42 / 505
第一章~婚約破棄~
四十一話
「ひろにいちゃん、はやくはやく!」
小さなぼくが、センターの廊下をぱたぱたと走っている。何度も振り返っては、宏兄を追い立てていた。
「ははは。メシも俺も逃げないからなー」
ぼくに手を引かれながら……小学生の宏兄が、大らかに笑っている。
センターで、月に何回か催される「合同ランチ会」。
友だちになったばかりの宏兄が「来たい」と言ってくれて、ぼくは盛大に浮かれていた。
――はじめて、お友だちとごはん!
逸る気持ちが、小さなからだを全力で追い立てていた。
宏兄はぼくに合わせて、腰を屈めて走りながら、苦笑する。
「成ー。あんまり急ぐと、転ぶぞ?」
「だいじょうぶやもん……あっ!」
宏兄の忠告どおり、何もないところで蹴躓いたぼくは、大きくつんのめる。じゅうたんが目の前にせまって――ぎゅっと目をつむったとき。
ぽふっ。
「ほら、言わんこっちゃない」
「ひろにいちゃん……!」
間一髪、宏兄によって抱きとめられて、ぼくは助かった。幼いぼくは、反省するどころか、目をきらきらさせて宏兄を振り返る。
「すごーい。ひろにいちゃん、いまのがバリツ?」
「ん?! バリツではないな、たぶん」
「なんやぁ」
くすくす笑っていると、宏兄が抱き起こしてくれた。
「よいしょ。……痛いとこないか?」
あちこち確認されて、にっこりする。
「うん、ありがとう」
「じゃあ、行こうか」
顔いっぱいに笑って、宏兄が大きな手を差し出した。ぼくは手を伸ばして、ぎゅっと握りかえす。
「あのね、きょうはカレーの日やねん。おっきいおなべに、いっぱいつくったんやで。ひろにいちゃんも、たくさんたべてね」
「おう。楽しみだなあ、成」
「うんっ!」
つないだ手を振りながら、ぼく達はゆっくり歩いた。
**
「――成、ついたぞ」
「……あっ」
肩を優しく揺らされ、ぱちりと目を開けた。
「あれ……宏兄、ランチ会は……?」
「ん?」
ぼくの問いかけに、宏兄は不思議そうにしている。その背後に、センターの門が見えて……やっと、時間がいまに戻ってくる。
――そっか……宏兄とセンターに来る最中やったんや。
さっき、カレーは今度となったものの。話題に出したせいか、二人とも完全にスパイシーな口になっちゃってて。
「よし、カレー食いに行くぞ」
って、宏兄が車を走らせてくれて――そこまで思い出して、ハッとする。
「わあっ。ごめんね、宏兄。ぼく、寝ちゃうなんて……!」
慌てるぼくに、宏兄は穏やかにほほ笑む。
「気にするな。いい夢だったか?」
「へ?」
頬を親指で撫でられて、きょとんとする。宏兄は、喉の奥で笑った。
「寝ながら笑ってた」
「――ええっ!」
恥ずかしすぎて、顔が熱くなる。声を上げて笑う宏兄を、八つ当たりと知りつつ、睨みつけた。
「もう、ひどい!」
「なんでだ。可愛かったぞ」
「そう言う問題じゃなーいっ」
ぷんぷんと両腕を振り上げたって、宏兄はニコニコしたまま。小さいころから変わらない慈しむような目に、脱力してしまう。
――まあ……宏兄からすると、ぼくは小さい子供のままなんやろうね。
そう思ったら、恥ずかしがるのも馬鹿らしくなっちゃった。矛をおさめたぼくに、宏兄もシートベルトを外す。
「じゃ、行くか。ちょっと歩くけど、大丈夫か?」
「うんっ」
十数分後――ぼくと宏兄は、センターの食堂にいた。
センターの食堂は開放的で、大きな窓からさんさんと日が差していた。ぼくと宏兄は、窓際のテーブル席に、向かい合って座る。
「ここに来るのも、久しぶりだなー」
「うん、ぼくも」
メニューを開きながら宏兄が言う。ぼくも、陽平の家に住むようになってからは、なかなか来る機会がなかった。
久しぶりやし、色々メニューを見て……結局、お目当てのカレーライスと、バニラアイスを二つずつ注文した。
「なんか、懐かしいねぇ」
コップに二杯目の水を注いでいる宏兄に、ふふっと笑いが漏れる。
「ん?」
宏兄は、不思議そうに片眉を上げる。ぼくは、のんびりと頬杖をついた。
「センターにいたとき。宏兄と、こうして一緒にごはん食べたなあって。そんな昔のことちゃうけど」
懐かしいのは、さっきの夢のせいかな。
センターに住んでたころは、食事管理のために一人で食べる決まりやってんけど。ランチ会と……月に三回までは、面会のお客さんと食堂に行っても良かったんよ。
しみじみと思い返していると、宏兄も目を細める。
「成、食堂の日、楽しみにしてたもんなぁ。俺が遅くまでいると、「今日は、帰っちゃうの?」ってそわそわしてて」
「ええっ……!? そんなふうに思ってたんっ」
「いやー、可愛かった」
宏兄のあれ、確信犯やったん……?!
むくれてたら、大きな手にわしわしと頭を撫でられる。
「悪い、悪い。俺の楽しみを、お前も楽しみにしてくれるのが嬉しくてさ」
「……!」
そんな風に言われちゃったら、不機嫌なフリもしてられない。
だって、宏兄は忙しいのに。本当にたくさん、ぼくとごはんを食べてってくれたから。……たぶん、ぼくがさみしい思いをしてるの、気づいてくれてたんやと思う。
――宏兄とごはんを食べられる日、嬉しかったなぁ……
一人で食べる寂しさに気づけたんは、宏兄のおかげやもん。
勝手にゆるんじゃう頬を両手で押さえつつ、思った。
小さなぼくが、センターの廊下をぱたぱたと走っている。何度も振り返っては、宏兄を追い立てていた。
「ははは。メシも俺も逃げないからなー」
ぼくに手を引かれながら……小学生の宏兄が、大らかに笑っている。
センターで、月に何回か催される「合同ランチ会」。
友だちになったばかりの宏兄が「来たい」と言ってくれて、ぼくは盛大に浮かれていた。
――はじめて、お友だちとごはん!
逸る気持ちが、小さなからだを全力で追い立てていた。
宏兄はぼくに合わせて、腰を屈めて走りながら、苦笑する。
「成ー。あんまり急ぐと、転ぶぞ?」
「だいじょうぶやもん……あっ!」
宏兄の忠告どおり、何もないところで蹴躓いたぼくは、大きくつんのめる。じゅうたんが目の前にせまって――ぎゅっと目をつむったとき。
ぽふっ。
「ほら、言わんこっちゃない」
「ひろにいちゃん……!」
間一髪、宏兄によって抱きとめられて、ぼくは助かった。幼いぼくは、反省するどころか、目をきらきらさせて宏兄を振り返る。
「すごーい。ひろにいちゃん、いまのがバリツ?」
「ん?! バリツではないな、たぶん」
「なんやぁ」
くすくす笑っていると、宏兄が抱き起こしてくれた。
「よいしょ。……痛いとこないか?」
あちこち確認されて、にっこりする。
「うん、ありがとう」
「じゃあ、行こうか」
顔いっぱいに笑って、宏兄が大きな手を差し出した。ぼくは手を伸ばして、ぎゅっと握りかえす。
「あのね、きょうはカレーの日やねん。おっきいおなべに、いっぱいつくったんやで。ひろにいちゃんも、たくさんたべてね」
「おう。楽しみだなあ、成」
「うんっ!」
つないだ手を振りながら、ぼく達はゆっくり歩いた。
**
「――成、ついたぞ」
「……あっ」
肩を優しく揺らされ、ぱちりと目を開けた。
「あれ……宏兄、ランチ会は……?」
「ん?」
ぼくの問いかけに、宏兄は不思議そうにしている。その背後に、センターの門が見えて……やっと、時間がいまに戻ってくる。
――そっか……宏兄とセンターに来る最中やったんや。
さっき、カレーは今度となったものの。話題に出したせいか、二人とも完全にスパイシーな口になっちゃってて。
「よし、カレー食いに行くぞ」
って、宏兄が車を走らせてくれて――そこまで思い出して、ハッとする。
「わあっ。ごめんね、宏兄。ぼく、寝ちゃうなんて……!」
慌てるぼくに、宏兄は穏やかにほほ笑む。
「気にするな。いい夢だったか?」
「へ?」
頬を親指で撫でられて、きょとんとする。宏兄は、喉の奥で笑った。
「寝ながら笑ってた」
「――ええっ!」
恥ずかしすぎて、顔が熱くなる。声を上げて笑う宏兄を、八つ当たりと知りつつ、睨みつけた。
「もう、ひどい!」
「なんでだ。可愛かったぞ」
「そう言う問題じゃなーいっ」
ぷんぷんと両腕を振り上げたって、宏兄はニコニコしたまま。小さいころから変わらない慈しむような目に、脱力してしまう。
――まあ……宏兄からすると、ぼくは小さい子供のままなんやろうね。
そう思ったら、恥ずかしがるのも馬鹿らしくなっちゃった。矛をおさめたぼくに、宏兄もシートベルトを外す。
「じゃ、行くか。ちょっと歩くけど、大丈夫か?」
「うんっ」
十数分後――ぼくと宏兄は、センターの食堂にいた。
センターの食堂は開放的で、大きな窓からさんさんと日が差していた。ぼくと宏兄は、窓際のテーブル席に、向かい合って座る。
「ここに来るのも、久しぶりだなー」
「うん、ぼくも」
メニューを開きながら宏兄が言う。ぼくも、陽平の家に住むようになってからは、なかなか来る機会がなかった。
久しぶりやし、色々メニューを見て……結局、お目当てのカレーライスと、バニラアイスを二つずつ注文した。
「なんか、懐かしいねぇ」
コップに二杯目の水を注いでいる宏兄に、ふふっと笑いが漏れる。
「ん?」
宏兄は、不思議そうに片眉を上げる。ぼくは、のんびりと頬杖をついた。
「センターにいたとき。宏兄と、こうして一緒にごはん食べたなあって。そんな昔のことちゃうけど」
懐かしいのは、さっきの夢のせいかな。
センターに住んでたころは、食事管理のために一人で食べる決まりやってんけど。ランチ会と……月に三回までは、面会のお客さんと食堂に行っても良かったんよ。
しみじみと思い返していると、宏兄も目を細める。
「成、食堂の日、楽しみにしてたもんなぁ。俺が遅くまでいると、「今日は、帰っちゃうの?」ってそわそわしてて」
「ええっ……!? そんなふうに思ってたんっ」
「いやー、可愛かった」
宏兄のあれ、確信犯やったん……?!
むくれてたら、大きな手にわしわしと頭を撫でられる。
「悪い、悪い。俺の楽しみを、お前も楽しみにしてくれるのが嬉しくてさ」
「……!」
そんな風に言われちゃったら、不機嫌なフリもしてられない。
だって、宏兄は忙しいのに。本当にたくさん、ぼくとごはんを食べてってくれたから。……たぶん、ぼくがさみしい思いをしてるの、気づいてくれてたんやと思う。
――宏兄とごはんを食べられる日、嬉しかったなぁ……
一人で食べる寂しさに気づけたんは、宏兄のおかげやもん。
勝手にゆるんじゃう頬を両手で押さえつつ、思った。
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
愛され方を教えて
あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。
次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。
そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。