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第一章~婚約破棄~
三十九話
お昼過ぎ――ぼくは、とあるマンションの一室で、ある女性と向き合っていた。
「この度は、本当に申し訳ありませんでした……!」
正座のまま深く頭を下げると、頭上で軽やかな笑い声が響く。
「やだぁ、成己くん。そんな固くならないでよ」
笑い声は、くすくすからワハハに変わり、室内の静寂を吹き飛ばした。ぼくは頭を下げ続けながら、目を白黒させる。
「えっ。いえ、友菜さん。陽平が、近藤さんを殴ってしまって……」
「いーわよ、そんなの! レンジが馬鹿なことしたって、あいつの仲間から聞いてるよ」
ポンポンと肩を叩かれて、思わず顔を上げる。
勝気そうな雰囲気の女性――友菜さんが、にかっと快活な笑みを浮かべていた。
「たまに殴られるくらい、いい薬だってば!」
元気よく笑い飛ばされて、ふっとからだの強張りがほどけてまう。
友菜さんは――近藤さんの恋人さんやねん。
レンジって言うのは近藤さんのことで――彼を通して、恋人の友菜さんとも、ぼくは仲良くさせてもらってて。
『ありゃ、そう? 今日の午後なら、家にいるわよ』
謝罪に伺いたいと言ったら、快く応じてもらえて、ほっとした。
どう考えても、昨日の陽平のしたことを……そのままにはしておけへんから。まず、ぼくだけでも謝りに行こうと思って、お二人のお宅にお邪魔してるわけなんよ(近藤さん、友菜さん家に住んではるねん)。
友菜さんは、ぼくの頬をつつく。
「ほら、悲しい顔しない。レンジには、あたしが上手い事言っとくから。ねっ」
「友菜さん……」
快活な笑みを向けられ、じんと瞼が熱くなる。
友菜さんは、優しい。近藤さん主催のバーベキューで初めてお会いしたときから、ずっと優しくしてくれて。
右も左もわからんぼくを、いっぱい助けてくれた。ぼくに先輩があるなら、友菜さんやと思う。
「友菜さん、本当にごめんなさい……!」
もう一度、頭を下げると「こら!」と睨まれる。
「しつこい! そんなに謝るなら、あたしも土下座するわよ。あの馬鹿がいつも押しかけて、迷惑代として」
「わあ、やめてくださいっ! うちは賑やかなの好きやから、ええんですっ」
どん、と床に手を突かれて、ぼくは慌てて止めた。友菜さんは、不満そうにしぶしぶと身を起こす。
「いいのに、無理しなくて。あいつ、お調子者だし――まあ、今日は大人しいけど」
言いながら、友菜さんが顎で襖を指す。
続きの間の、寝室。そこには今、近藤さんが寝てるらしい。
「あ。やっぱり、お怪我がわるいんですね……」
「いや、ぜーんぜん。一応、病院で検査してもらったけど、なんともなかったわ。成己くんが来るから、起きとけって言ったんだけどね。大方、ばつが悪くなって、顔見せらんないのよ」
肩を竦める友菜さんに、ぼくは目を丸くした。
「ばつが悪い……ですか?」
「レンジねー、外じゃ超イキってるけど、マジで小心者だから。お酒が抜けて、「成己くんに失礼しちゃった、どうしよう」モードに入ったんだと思う」
「えっ」
「なら、出てきて謝れって感じよねーっ」
友菜さんは、あははと大きな口を開けて笑った。
すっかりあっけに取られていると、友菜さんが笑いを治める。
「成己くん、レンジがごめんね。ホントお調子者だし、お酒飲むとろくでも無いことばっかやるし。まあ、バカ丸出しなんだけど――根は、悪いやつじゃないの。どうか、嫌わないでやってくれる?」
「友菜さん……」
言葉では、けちょんけちょんに言うてるのに、近藤さんを「大好き」やて伝えられたみたい。それほど、あったかい声と眼差しを受け――ぼくは、じんわりしながら頷いた。
「とんでもないです。こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
正直――本当に、当惑させられることも多い、近藤さんなんやけど。友菜さんみたいに優しい人が、大切に想ってる人やから。きっと、根から悪い人やないはず……そう思う。
「ありがとう!」
友菜さんは、ほっとしたように笑ってくれた。
そうして、ぼくは友菜さんの家を辞した。
「なんか、悪いわぁ。美味しそうなゼリーまで貰っちゃって」
「いえ、心ばかりのもので……! 今日は、本当にありがとうございました。近藤さんにも、よろしくお伝えください」
「あはは、こちらこそ。今度、たこパするから、遊びにおいでね」
「はいっ、ぜひ!」
ぺこり、と深く頭を下げて、手を振ってくれる友菜さんと別れる。マンションの階段を下りて、敷地を出たところで――ぼくは、目を丸くする。
「宏兄っ」
「よう、成」
マンションの塀に凭れていた宏兄が、ひょいと手を上げる。ぼくは、ぱたぱたと駆け寄った。
「宏兄、ずっと待っててくれたん? 遅くなるかもやから、そこのコーヒーチェーンで待っててって……」
「どうも、心配だったからさ。――話し合い、上手くいったか?」
穏やかな笑みを浮かべて、宏兄が問う。ぼくは、にっこりした。
「うんっ。ありがとう、宏兄……!」
「この度は、本当に申し訳ありませんでした……!」
正座のまま深く頭を下げると、頭上で軽やかな笑い声が響く。
「やだぁ、成己くん。そんな固くならないでよ」
笑い声は、くすくすからワハハに変わり、室内の静寂を吹き飛ばした。ぼくは頭を下げ続けながら、目を白黒させる。
「えっ。いえ、友菜さん。陽平が、近藤さんを殴ってしまって……」
「いーわよ、そんなの! レンジが馬鹿なことしたって、あいつの仲間から聞いてるよ」
ポンポンと肩を叩かれて、思わず顔を上げる。
勝気そうな雰囲気の女性――友菜さんが、にかっと快活な笑みを浮かべていた。
「たまに殴られるくらい、いい薬だってば!」
元気よく笑い飛ばされて、ふっとからだの強張りがほどけてまう。
友菜さんは――近藤さんの恋人さんやねん。
レンジって言うのは近藤さんのことで――彼を通して、恋人の友菜さんとも、ぼくは仲良くさせてもらってて。
『ありゃ、そう? 今日の午後なら、家にいるわよ』
謝罪に伺いたいと言ったら、快く応じてもらえて、ほっとした。
どう考えても、昨日の陽平のしたことを……そのままにはしておけへんから。まず、ぼくだけでも謝りに行こうと思って、お二人のお宅にお邪魔してるわけなんよ(近藤さん、友菜さん家に住んではるねん)。
友菜さんは、ぼくの頬をつつく。
「ほら、悲しい顔しない。レンジには、あたしが上手い事言っとくから。ねっ」
「友菜さん……」
快活な笑みを向けられ、じんと瞼が熱くなる。
友菜さんは、優しい。近藤さん主催のバーベキューで初めてお会いしたときから、ずっと優しくしてくれて。
右も左もわからんぼくを、いっぱい助けてくれた。ぼくに先輩があるなら、友菜さんやと思う。
「友菜さん、本当にごめんなさい……!」
もう一度、頭を下げると「こら!」と睨まれる。
「しつこい! そんなに謝るなら、あたしも土下座するわよ。あの馬鹿がいつも押しかけて、迷惑代として」
「わあ、やめてくださいっ! うちは賑やかなの好きやから、ええんですっ」
どん、と床に手を突かれて、ぼくは慌てて止めた。友菜さんは、不満そうにしぶしぶと身を起こす。
「いいのに、無理しなくて。あいつ、お調子者だし――まあ、今日は大人しいけど」
言いながら、友菜さんが顎で襖を指す。
続きの間の、寝室。そこには今、近藤さんが寝てるらしい。
「あ。やっぱり、お怪我がわるいんですね……」
「いや、ぜーんぜん。一応、病院で検査してもらったけど、なんともなかったわ。成己くんが来るから、起きとけって言ったんだけどね。大方、ばつが悪くなって、顔見せらんないのよ」
肩を竦める友菜さんに、ぼくは目を丸くした。
「ばつが悪い……ですか?」
「レンジねー、外じゃ超イキってるけど、マジで小心者だから。お酒が抜けて、「成己くんに失礼しちゃった、どうしよう」モードに入ったんだと思う」
「えっ」
「なら、出てきて謝れって感じよねーっ」
友菜さんは、あははと大きな口を開けて笑った。
すっかりあっけに取られていると、友菜さんが笑いを治める。
「成己くん、レンジがごめんね。ホントお調子者だし、お酒飲むとろくでも無いことばっかやるし。まあ、バカ丸出しなんだけど――根は、悪いやつじゃないの。どうか、嫌わないでやってくれる?」
「友菜さん……」
言葉では、けちょんけちょんに言うてるのに、近藤さんを「大好き」やて伝えられたみたい。それほど、あったかい声と眼差しを受け――ぼくは、じんわりしながら頷いた。
「とんでもないです。こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
正直――本当に、当惑させられることも多い、近藤さんなんやけど。友菜さんみたいに優しい人が、大切に想ってる人やから。きっと、根から悪い人やないはず……そう思う。
「ありがとう!」
友菜さんは、ほっとしたように笑ってくれた。
そうして、ぼくは友菜さんの家を辞した。
「なんか、悪いわぁ。美味しそうなゼリーまで貰っちゃって」
「いえ、心ばかりのもので……! 今日は、本当にありがとうございました。近藤さんにも、よろしくお伝えください」
「あはは、こちらこそ。今度、たこパするから、遊びにおいでね」
「はいっ、ぜひ!」
ぺこり、と深く頭を下げて、手を振ってくれる友菜さんと別れる。マンションの階段を下りて、敷地を出たところで――ぼくは、目を丸くする。
「宏兄っ」
「よう、成」
マンションの塀に凭れていた宏兄が、ひょいと手を上げる。ぼくは、ぱたぱたと駆け寄った。
「宏兄、ずっと待っててくれたん? 遅くなるかもやから、そこのコーヒーチェーンで待っててって……」
「どうも、心配だったからさ。――話し合い、上手くいったか?」
穏やかな笑みを浮かべて、宏兄が問う。ぼくは、にっこりした。
「うんっ。ありがとう、宏兄……!」
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