いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
64 / 505
第一章~婚約破棄~

六十三話 

「うわあああ!」
 
 ぼくの絶叫が部屋に響き渡る。――ベッドで抱き合っていた二人が、弾かれたようにこっちを振り返った。
 
「……成己!」
「あっ、やだ……!」
 
 陽平が、驚愕に目を見開く。その下で蓑崎さんが、恥じらうように体を背けた。
 
「わああ……!」
 
 手元にあったものを掴み、ふたりを目掛け投げつける。ぐしゃっ、って潰れるような音のあと、陽平の呻き声が聞こえた。
 
「嘘つき、嘘つきっ……! 許さへんから!」
 
 手当たり次第に、掴んでは投げた。狙いなんかない。当たってるんかもわからへん。――ただ、狂騒的な怒りが、闇雲に手が掴んだものを、二人に向かって投げつけさせる。
 
「晶……やめろ、成己!」
 
 陽平が、蓑崎さんを庇うように抱きしめた。その肩で、ぼくの投げた卵がぐしゃりと潰れる。どろどろと白身が伝い落ち、ぼくは思わず手を止める。
 
「陽平っ、大丈夫か……!?」
 
 蓑崎さんは陽平に抱きつき、ぼくを睨みつけてくる。――「自分のアルファを傷つけるな」とでも言うように。
 カッ、と怒りで目の前が赤くなった。
 
「この――陽平から、離れてっ!」
 
 ぼくは部屋に踏み入り、蓑崎さんに飛びかかる。裸の腕や背中を、丸めた拳で、めちゃくちゃに叩いた。
 
「……っよせ、成己!」
「なんでっ? ……陽平のあほ……!」
 
 なのに、ぼくの拳は、蓑崎さんに届かない。陽平が、彼を守るように抱いているから。
 許せない。蓑崎さんを庇う陽平も、当たり前に庇われる蓑崎さんも……!
 
「……やめろって言ってんだろ!」
 
 振り上げた手首を受け止められ、床に突き倒される。
  
――ダンッ! 
 
 背中を強く打ち付けて、かふっと喉で息が砕けた。陽平が、おなかの上に馬乗りになって、ぼくは床に組み敷かれてしまう。
 
「いい加減にしろよ! ぎゃあぎゃあ、騒ぎやがって……!」
「……っううー……!」
 
 暗がりでもぎらぎらする目で、陽平が怒鳴った。
 アルファの凄まじい怒りに、お腹の芯までが慄然とする。いつもなら、気を失ったかもしれない。でも、ぼくは……唇を噛み締めて、陽平を睨みつけた。
 
「……信じてたのに……!」
「……あ?」
「友達って、言うてたくせに! ぜんぜん、ちがうやんか……嘘つき……!」
 
 ひっ、と嗚咽が漏れる。
 
 ――陽平の嘘つき。友達と、あんなことせえへん。いくら世間知らずでも、わかるんやから……
 
 涙に霞む視界で、陽平が眉根を寄せたのが見えた。裸の陽平がいやや。離れたくて、必死にもがく。
 
「――友達だよ。俺と陽平は」
 
 ふいに、蓑崎さんが言った。
 はっとして、彼を凝視すれば、俯いていて表情は窺えなかった。
 
「俺の体の問題で……陽平は、仕方なく相手してくれただけ。だから、俺たちの間には何にもない」
「な……」
「心配しなくても、陽平は成己くんのものだよ」
 
 蓑崎さんは、顔を上げ――寂し気にほほ笑んだ。陽平は、そんな彼を切なそうに見つめてる。
 ぼくは、意味が解らんかった。
 
「何言うてるんですか……? それで、許せると思ってるんですか?」
「……え?」
「成己。晶の体の事情は聞いただろ。お前、晶が襲われても良いって言うのかよ?」
「……」
 
 陽平が、苛々と言う。
 だから、なんで僕が責められてるんやろう。二人が当たり前にぼくに強いることは、気遣いの範疇を越えていると思った。
 
「……なら、婚約者さんは……婚約者さんに、申し訳ないと思わないんですか!」 
「……っ」
 
 蓑崎さんが、顔色を変える。
 そうや。蓑崎さんには、婚約者がいるのに。どうして陽平にばっかり……
 
「婚約者さんは、知ってるんですか? 二人が、こんなこと――」
「……あはは」
 
 声を荒げたとき、蓑崎さんが笑う。乾いた、冷たい声やった。
 
「すごいなあ……その脅し」
「……え?」
 
 真っ暗い目に、戸惑っていると――蓑崎さんは投げやりに言う。
 
「俺に、婚約者に捨てられて欲しいんだ……」
「なっ……」
 
 すごい言いがかりに、ぎょっとする。
 
「そうだね、君が正しいよ……婚約者も頭固いから、絶対解ってくれない。好きで、こんな体じゃないけどさ……たぶん、君の望み通り、センター送りだよ」
 
 蓑崎さんは、悲し気に微笑む。
 ぼくは、投げやりな口ぶりに戸惑う。――ただ、婚約者に言えない事なら、悪い自覚あるんちゃうかって。それなら、二度としないでって言いたかっただけやのに。
 
「望み通りって……ぼくは、ただ……」
 
 ぼくは弁解できひんかった。――気色ばんだ陽平に掴みかかられたから。
 
「成己! お前、晶をセンター送りにしようなんて……同じオメガとして、恥ずかしくないのか!」
「ちが……いっ!」
 
 突き飛ばされて、床に体を打つ。けほけほ噎せ込んでいると、陽平は凄んだ。
 
「いいか、晶を害そうなんて考えるなよ。こいつのことは、俺が守る」
「……!」
 
 陽平の目は、真っすぐにぼくの胸を射抜いた。――本気で、ぼくに敵意を向けてる。
 呆然としてるうちに……蓑崎さんの肩を抱き、陽平は部屋を出て行く。
 
「……陽平!」
 
 陽平の背に、ぼくは叫ぶ。
 
「おい……いいのかよ?」
「大丈夫だ。……何も心配すんな、晶」
「陽平……」
 
 寄り添い合う二人は、ぼくを振り返らない。
 まるで、ぼくが打ち捨てられた悪者みたい。裏切られたはずやのに――
 
「ううっ……!」
 
 頭がくらくらした。
 噎せる様な性の臭いに、ウッとえづく。ぼくは、口で手を覆ったけど、間に合わず……吐いてしまう。

「げほっ……」

 遠くで、シャワーの音がする。ぼくを放って、何してるんやって思ったら、ぶわと涙が盛り上がった。
 
 ――ひどい。こんなの……
 
 体を丸めて、ぼくは泣いた。もう、全部がこらえられなかった。
 
「ひっ……うぇ……」
 
 なんで、こんなことするの。
 友達やって、言うてたのに。何にもないって、言うてたのに……
 
「……陽平のうそつき……!」
 
 ぼくは、ひとりぼっちで泣き続けた。
 
 
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。