いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
107 / 505
第二章~プロポーズ~

百六話 

 ピリリリ……!
 突如響いた着信音に、緊張していた空気が、一気に解ける。
 
「悪い、宏章。俺だ」
「……ああ」
 
 宏兄が促すと、お兄さんはスマホを取り出して、お店の外へ出て行った。――ばたん、とドアが閉まる音が響く。
 
「……ぁ……」
 
 ぼくはその瞬間、からだの硬直が解けた。殆どいきおいでドアノブを捻って、お店に足を踏み入れる。
 
「成」
 
 振り返った宏兄に、ぼくは咄嗟に笑顔を返す。手に持っていた冷えピタを、かざして見せた。
 
「あ……おまたせ! 冷やすもの持って来たよっ」
「おっ。ありがとうな」
「お兄さんは、どこに?」
 
 ほんとは知ってるのに、白々しく尋ねる。そうと知らない宏兄は、穏やかにほほ笑んだ。
 
「兄貴は外だ。さっき電話があってな」
「そうなんや。じゃあ、戻って来はったら、手当てせなね」
「それは、俺がやる。お前の手がもったいないからな」
「もう」
 
 ……宏兄の笑顔は、いつもと変わらなく優しい。まるで、さっきの話なんか、なかったみたいやった。
 ぼくも、笑顔で話しながら……すごく動揺していた。
 
 ――どうしよう、宏兄……
 
 つい、知らないふりをしてしまったけれど――本当は、宏兄とお兄さんの会話が、頭から離れない。
 ぼくは、そっとお腹に手を当てた。
 
――『咲いていないオメガ』。
 
 このままだと発情期が来ないかもしれないって、中谷先生に言われたこと。伝えたら……お兄さんは反対するかな。そうしたら、ぼくはどうしたらいいんやろう。
 
 ――また、宏兄とも離ればなれになっちゃうのかな。
 
 きゅっと痛んだお腹の上で、手を握りしめる。
 
「成?」
 
 すると、宏兄が不思議そうに、ぼくを覗き込んでいた。
 
「宏兄?」
「どうしたんだ。不安そうな目をして」
「……!」
 
 そっと腕を引かれ、宏兄のシャツに頬がくっついた。穏やかな木々の香りに包まれて、慌てて高くにある顔を見上げる。
 
「宏兄っ、お兄さんが戻ってきたら……」
「だめだ。離さない」
「あっ……」
 
 腰に回った長い腕に、ぎゅっと力がこもる。つま先立ちになったぼくは、宏兄のシャツにしがみつくほかなくて。
 
「大丈夫だ。兄貴のことは、なにも気にするな」
「で、でも……」
「俺とお前は夫婦なんだから」
 
 こつんと額がくっついた。切れ長の目がやわらかく細まるのを、ぼくは呆然と見つめる。
 
「宏兄……」
「成」
 
 抱えあげられたまま、見つめ合っていると――表で、騒がしい物音がした。
 
「――馬鹿か、お前は! まさか、一人でここに来たのか!?」
「馬鹿とはなんだ! あんたが、黙って行くからだろ!」
 
 鋭い怒鳴り声は、お兄さんのもの。その後に、澄んだ怒鳴り声が続いた。――こっちは、聞き覚えがない。
 ぼくと宏兄は、顔を見合わせる。
 
「……どうしたんやろう?」
「ああ……嵐かもな」
 
 宏兄は、少し遠い目で言う。嵐って、お天気は悪くなさそうやけど…?
 その間も、激しい言い合いはやまらず、ヒートアップしていた。
 
「お前には関係ない。何にでも首を突っ込んでくるな!」
「何だよ? 未来の家族に、会ってみたくて悪いかよ!」
 
 すりガラスのドアの向こう、二つの人影がとっ組み合っているみたいやった。
 お兄さん、あんなに怒鳴ってどうしたんやろう? それに、もう一人もとても怒ってるみたい。
 すわ大喧嘩になりそうな様子に、ぼくは慌てた。
 
「ひ、宏兄っ。どうしよう」
「ああ、まあ大丈夫だよ。いつもの事だから、心配いらない」
「えっ?」
 
 なぜか、宏兄はすっかり落ち着いていて、訳知りの様子で。ぼくを抱えたまま、三歩くらい後ろに下がった。
 次の瞬間、バン! とお店のドアが開いた。
 
「お邪魔しまーす!」
「あッ、この馬鹿!」
 
 お兄さんともつれ込むように入ってきたのは、細身の青年だった。
 敏捷そうな体つきに、よく日に焼けた肌。精悍さが際立った、整った顔立ち……
 
 ――このこ、オメガや。
 
 花の紋様はどこにも見当たらへんし、首輪もしてないけど――勘が訴える。
 見知らぬ青年と、ぱちりと目が合った。彼はにかっと笑顔になって、大股にこちらに近づいてくる。
 
「初めまして! オレ――」
「待て、馬鹿!」
「ぐえっ」
 
 距離が一メートルまでに近づいたとき、お兄さんが彼の首根っこを掴んだ。
 
「何すんだよ!」
「初対面の相手に無闇に近づくな。オメガとしての自覚を持て!」
「うるせー、そればっか。関係ねーだろ!」
 
 また言い合いが始まり、ぼくはポカンとしてしまう。
 すると――ぽん、と肩を抱かれる。
 
「……ごめんな、成。驚いたろ」
「宏兄。あの方は、いったい……?」
 
 呆れ顔の宏兄が、やれやれと言った調子で言った。
 
「ああ、あの人は……兄貴の番なんだ」
 
 ……番。お兄さんの……っていうことは、彼もぼくのお兄さん!?
 
「ええっ!?」
 
 
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。