いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第三章~お披露目~

百三十四話【SIDE:晶】

 翌朝、陽平を起こさないうちに、俺はマンションを出た。
 ……玄関が酷い有様だったけど、知らんふりをする。そもそも、あんなとこで盛ったあいつのせいだし。
 
「……ふあ」
 
 まだ、明け始めたばかりの空の下、あくびを噛み殺しながら歩く。
 連日の無茶のせいで、腰が死ぬほどだるい。ただでさえ、帰るのに気が重い家だってのもあって、ますます足取りは重くなる。
 
 ――まあ、帰らねえわけに、いかねえけどさ……
 
 ポケットの上から、スマホに触れる。
 昨夜のメッセージの差出人が「帰ってこい」と言ったのだから。
 
「返事……既読つかなかったけど、いるのかな」
 
 今から帰る――便宜上、”俺の家”と呼ぶべき場所の、主。
 俺の婚約者の顔を浮かべると、胸が重くふさがる。やっと、煩い実家を出られると思ったのに……とことん、俺には自由ってもんがないらしい。

『なら、せめて一緒に住みましょう』

 大学に進学する条件として、始まった同居だった。
 仕事で忙しい分、少しでもそばに居られるように――とか、なんとか言っていたけれど。本音は、俺がどこかのアルファと間違いを犯さないように、監視したいんだろう。
 
 ――あの人にとって、俺は血筋の良いオメガってだけなんだ。

 それでも、あの人のメンツのために婚家の送迎車を使う。彼が呼べば、すぐにあの家に帰る。
 それが、オメガとして俺に許された自由への「義務」って奴だから。
 
 
 
 あの人の家は、大学から二駅ほど離れた街に建っている。
 俺の進学と同時期に建ったその家には、最新のセキュリティシステムが備わっていた。外が見えないほどの高い塀や、堅固な門は牢屋みたいだ。実家のセキュリティに引けを取らないそれは――聞くところによると、俺の父がいくらか支援したらしい。
 それを知ったとき、俺は乾いた笑いが零れた。
 
 ――アホくさ。アルファって、オメガの「腹」を守らせることにばっか執心して。
 
 父って人は、ひと言目も五言めも、「体に気をつけろ」しか言わない。
 蓑崎家の為になる相手の子を、無事に産むことだけを心配しているから。
 俺は……どれだけ無理をさせられても、父の「息子」でいさせてくれるなら、それでよかったのに。
 
「ただいま、帰りました……」
 
 セキュリティを解除し家の中に入ると、しんと静まり返っていた。訝しく思いながら、磨き抜かれた廊下を進むと――空っぽのダイニングに行き当たる。

「……いないんですか?」

 あの人の姿は、ない。
 ただ、ダイニングのテーブルに、書き置きがある。手にとって見れば……「急な仕事が入った」とのことだった。

「……なんだよ。折角帰ってきたのに」

 少しでも顔を見たいから、とメッセージを送って来ておいて。結局、仕事優先なんじゃないか。

――俺の都合なんか、知ったこっちゃないんだ? アルファはこれだから……

 倦んだ気持で、冷蔵庫を開ける。すると……そこには、ラップの掛かった朝食が入っていた。

「……あ」

 思わず、目を見開く。
 冷えた皿を取り出せば、ハムエッグとトマトサラダらしかった。どっちも、家政婦が作ったにしては不格好で……恐らくあの人の手製だろう。

『朝食を用意したので、よければ食べて下さいね。体を労ってください』

 冷蔵庫の湿気でしんなりしたメモ用紙に、ひどい癖字が躍っている。

――忙しいのに、また俺のメシを作っていったんだ……

 少し焦げたハムと、不器用に千切られたレタスに、不慣れな手つきが感じられる。
 俺は、震える手でメモを握りつぶした。

「……っ」

 どうせ、あの人は自分の子供を産む体を、粗末にしたくは無いだけだ。父と同じで……
 そう、わかってるのに。

「……っ、馬鹿みてぇ」

 こんなことしないで欲しい。
 俺の体にしか、関心などないくせに……優しいフリをして、心を掻き乱すのは。

 ――一体、何様なんだよ……!

 我が身を抱き、キッチンの床にへたり込む。
 こんなことに簡単に騙されて、適当に熱くなる体が疎ましい。

「……はは……」

 じくじくと熱く潤む下腹に、笑いが漏れた。
 自分も、アルファの関心を求めるオメガなんだと思い知らされて。

――成己くんみたいなら、良かった。

 アルファを求め、素直に自分を肯定できるオメガ。
 あんな風に生まれていれば、どれだけ幸せだっただろう?

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