46 / 505
第一章~婚約破棄~
四十五話
「大丈夫か、成。何があった――それに、城山くんは?」
心配そうに、宏兄はぼくの前に膝をついた。肩に乗せられた大きな手から、じんわりと温かさが沁みてくる。――それで、動揺していた心がちょっと落ち着いてきた。
「大丈夫」
ぼくは、くしゃりと崩れそうな顔に力を込めて、なんとか笑った。
「陽平は、先に帰っちゃった。ちょっと言い合いになって……そんだけやねん」
「成……」
宏兄は、顔を曇らせる。――そっと引き寄せられて、広い胸に抱えられてしまう。片頬で、シャツ越しのあたたかな体温を感じ、目を瞬いた。
「宏兄?」
「辛いなら、泣いても良いんだぞ」
「……!」
ぎゅっ、と背中に腕が回る。
幼いころのように抱きしめられた途端、心まで昔にかえっちゃいそうになった。喜びも悲しみも、ぜんぶ宏兄に委ねていたあのころに……
――いま、このときだけでも……宏兄に甘えて、泣いてしまえたら。
でも――ひっく、と漏れかけた嗚咽を、なんとか飲み下す。温かな胸を押して、笑った。
「宏兄、ありがとう……大丈夫っ」
「成……」
「ぼく、ケンカくらいで負けへんよ。やから、宏兄……大丈夫って言うて。そしたら、頑張れるから」
「……」
ぼくは、にっこり笑う。――きっと、頬の筋肉を総動員しただけの、ぶさいくな笑顔や。
それでも笑わなきゃ、と思う。でないと、背中に回された宏兄の腕が、温かくて……それだけで、心が折れそうになるから。
――ぼくは、もう子供やない。ちゃんと、頑張らなくちゃダメ……!
宏兄は、痛ましそうに眉根を寄せている。それでも、深く息を吐き――長い睫毛を伏せて「わかった」と頷いてくれた。
「成は、大丈夫だ――」
「……っ」
「必ず、全部うまくいく。俺が、保証する」
大きな手が、ぽんぽんと背を叩いてくれる。優しいリズムに、胸の奥がほんのりと温められた。
「ありがとう、宏兄……」
頬で凝っていた、涙の予感が遠くなって。ぼくは、やっと本当にほほ笑んだ。
それから――宏兄は、ぼくを家まで送ってくれた。
「無理しなくていい」って、心配してくれたけど。ぼくが、帰りたいって言うたんよ。
「陽平、先に帰ってるかもしれへんから。それなら、話し合いたいし。家に居たほうがええかなって……」
「そうか……偉いなあ。でも、何かあったらすぐ言うんだぞ」
「うんっ、ありがとう」
心配そうな宏兄に、にこっと笑う。助手席におさまって、流れていく景色を見てたぼくやけど――ふいに、ハッとする。
「あ――ねえ、宏兄っ」
「ん?」
「蓑崎さんは、大丈夫かな。陽平と一緒に来てたみたいやけど……」
色々あって、すっかりと頭を抜け落ちていた。陽平は先に帰ってしまったから……一人になってしまったんとちゃうの。
慌てるぼくに、宏兄は「ああ」と頷いた。
「彼なら平気だよ。婚約者が来ていたみたいで、あの後合流してたから」
「婚約者?!」
予想外の言葉に、目を見開く。
「お相手は、仕事の予定だったけど、急いで終わらせてきた――そんな感じだったな。ともかく、彼のことは心配いらない」
「そうやったんや……」
宏兄の説明に、ほっと息を吐く。婚約者さんがいてるなら、確かに安心なんやろう。
――それにしても。お仕事を急いで終えて、駆けつけてくれるなんて……意外と、優しい人なんやろか……?
その後、車は恙無く走り――マンションに到着する。
「宏兄……今日、本当にありがとうね」
車を降りて、ぺこりと頭を下げる。宏兄は穏やかに言う。
「これくらい、何時でも」
「ふふ……ねえ、明日はお店、どうするん?」
「あー……明日は開けるつもりだが……しんどかったら無理するんじゃないぞ」
「ううん、行きたいっ。だめ?」
たくさんお世話になってるから。ぼくも、なにか返したかった。意気込むぼくに、宏兄は目を細める。
「わかった。じゃあ、また迎えに来るな」
「ありがとう……! 宏兄、気を付けて帰ってね」
笑顔で手を振ると……ふいに、宏兄が言う。
「なあ、成……あんまり我慢するなよ」
「え?」
「お前がいい子だから、俺は心配だ」
「宏兄……」
言葉を失うぼくに、宏兄は穏やかにほほ笑む。「行きな」と促されるまま、別れを告げる。
「……あっ」
でも、マンションに入って振り返ったとき――走り去っていく車が見えて。なんだか、すごく優しさがしみて……ぼくはしばらく立ち尽くした。
心配そうに、宏兄はぼくの前に膝をついた。肩に乗せられた大きな手から、じんわりと温かさが沁みてくる。――それで、動揺していた心がちょっと落ち着いてきた。
「大丈夫」
ぼくは、くしゃりと崩れそうな顔に力を込めて、なんとか笑った。
「陽平は、先に帰っちゃった。ちょっと言い合いになって……そんだけやねん」
「成……」
宏兄は、顔を曇らせる。――そっと引き寄せられて、広い胸に抱えられてしまう。片頬で、シャツ越しのあたたかな体温を感じ、目を瞬いた。
「宏兄?」
「辛いなら、泣いても良いんだぞ」
「……!」
ぎゅっ、と背中に腕が回る。
幼いころのように抱きしめられた途端、心まで昔にかえっちゃいそうになった。喜びも悲しみも、ぜんぶ宏兄に委ねていたあのころに……
――いま、このときだけでも……宏兄に甘えて、泣いてしまえたら。
でも――ひっく、と漏れかけた嗚咽を、なんとか飲み下す。温かな胸を押して、笑った。
「宏兄、ありがとう……大丈夫っ」
「成……」
「ぼく、ケンカくらいで負けへんよ。やから、宏兄……大丈夫って言うて。そしたら、頑張れるから」
「……」
ぼくは、にっこり笑う。――きっと、頬の筋肉を総動員しただけの、ぶさいくな笑顔や。
それでも笑わなきゃ、と思う。でないと、背中に回された宏兄の腕が、温かくて……それだけで、心が折れそうになるから。
――ぼくは、もう子供やない。ちゃんと、頑張らなくちゃダメ……!
宏兄は、痛ましそうに眉根を寄せている。それでも、深く息を吐き――長い睫毛を伏せて「わかった」と頷いてくれた。
「成は、大丈夫だ――」
「……っ」
「必ず、全部うまくいく。俺が、保証する」
大きな手が、ぽんぽんと背を叩いてくれる。優しいリズムに、胸の奥がほんのりと温められた。
「ありがとう、宏兄……」
頬で凝っていた、涙の予感が遠くなって。ぼくは、やっと本当にほほ笑んだ。
それから――宏兄は、ぼくを家まで送ってくれた。
「無理しなくていい」って、心配してくれたけど。ぼくが、帰りたいって言うたんよ。
「陽平、先に帰ってるかもしれへんから。それなら、話し合いたいし。家に居たほうがええかなって……」
「そうか……偉いなあ。でも、何かあったらすぐ言うんだぞ」
「うんっ、ありがとう」
心配そうな宏兄に、にこっと笑う。助手席におさまって、流れていく景色を見てたぼくやけど――ふいに、ハッとする。
「あ――ねえ、宏兄っ」
「ん?」
「蓑崎さんは、大丈夫かな。陽平と一緒に来てたみたいやけど……」
色々あって、すっかりと頭を抜け落ちていた。陽平は先に帰ってしまったから……一人になってしまったんとちゃうの。
慌てるぼくに、宏兄は「ああ」と頷いた。
「彼なら平気だよ。婚約者が来ていたみたいで、あの後合流してたから」
「婚約者?!」
予想外の言葉に、目を見開く。
「お相手は、仕事の予定だったけど、急いで終わらせてきた――そんな感じだったな。ともかく、彼のことは心配いらない」
「そうやったんや……」
宏兄の説明に、ほっと息を吐く。婚約者さんがいてるなら、確かに安心なんやろう。
――それにしても。お仕事を急いで終えて、駆けつけてくれるなんて……意外と、優しい人なんやろか……?
その後、車は恙無く走り――マンションに到着する。
「宏兄……今日、本当にありがとうね」
車を降りて、ぺこりと頭を下げる。宏兄は穏やかに言う。
「これくらい、何時でも」
「ふふ……ねえ、明日はお店、どうするん?」
「あー……明日は開けるつもりだが……しんどかったら無理するんじゃないぞ」
「ううん、行きたいっ。だめ?」
たくさんお世話になってるから。ぼくも、なにか返したかった。意気込むぼくに、宏兄は目を細める。
「わかった。じゃあ、また迎えに来るな」
「ありがとう……! 宏兄、気を付けて帰ってね」
笑顔で手を振ると……ふいに、宏兄が言う。
「なあ、成……あんまり我慢するなよ」
「え?」
「お前がいい子だから、俺は心配だ」
「宏兄……」
言葉を失うぼくに、宏兄は穏やかにほほ笑む。「行きな」と促されるまま、別れを告げる。
「……あっ」
でも、マンションに入って振り返ったとき――走り去っていく車が見えて。なんだか、すごく優しさがしみて……ぼくはしばらく立ち尽くした。
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
愛され方を教えて
あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。
次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。
そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。