いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
89 / 505
第二章~プロポーズ~

八十八話 

 涙をこらえて、ふと下を見て……目を見開く。
 
「あ……! サボちゃんっ!」
 
 おへやのすみっこに、ちょこんとしているのは……紛れもないサボちゃんやった。
 ぼくは、滑り込むように近づいて、サボちゃんに顔を寄せる。近くで見ると、ますます見間違えようもない。
 
「どうして……?!」
 
 あの日――陽平の家に、置き去りにしてきてしまったのに。どうして、サボちゃんが、宏兄の家にいるんやろ。
 ぼうぜんとしていると、宏兄が言う。
 
「立花先生たちが、持ってきてくれたんだ」
「……!」
 
 ぼくが、宏兄のお家に運び込まれて、二日くらい経ったころ。センターの職員さんが、訪ねて来てくれたみたいなん。みんなでマンションに行って、ぼくの荷物を引き取って来てくれたんやって。
 
「住人の都合もあって、必要最低限しか持ってこれなかったって。成にすまないって、伝えてくれってさ――」
 
 言いながら、宏兄はチェストの引き出しを開けて、見せてくれる。
 ――そこには、ぼくの通帳や印鑑、身分証などの貴重品。スマホと充電器。小さいころから大切にしてるウサギの絵本。フォトアルバムが保管されてた。
 それと、クローゼットの中にも……お気に入りのかばん。中身は最後に見たままで、財布とポメラ、小説が一冊。
 
「……ぁ」

 胸がぎゅーって痛んだ。 
 先生たちへの、ありがたさと。大切なものが戻ってきた喜び。それに……大きな喪失感で。
 
 ――サボちゃんも、荷物もあるから……もう、あの家には行く理由がないんや。

 陽平に、会える気はしない。でも……どこかで会う理由を欲しがってた。
 そんな自分がいて、ショックや。

「……」

 俯いていると、そっと肩に手を置かれた。
 
「ごめんな。……取り戻せるものは、取り戻す。この先、お前の欲しいものは、俺がなんでも手に入れるよ」
 
 ぎゅっ、と抱きしめられる。親身な――優しすぎる言葉に、ぎょっとした。
 
「こんなこと、慰めにならないのはわかってるが――」
「あっ……ええの! 荷物のこと、どうしようって思ってたから、ほんまに嬉しくて。びっくりしただけでっ」
 
 ぼくは慌てて弁明し、にっこりと笑う。
 
 ――ぼくの馬鹿。宏兄がこんなに思ってくれてるのに。暗い顔なんて、してちゃダメ……!
 
 宏兄は、心配そうにぼくの目を覗き込んだ。こくこく、と頷いて見せる。
 
「……本当か?」
「うん。あ、でも……宏兄の本だけは、泣きべそかいちゃいそうかも。サイン本とか……」
 
 ちょっとだけ本音を漏らすと、宏兄は僅かに表情を緩めた。
 
「それなら、俺のを全部やる」
「ぜ、全部もいいです……!」
 


 


 押し問答の末――本は、夫婦の共同財産ということになった。

「あとで、書斎の鍵を渡すからな」
「ひええ」

 宏兄の莫大な蔵書を預かることになり、ぼくはくらくらして、床にへたりこんだ。
 つくてんと立つ、サボちゃんと目が合う。
 
「サボちゃん、ひさしぶり」
 
 ちょんちょん、とやわらかい棘をつつく。 
 離ればなれやったけど、生き生きしてるのを見て、頬が緩んだ。
 
「ありがとう、宏兄。お水あげてくれて……」
「いやいや。可愛いな、サボテンも」
「うんっ」
 
 センターからマンションへ、一緒に来てくれたサボちゃん。宏兄のお家でも、一緒に居られて嬉しい。
 ぼくは、にっこりして立ち上がる。
 
 ――サボちゃんにも会えたし、しゃんとしよう。
  
 みんなの気遣いを無駄にしない。ちゃんと前を向いて……新しい生活を始めなくちゃね。
 ぼくは、頬をぱちんと叩く。
 
「そうと決めたら、お洗濯の続きっ」
「お。手伝おうか」
「大丈夫! 今日はふかふかのお布団やから、楽しみにしててね」
 
 気合を入れて、腕まくりすると宏兄が目を丸くする。
 
「いいのか?」
「ん? なにが?」
 
 きょとんとしていると、頭を大きい手にわしわしと撫でられる。
 
「わっ」
「サンキュ。じゃあ、俺は朝メシの支度でもするかー」
「あ……ありがとう、宏兄」
 
 去って行く大きな背中を、ハテナを飛ばして見送った。なんやったんやろう……? 
 
「よいしょ」
 
 洗い終わったシーツと布団カバーを、物干し竿に干す。
 他の洗濯物も、気持ちよさそうに風にそよいでいた。
 
 ――宏兄、すごいウキウキしてたなあ。
 
 そういえば、ぼくがベッド占領してたから、宏兄は不便やったよね。
 ぺちんとオデコをはじく。大事なお仕事もあるのに、しんどかったに違いない。
 
「よし……! 腕によりをかけて、良いお布団にしよっ。それで、今日はぐっすり眠ってもらうねん」
 
 ハタキはどこかなー、と探しに行ったぼくは、忘れていた。
 自分が、どこに寝るつもりかってことを、すっかり。
 
 
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。