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第一章~婚約破棄~
四十九話
「成、横にならなくて平気か……?」
ソファに座り込んで、じっと目を閉じていると、宏兄が心配そうに言う。優しい声は、ぼくの鼓膜まで揺らすまいとするような、労りに満ちていた。
「うん……このほうが、ラクみたい……」
「そうか……」
なんとか頷くと、宏兄はほっと息を吐く。――ソファの側に、大きな体がひざまずく気配を感じた。
側についてくれてる……そう気づいて、瞼が熱くなる。
――恥ずかしい。あんなことで、大騒ぎして……宏兄に心配かけて……
はやく、しゃんとしなくちゃ。
気合を入れて、ぐっと頭を上げようとする。閉じた瞼の中で、くるくると頭が回ってしまった。
まずい。
吐くかも――ぼくは断念し、喉に力を込めて堪えた。
「……無理するな」
宏兄が囁くほどの声で言う。
「………宏兄、ごめんね……」
申し訳なくて、ぎゅっと目を瞑った。
なんで、こんなことになってるんやろう。いつも健康そのもので、風邪だって滅多にひかないのに、どうして……?
すると、膝の上で握りしめていた手を、大きな手に包まれた。重なった手から、ほんわりと体温が伝わってくる。
「大丈夫。大丈夫だ、成……」
「宏兄……」
薄く目を開くと、温かなほほ笑みが側にあって。ぼくは、くしゃりと顔を歪めた。
――あったかい……
涙がこぼれそうで、慌てて目を閉じる。
自分が情けないのに、安堵に満たされて……もう、情緒がめちゃめちゃや。
深く俯いた頬に、さらりとした髪が触れる。――ふわ、と微かなフェロモンが鼻先を撫でた。目を閉じててもわかる。優しい、森のような……宏兄の香りやった。
「……ぁ……」
その香りをかぐと――不思議と、ぐらぐらする頭の芯が、包み込まれる。おなかの中があったかくなって、指先までがじんって、甘く痺れるみたいにほぐれてく。
これは、なに――? 考える間もなく、ぼくは腕を伸ばしてた。
「……っ、はぅ……」
「成、」
宏兄の首に、両腕を回して縋る。溺れる人が水から顔を出そうとするように、苦しさから逃れたい一心で、必死に息を吸った。そのたび、目眩がやわらいで、耳の奥が軽くなる。
――宏兄の匂い、安心する……
宏兄は、すこし驚いたみたいにぼくを呼んだけれど……何も言わずに、そっと背中を抱きしめてくれた。
そのことに、泣きたくなるほど安心して、声が滲む。
「ひろにい……ごめ……」
「大丈夫だ、成……大丈夫」
少し仰のいた宏兄が、ぼくに頬をすり寄せてきた。――獣が、兄弟を慰めるような仕草や。浅黒い肌から香る、深い木々の匂いに頭がぽうっとなる。
すう、と香りを吸い込むと……ぐらぐらしてた体の芯が、きちんとおさまっていくみたいだった。
――あ……何? おなかが、あったかくて……ふわふわする……
全身の力が抜けて、宏兄に凭れかかる。
「……っ、ふ……」
宏兄が、ぼくをしっかりと抱きかかえてくれた。香りに包まれたまま、肩に頬を寄せていると、瞼が重くなり始める。うとうとと脳の奥が甘く痺れて、頬の筋肉がふやけた。
「眠いか?」
「……う」
優しい声に、こくんと頷く。
体調の回復と共に、堪えようもないほどの眠気にさらされていた。ほとんど力が出ないせいで、頬をすり寄せるようになってしまい……宏兄は、笑ったみたいやった。
「寝ていいよ」
一度だけ、ぎゅっと強く体を抱かれる。たっぷりのお布団に包まれるような安堵感に、あらがおうとする気もちが消えてしまう。
「……すぅ」
腕の感触が遠くなっていくまま、ぼくは眠りに落ちていた。
ソファに座り込んで、じっと目を閉じていると、宏兄が心配そうに言う。優しい声は、ぼくの鼓膜まで揺らすまいとするような、労りに満ちていた。
「うん……このほうが、ラクみたい……」
「そうか……」
なんとか頷くと、宏兄はほっと息を吐く。――ソファの側に、大きな体がひざまずく気配を感じた。
側についてくれてる……そう気づいて、瞼が熱くなる。
――恥ずかしい。あんなことで、大騒ぎして……宏兄に心配かけて……
はやく、しゃんとしなくちゃ。
気合を入れて、ぐっと頭を上げようとする。閉じた瞼の中で、くるくると頭が回ってしまった。
まずい。
吐くかも――ぼくは断念し、喉に力を込めて堪えた。
「……無理するな」
宏兄が囁くほどの声で言う。
「………宏兄、ごめんね……」
申し訳なくて、ぎゅっと目を瞑った。
なんで、こんなことになってるんやろう。いつも健康そのもので、風邪だって滅多にひかないのに、どうして……?
すると、膝の上で握りしめていた手を、大きな手に包まれた。重なった手から、ほんわりと体温が伝わってくる。
「大丈夫。大丈夫だ、成……」
「宏兄……」
薄く目を開くと、温かなほほ笑みが側にあって。ぼくは、くしゃりと顔を歪めた。
――あったかい……
涙がこぼれそうで、慌てて目を閉じる。
自分が情けないのに、安堵に満たされて……もう、情緒がめちゃめちゃや。
深く俯いた頬に、さらりとした髪が触れる。――ふわ、と微かなフェロモンが鼻先を撫でた。目を閉じててもわかる。優しい、森のような……宏兄の香りやった。
「……ぁ……」
その香りをかぐと――不思議と、ぐらぐらする頭の芯が、包み込まれる。おなかの中があったかくなって、指先までがじんって、甘く痺れるみたいにほぐれてく。
これは、なに――? 考える間もなく、ぼくは腕を伸ばしてた。
「……っ、はぅ……」
「成、」
宏兄の首に、両腕を回して縋る。溺れる人が水から顔を出そうとするように、苦しさから逃れたい一心で、必死に息を吸った。そのたび、目眩がやわらいで、耳の奥が軽くなる。
――宏兄の匂い、安心する……
宏兄は、すこし驚いたみたいにぼくを呼んだけれど……何も言わずに、そっと背中を抱きしめてくれた。
そのことに、泣きたくなるほど安心して、声が滲む。
「ひろにい……ごめ……」
「大丈夫だ、成……大丈夫」
少し仰のいた宏兄が、ぼくに頬をすり寄せてきた。――獣が、兄弟を慰めるような仕草や。浅黒い肌から香る、深い木々の匂いに頭がぽうっとなる。
すう、と香りを吸い込むと……ぐらぐらしてた体の芯が、きちんとおさまっていくみたいだった。
――あ……何? おなかが、あったかくて……ふわふわする……
全身の力が抜けて、宏兄に凭れかかる。
「……っ、ふ……」
宏兄が、ぼくをしっかりと抱きかかえてくれた。香りに包まれたまま、肩に頬を寄せていると、瞼が重くなり始める。うとうとと脳の奥が甘く痺れて、頬の筋肉がふやけた。
「眠いか?」
「……う」
優しい声に、こくんと頷く。
体調の回復と共に、堪えようもないほどの眠気にさらされていた。ほとんど力が出ないせいで、頬をすり寄せるようになってしまい……宏兄は、笑ったみたいやった。
「寝ていいよ」
一度だけ、ぎゅっと強く体を抱かれる。たっぷりのお布団に包まれるような安堵感に、あらがおうとする気もちが消えてしまう。
「……すぅ」
腕の感触が遠くなっていくまま、ぼくは眠りに落ちていた。
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