いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
121 / 505
第二章~プロポーズ~

百二十話

 集まって来た警備員に、お兄さんが事情を説明する内に、男たちはどこかへ連れられていった。
 全員気絶していたので、担架にぐるぐる巻きにされて、引きずられてってん。その無残な有様を、警備員さんに同情しながら見送ってたら――宏兄に、そっと肩を抱き寄せられた。
 
「成……」
 
 見上げた宏兄の顔は、とても心配そうで。ぼくは、肩に添えられた手を、ぎゅっと握りしめる。
 
「宏兄。……あの人ら、どうなるん?」
「心配はいらない。警察で、然るべき罰を受けるさ」
「ホントっすか? なんか、うやむやにされちまったり……」
 
 ぼくの隣で、綾人が不安そうに声を上げる。
 
「有り得ない」
 
 と、宏兄が答えるより早く――戻って来たお兄さんが、言った。
 
「この時世、オメガに危害を加えて無事では済まん。まして――俺たち、野江家のオメガに手を出してはな」
「朝匡……」
「馬鹿な奴らだ」
 
 お兄さんは怒り心頭の様子で、大股に歩み寄ってくる。
 
「兄貴、お疲れさん」
「悪かったな、宏章。成己さんを危険な目に遭わせてしまった」
「いえっ、ぼくは大丈夫です……!」
 
 出し抜けに頭を下げられて、ぼくは慌てた。
 だって、あの男たちが悪いのであって、お兄さんに謝ってもらう理由がないもん。
 
「助けていただいて、ありがとうございました」
 
 せやけど――綾人は、青ざめて頭を振った。
 
「違う。オレがあいつらに喧嘩売ったから。お前を危険な目に……!」
「綾人君? どういうことだ」
「実は――」
 
 止める間もなく、綾人が事の顛末を話してしまう。
 
「オレのせいなんだ。本当にごめんなさい!」
 
 綾人は、がばりと頭を下げる。――肩が、小刻みに震えていた。
 
 ――自分だって怖い思いしたのに、どうしてそんな風に言うの。

 ぼくは、泣きそうな気持で、綾人の手を握った。
 
「そんなこと言わんといて。綾人が悪いわけないやんか!」
「成己……」
 
 顔を上げた綾人は、苦し気に眉を寄せている。納得できないでいるのがわかって、苦しい。
 すると――黙っていたお兄さんが、動いた。
 
「綾人」
 
 ぱしんと乾いた音が響く。お兄さんは、いきなり綾人の頬を平手で打った。
 予想外のことに、ぼくは言葉を失う。
 ふらついたぼくの背を支え、宏兄が非難した。
 
「おい、兄貴。暴力は止せ」
「口を挟むな、宏章。ためにならん」
 
 お兄さんは怒りに燃える目で、綾人を睨んでいる。
 
「朝匡……」
 
 綾人は頬を押さえて、呆然と呟く。
 お兄さんは、綾人の顎を掬うように掴み、怒り滾った目を見せるように仰向かせた。色々な感情を押し殺したような、低い声が発される。
 
「……柄の悪い男に、わざわざ喧嘩を売っただと。自分がオメガだという自覚を持てと、何度言ったらわかるんだ? いつまで普通の男気取りでいる」
「……それはッ!」
 
 顔を紅潮させた綾人が、自分を拘束する腕に掴みかかった。 
 けれど、その反抗を封じるように、お兄さんが怒鳴る。
 
「お前の浅慮で、傷つくのはお前だけじゃない! 成己さんに何かあったら、どう責任を取るつもりだったんだ」
「あ……っ」
 
 綾人は、はっと目を見開いた。お兄さんの腕を掴む手が、力なく落ちる。 
 お兄さんは手を開き、綾人を解放した。
 
「わかったら、二度と余計な真似をするな。オメガらしく家で大人しくしてろ」
「…………ごめんなさい」
 
 悄然と俯く綾人は、とても悲し気で――ぼくはもう、黙っていられなかった。
 
「待ってください!!」
「!」
「成!?」
 
 二人の間に身を滑り込ませて、お兄さんに立ちはだかる。
 僅かに見開かれた切れ長の目を、まっすぐに見上げた。
 
「綾人は、ぼくの為に怒ってくれたんです! やから、酷いことを言わないで下さい……!」
 
 お兄さんは、虚をつかれたように目を瞬き――それから、嘆息した。
 
「成己さん。あなたの気持ちは解らなくはないが――庇い立てするのは、綾人の為にならない。今回のように、助けが来ないこともある」
「……わかってます。ぼくもオメガですから。自己防衛が、何より大事やって」
 
 オメガの体は、オメガだけのものじゃない――センターで教わる心構えやった。
 沢山の人の支えがあって、オメガは安全に暮らしていられる。預かったもののように、ぼく達自身が大切に扱わなくちゃいけないって。
 
「わかっているなら、」
「やから、ぼくを殴ってください。わかってても、ぼく、綾人が庇ってくれて嬉しかったです……!」
「!」
 
 ぼくは、深く頭を下げる。
 オメガとして、止めないといけないってわかってた。それでもぼくは、綾人が怒ってくれて、救われたから。
 やから――綾人が悪いなら、ぼくだって同罪のはず。
 
「綾人は優しい、いい子です。危ないことは、これから一緒に考えて、二度とないように気をつけます。やから、どうかっ……!」
「……成己」
 
 ぼくの背中で、綾人の声が滲んでいた。
 
 ――自衛は絶対に大切や。でも……この子の純粋さも、傷つけられて欲しくない。
 
 少しの間、痛いほどの沈黙があって――動いたのは、宏兄やった。
 ぼくを庇うように立ち、お兄さんの肩をぽんと叩く。
 
「兄貴。もう、負けでいいじゃないか」
「……宏章」
「ただ、死ぬほど心配ってだけなんだろ?」
「ぐ……」
 
 お兄さんが、苦虫を噛み潰したような顔で、呻いた。
 くるりと振り返った宏兄は、ぼくと綾人の肩を抱く。
 
「宏兄……」
「無事で良かった――本当は、それだけなんだよ。このおっさんは、不器用だから……」
「おっさんじゃねえ!」
 
 お兄さんが、怒鳴った。でも――その声には、さっきまでの険は無い。
 
「どけ、宏章!」
「はいはい」
 
 宏兄が肩を竦めて、ぼくを腕に抱いたまま、お兄さんの為の道を開ける。
 いいのかな? おろおろしていると、宏兄が「大丈夫だ」と囁いた。
 
「――綾人」
「朝匡……」
 
 綾人は、迷子のように瞳を揺らしている。
 すると……お兄さんは腕を伸ばし、ぐいと綾人を引き寄せた。
 
「うぐっ!」
 
 力いっぱい抱きしめられたのか、綾人が苦し気に呻く。
 
「何すんだよっ、二人がいるのに……!」
「黙れ、馬鹿野郎」

 お兄さんは舌打ちした。

「なっ……」
「大人しくしてろ」
 
 初めて呼吸したように息を吐くお兄さんに、綾人が動きを止める。やがて――そろそろと、広い背に回った二本の腕に、抱擁が深くなる気配があった。
 
「……よかった……」
 
 和やかな雰囲気にほっと息を吐く。宏兄も、ほほ笑んでいた。
 
「かっこよかったぞ、奥さん」
「……えへ」
 
 大きな手に頭を撫でられて、ぼくははにかんだ。
 
 
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。