いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第二章~プロポーズ~

七十二話 

「君も、自分の家に帰りなさい」
 
 それは、とても優しい声だった。学校の先生が、泣く生徒の肩を撫でるような、響き。
 
「……あ」
 
 夕暮れの街の、ある家の前で、ぼくはランドセルの肩ひもを強く握りしめる。
 その男の人は――とても背が高くて、立派な背広を着ていた。左手は、彼とよく似た男の子と手を繋いでる。右腕には……華奢な青年を、守るように抱いていた。
 青年の、はしばみ色の瞳には、涙が浮かんでる。
 
「まって……!」
 
 男の人が、二人を促して家の中へと入っていく。
 ぼくは慌てて、彼らに手を伸ばした。――ずっと、呼びたかった「名前」で、呼びかける……
 
「――……さん!」
 
 けれど、大きな背中は。華奢な背は、振り返ってはくれなかった。
 ふたりで、小さな子を守るように抱き、彼らの「家」の中へ、消えてゆく。
 
「行かないで……!」
 
 遠のいていく背に、必死に手を伸ばした。けれど、夕焼けに飲まれるように……家は遠くなっていく。
 涙が零れる。進まない足で、必死に駆けていると――背後から、声がした。
 

 **


「成己」

「……陽平!」
 
 ぼくは振り返り、はっとする。そこには、学生服に身を包んだ陽平が、立っていた。
 
「陽平っ……!」
 
 あたたかな安堵が、胸の内で爆発的に膨れ上がる。
 笑顔で駆け寄ると――手を、振り払われる。
 
「え……?」
「お前は、家族が欲しかっただけなんだよな」
「……っ!? ちがう……!」
 
 冷たい声に、必死で首を振った。

――陽平じゃなきゃ、いやだ。陽平と家族になりたかった。

 けれど、陽平の表情は厳しいまま。
 
「お前の夢には、つきあいきれねえ」
 
 吐き捨てるように言うと――踵を返し、去って行ってしまう。
 
「待って……お願いやから……!」
  
 大人になった陽平に、蓑崎さんが並ぶ。ふたりは寄り添って、暮れなずむ空に溶け込んでいく――







「陽平……!」

 
 泣きながら、叫んで――ぼくは、目を覚ました。

「……え……?」

 瞬きすると、涙が頬に散る。体が重怠くって、熱の塊になったみたいやった。
 もうろうとする視界に、知らない天井が映ってる……

――ここは……どこ……?

 身じろぐと、たっぷりと掛けられた布団がずり落ちる。

「う……いたた……」

 ぼくは、やわらかいベッドに手をついて、何とか身を起こす。
 おろおろと見回してみれば……ずいぶん、本がたくさんある部屋だった。
 ぎっしりと本の詰まった本棚。ノートや、本が山積みのデスク。ベッド脇のサイドチェストには、水のペットボトルと、薬袋が置かれてる。

「ここって……」

 全然、知らない部屋のはずなのに。部屋いっぱいに漂う、あたたかな懐かしい気配に、”部屋の主”が、頭に浮かんできた。
 すると、ガチャリと音を立てて、ドアが開かれた。

「……成?」

 そこには、予想通りのひと――宏兄が、目を丸くして立っていた。大きな手から、湯気の立つ盥が落ち、カランと高い音が響く。

「成っ……!」

 駆け寄ってきた宏兄に、思いきり抱き締められた。ぎゅっ、と温かな腕に閉じ込められ、目を見開く。

「……っ、ひろにぃ……?」
「よかった……! 成……本当に良かった……」

 心から安堵したように、宏兄が息を吐く。大きな手が、存在を確かめるよう、背を擦ってくれる。

「ぁ……」

 優しい森の香りが、ぼくの体を包み込んでいた。
 迷子が、闇夜に家の灯りを見つけたような――泣きたいほどの安堵に襲われる。唇が震えた。

「成、辛かったな……もう、大丈夫だ」
「うう……っ」

 背中が痛むほど、涙が込み上げてくる。ぼくは、大きな肩にしがみ付いた。

「宏兄……!」

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