さんに、陽平が焦った声を上げる。
 蓑崎さんは、余裕そうに笑っているものの……真っ赤になって、目が潤んでいる。
 ほんまは、かなり酔ってそうや。

――だ、大丈夫なんかな……ジンって、強いお酒やんな?

 とりあえず、水の準備しよう。
 キッチンにぱたぱた向かう最中、近藤さんの上機嫌な声が聞こえてきた。

「ははは! マジでいいわ、お前」
「ふふ、そうでしょう?」
「馬鹿、晶……! お前、ジンなんて飲んだことねーだろ。熱くなりすぎだ」

 コップに水を注いでいると、得意げな蓑崎さんを陽平が窘めているのが聞こえた。……すごく心配そうな、優しい声や。

――陽平は、友達思いやから……でも今は、ちょっと胸が痛いかも……

「……って、そんな場合とちゃうっ」

 グジグジした気持ちを振り切るように、急いで蓑崎さんのもとへ向かった。

「蓑崎さん、はい。お水どうぞ」
「えー、いらない」

 グラスを差し出すと、ぷいと顔を背けられた。子どものような態度に、呆気にとられてまう。
 陽平が眉根を寄せた。

「痩せ我慢してないで飲めよ。顔、真っ赤だぞ」
「は? 暑いだけだし……こうすりゃいいだろ?」

 不機嫌そうに吐き捨てた蓑崎さんは、いきなり上着を脱いでしまった。黒いタンクトップだけになって、白い肩や滑らかなデコルテが露になる。
 ぼくも陽平も、ぎょっとした。

「み、蓑崎さん!」
「馬ッ鹿、晶!」
「ひゅーっ!」

 隣の近藤さんが、口笛を吹いた。他のお客さんも、蓑崎さんの姿に釘付けになってる。
 心なしか――酔いのせいだけでなく、目がぎらぎらしてるようや。

――ま、まずい……!

 ぼくは慌てて、蓑崎さんの腕を引いた。

「蓑崎さん、だいぶ酔ってるでしょ! あっち行きましょ!」
「うるさいなあ、放っといてよー」
「あっ」

 ぶん、と腕を払われて、後ろに倒れ込んだ。勢いが強くて、ころんとでんぐり返ってまう。
 どっ、と笑われて、恥ずかしさに頬が熱くなった。

「ほら、晶。行くぞ!」
「やだって。まだ飲む」

 陽平がなんど促しても、蓑崎さんはテーブルにしがみついて動かない。完全に、挙動が酔っぱらいのそれや。
 陽平を助太刀しなきゃ――慌てて近づいて、ハッとする。

「陽平……」

 陽平は、見たことが無いほど怖い顔をしていた。蓑崎さんを見る人から、庇うように――睨みつけて威嚇している。

 ――守ろうと、必死みたいや。

 陽平の変化に、そら恐ろしいナニカを感じ、固まってしまう。
 すると、近藤さんが笑った。

「おい城山、無理強いすんなよ! 蓑崎は飲みたいつってんじゃん」
「そうだ、そうだっ」

 応援が現れ、蓑崎さんは近藤さんにニコニコと身を寄せる。陽平の米神に青筋が立ったのを見て、ぼくは我にかえる。
 けど、次の瞬間――近藤さんが予想もしない行動にでたんや。

「可愛いなあ、蓑崎! ぎゅー!」
「……っ?!」

 背後から、蓑崎さんに抱きついた。
 がっしりした腕が、華奢な胸とお腹に回り――蓑崎さんの目が、見開かれる。

「……やっ……!」

 蓑崎さんの唇が、怯えのこもった悲鳴を漏らした。と、思ったら、ぼくの隣の影が凄まじいスピードで動く。

――バキッ!

 鈍い音が響き、近藤さんが吹っ飛んだ。
 陽平や。
 陽平が、拳を振り抜いていた。
 近藤さんは、テーブルの上に倒れ込み、すごい破壊音が鳴り響く。

「陽平……!!!」

感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。