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第二章~プロポーズ~
七十七話
お昼過ぎ――宏兄と一緒に、寝室へと入ってきた中谷先生は、沈痛な顔をしていた。両手に、診療鞄と紙袋を提げている。
「中谷先生っ?」
驚くぼくに近づいて、先生は声を滲ませた。
「成己くん、辛い思いをしたねえ。よく、頑張ってくれた」
「あ……!」
乾いた手に固く手を握られて、ぼくは息を飲んだ。
先生の髪は――たった数日で、白いものが多くなっている。ぼくが赤ちゃんのころから、診てくれている先生。今回のことで……どれだけ、傷つけてしまったんやろうか。
「中谷先生……心配かけて、本当にごめんなさい」
涙をこらえ、先生の手を握りかえした。「いいんだ」と励ますように言われる。
「謝らないで。成己くんが無事なら、いいんだよ。この後のことは、これから一緒に考えていこう」
「この後の……?」
「先生――今は」
黙っていた宏兄が、そっと声を上げた。中谷先生がはっとしたように、口をつぐむ。
「そうだった。成己くんは起きたばかりなのに、ごめんね。ひとまず、診せてくれる?」
「あ……はいっ。よろしくお願いします」
診察の準備を始めた先生に、ぼくも慌てて頷いた。
服を脱ぐことに気遣って、宏兄が席を外し――粛々と、診察が始まる。
「――うん。呼吸の音も悪くないね。このまま、ゆっくり養生すれば大丈夫かな」
「あ……ありがとうございますっ」
胸に当てていた聴診器を外し、中谷先生がほほ笑む。ぼくはほっとして、はだけた服を直した。
「でも……痩せているのは、ちょっと心配だなあ。起きてから、何か食べたかい?」
「えっと、桃を食べました。宏兄――野江さんが、ちっちゃく切ってくれて……」
話していると、桃の甘みが戻ってくるみたいで、頬が緩む。
先生は、「そう」と目尻を下げた。
「良かった。やっぱり、点滴だけじゃ限界があるからね。たくさん食べて、休んで……」
「はい。……あの、本当に、ありがとうございました」
「ん?」
「野江さんに聞いたんです。ぼくが寝込んでいる間……ずっと、往診に来てくださったって」
なんとか頭を上げて、お礼をする。
ぼくが、こうして元気になれたのは、宏兄と中谷先生のお力のおかげなんやもん。本当に、どうやってお礼をしたらいいか、わからへんくらい――
先生は、眉を下げて笑う。
「それくらい、当たり前だよ。ずっと小さいときから、君のことを診てきたんだから」
「先生……」
胸がじーんと熱くなった。しばらく和やかな空気が流れ、ぼく達はほほ笑み合った。
「……ねえ、成己くん」
ふと、中谷先生が声を低める。
「はい?」
「私を含め――センターの皆は、君のことが大好きだ」
「……! ぼくも、先生たちのこと大好きです」
嬉しくなって、何度も頷く。
すると――先生は、悲しい笑みを浮かべた。
「ありがとう。だから……君には、絶対に幸せになって欲しい」
「え……?」
先生は、脇に置いていた紙袋から、大きい封筒をたくさん、取り出し始めた。
ベッドに重なってく、特殊なデザインの封筒に――ぼくは、目を丸くする。
「あの、これって……」
「お見合いの釣書だよ。出来る限り、条件の良い人を集めてきたんだ」
「!」
――お見合いっ……!?
絶句していると、先生はがばりと頭を下げた。
「ごめんね。城山さんとあんなことになって、間もないのに……その上、体調も優れない君に、こんなことを頼むなんて。本当にどうかしていると思う」
「あ……先生、やめて! 頭を上げてください……!」
ぼくは、じたばたと身じろいで、先生の肩に手を置いた。
けれど――先生は、決然と声を張り上げる。
「でも、あえて言うよ。……明日から、七月になる。君の誕生日まで、あと八日しかない。それまでに、なんとか……いい人を見つけて、結婚してくれないか」
「……!」
凄い気迫に打たれ、言葉を失う。先生は、ぼくの手を握った。――とても冷えて、強張っている。
「私も立花くんも、みんな――成己くんに、夢をかなえて欲しいんだ」
「先生、ぼく……」
「わかってる……君は、城山さんを大切に想ってたもの。気持ちが追い付かないってことも……でも、どうか前向きに、考えてほしい」
「あ……」
ぼくは、困り果ててしまう。
今日が三十日やって、聞いたときからわかってた。このままやと、センターに入所することになるって。
――わかってるのに……どうして、心が決まらへんのやろう?
なにも答えられずにいると、先生は苦しそうに呻く。
「私たちは、君がセンターに来てくれると嬉しいけど……悲しいんだ。入所して、産んだ子供は……国に取り上げられるから」
「……ぁ!」
「また、家族と引き離されるなんて……君をそんな目に遭わせたくないよ」
中谷先生の目に、涙が浮かんでいる。さっきのは、ぼくだけでなく先生をも、切り裂く言葉やった。それでも、ぼくのために。
「……っ」
胸が、ずきずき痛い。大切な人が、ぼくのために傷つくのは辛かった。
――……しっかりしなきゃ……!
ぼくのために……胸を痛めてくれる人たちが、いるんやから。
深く息を吐いて、涙をこらえる。――先生の手を、ぎゅっと握りかえした。
「中谷先生……ありがとう、ございます」
「成己くん」
「ぼく、頑張ります。ぜったい夢を、叶えますから……!」
「中谷先生っ?」
驚くぼくに近づいて、先生は声を滲ませた。
「成己くん、辛い思いをしたねえ。よく、頑張ってくれた」
「あ……!」
乾いた手に固く手を握られて、ぼくは息を飲んだ。
先生の髪は――たった数日で、白いものが多くなっている。ぼくが赤ちゃんのころから、診てくれている先生。今回のことで……どれだけ、傷つけてしまったんやろうか。
「中谷先生……心配かけて、本当にごめんなさい」
涙をこらえ、先生の手を握りかえした。「いいんだ」と励ますように言われる。
「謝らないで。成己くんが無事なら、いいんだよ。この後のことは、これから一緒に考えていこう」
「この後の……?」
「先生――今は」
黙っていた宏兄が、そっと声を上げた。中谷先生がはっとしたように、口をつぐむ。
「そうだった。成己くんは起きたばかりなのに、ごめんね。ひとまず、診せてくれる?」
「あ……はいっ。よろしくお願いします」
診察の準備を始めた先生に、ぼくも慌てて頷いた。
服を脱ぐことに気遣って、宏兄が席を外し――粛々と、診察が始まる。
「――うん。呼吸の音も悪くないね。このまま、ゆっくり養生すれば大丈夫かな」
「あ……ありがとうございますっ」
胸に当てていた聴診器を外し、中谷先生がほほ笑む。ぼくはほっとして、はだけた服を直した。
「でも……痩せているのは、ちょっと心配だなあ。起きてから、何か食べたかい?」
「えっと、桃を食べました。宏兄――野江さんが、ちっちゃく切ってくれて……」
話していると、桃の甘みが戻ってくるみたいで、頬が緩む。
先生は、「そう」と目尻を下げた。
「良かった。やっぱり、点滴だけじゃ限界があるからね。たくさん食べて、休んで……」
「はい。……あの、本当に、ありがとうございました」
「ん?」
「野江さんに聞いたんです。ぼくが寝込んでいる間……ずっと、往診に来てくださったって」
なんとか頭を上げて、お礼をする。
ぼくが、こうして元気になれたのは、宏兄と中谷先生のお力のおかげなんやもん。本当に、どうやってお礼をしたらいいか、わからへんくらい――
先生は、眉を下げて笑う。
「それくらい、当たり前だよ。ずっと小さいときから、君のことを診てきたんだから」
「先生……」
胸がじーんと熱くなった。しばらく和やかな空気が流れ、ぼく達はほほ笑み合った。
「……ねえ、成己くん」
ふと、中谷先生が声を低める。
「はい?」
「私を含め――センターの皆は、君のことが大好きだ」
「……! ぼくも、先生たちのこと大好きです」
嬉しくなって、何度も頷く。
すると――先生は、悲しい笑みを浮かべた。
「ありがとう。だから……君には、絶対に幸せになって欲しい」
「え……?」
先生は、脇に置いていた紙袋から、大きい封筒をたくさん、取り出し始めた。
ベッドに重なってく、特殊なデザインの封筒に――ぼくは、目を丸くする。
「あの、これって……」
「お見合いの釣書だよ。出来る限り、条件の良い人を集めてきたんだ」
「!」
――お見合いっ……!?
絶句していると、先生はがばりと頭を下げた。
「ごめんね。城山さんとあんなことになって、間もないのに……その上、体調も優れない君に、こんなことを頼むなんて。本当にどうかしていると思う」
「あ……先生、やめて! 頭を上げてください……!」
ぼくは、じたばたと身じろいで、先生の肩に手を置いた。
けれど――先生は、決然と声を張り上げる。
「でも、あえて言うよ。……明日から、七月になる。君の誕生日まで、あと八日しかない。それまでに、なんとか……いい人を見つけて、結婚してくれないか」
「……!」
凄い気迫に打たれ、言葉を失う。先生は、ぼくの手を握った。――とても冷えて、強張っている。
「私も立花くんも、みんな――成己くんに、夢をかなえて欲しいんだ」
「先生、ぼく……」
「わかってる……君は、城山さんを大切に想ってたもの。気持ちが追い付かないってことも……でも、どうか前向きに、考えてほしい」
「あ……」
ぼくは、困り果ててしまう。
今日が三十日やって、聞いたときからわかってた。このままやと、センターに入所することになるって。
――わかってるのに……どうして、心が決まらへんのやろう?
なにも答えられずにいると、先生は苦しそうに呻く。
「私たちは、君がセンターに来てくれると嬉しいけど……悲しいんだ。入所して、産んだ子供は……国に取り上げられるから」
「……ぁ!」
「また、家族と引き離されるなんて……君をそんな目に遭わせたくないよ」
中谷先生の目に、涙が浮かんでいる。さっきのは、ぼくだけでなく先生をも、切り裂く言葉やった。それでも、ぼくのために。
「……っ」
胸が、ずきずき痛い。大切な人が、ぼくのために傷つくのは辛かった。
――……しっかりしなきゃ……!
ぼくのために……胸を痛めてくれる人たちが、いるんやから。
深く息を吐いて、涙をこらえる。――先生の手を、ぎゅっと握りかえした。
「中谷先生……ありがとう、ございます」
「成己くん」
「ぼく、頑張ります。ぜったい夢を、叶えますから……!」
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